転職157日目 決算報告2
悠々自適とまではいかないまでも、それなりの老後を迎えたヒロノリは、成長した息子の後見人としてすごしていた。
なんだかんだで長男は一団の団長に就任、それなりに一団を取り仕切っている。
とはいえ、仕事のほとんどはこれまで運営に携わっていた幹部がおこなっている。
新米団長の仕事は、あがってきた書類に承認印を押す事だけという状態だった。
それはそれで構わない、そんな事をしながら上がってきた書類に目を通し、少しずつ仕事になれていけば良いとヒロノリは思っている。
息子も無能ではない、冒険者として活動し必要な技術は身につけている。
組織運営や今後を見定めた戦略思考も備えている。
レベルもそれなりになっている。
だが、レベルだけでは補えない長年の経験というのもある。
熟練と言ってもよい者達にかなわない部分の当然ある。
それはそれで受け止めて、今は静かにしていれば良い。
いずれ世代交代がおこるし、その時には必要な判断をしていく事になる。
今だって何かしら違和感を感じたら書類に判子をおさずに待てとは言ってあるが、息子の判断を否定する事はない。
それが悪手と分かっていても、そうすると判断したならそのままやらせている。
そうそう異を唱えろという事はない。
結末は酷いものになる事が大半だが、その尻ぬぐいも含めて全部決めた者がやれば良い。
もちろん判断材料や考え方などは提示する。
教育としてそれらは伝えている。
そうでなくても技術として身についているはずである。
なので、あとは本人次第となっている。
団長を退き名誉職に引きこもったヒロノリは、だいたいこんな日々を過ごしている。
問題も面倒も無くなりはしないが、日々をどうにか過ごす事は出来ている。
家と一団本部の間を往復はしてるが、仕事というほどのものはない。
家にいてもする事がないから、暇つぶしがてら本部に出向いてるだけである。
文字通りお邪魔してる状態だ。
名誉職という関係者でなければ、つまみ出されても文句言えない。
やってる事と言えば、息子の仕事を横目に見ながら茶をすするくらいである。
何か相談をもちかけられた時に意見を述べたりはするが、それとてそれほど多くはない。
たいていは、
「それくらいは自分で考えろ」
「もうこっちに聞かなくてもそれくらいは出来るだろ」
といった言葉を切り返す。
にべもない返事を返すという、もはや存在意義を自分で否定してる有様だ。
それでも一団を率いた男である。
邪魔だから出て行けと言える者もおらず、やむなく団長室の一角に作った自分用の空間(椅子と小さなテーブルと間仕切り)を作って居座っている。
唯一、現団長が出てけと申告したが、「いやだ」の一言で断られている。
そんなこんなでヒロノリの横暴は続いている。
色々と煙たい人間として周囲にため息を吐き出させている。
もちろん本部に通うだけではない。
時々はあちこちに散歩に行ったりもする。
女房を伴ったりする事もあるが、一人の時が多い。
おおよそ70パーセントの確率で、
「わざわざ疲れにいくのもなんですから」
「家でひなたぼっこでもしてる」
というような言葉を伴侶達から頂戴するからである。
年齢の割に健脚なヒロノリについていくのがつらいというのが女房達の弁である。
やむなく一人でご近所を徘徊する事が多い。
さして広くもない町の中、歩いていくのは、背後にある丘の上か、拡張された地区に作られた公園に行くくらいである。
丘の方は、防衛設備も作られており、モンスターが侵入出来ないようになっている。
なので、時折遠くを見たくなる時に登ることがある。
丘というには少し高いので、頂上までいくのは大変だ。
さすがに寄る年波には勝てない。
だが、無理をしてでも登った頂上から周囲を見渡すのは、娯楽の少ないこの世界における楽しみの一つであった。
(今日はどこまで進んだかなあ)
町の周囲は何らかの形で開発が進んでいる。
見える範囲にも堀やら柵やらが見えている。
だが、町の近くから遠くを見れば、手つかずの平原や森林が見える。
まだ手つかずの場所の方が多い。
いつかその辺りも人の手が入るようになるのだろうかと思ってしまう。
(いつになるのかなあ……)
その頃には自分も生きてないだろうが、ここがそれくらいに発展していってくれるのを見てみたいと思った。
叶わぬ願いであるのは分かってる。
だからこそ、こうして遠くを見てしまうのかもしれない。
見えてる範囲の向こう側、モンスターが蔓延ってる場所。
開拓地がそこまで拡大し、そこかしこに集落が出来て、それらを結ぶように町が成り立っていく。
そんな世界を見てみたかった。
(まあ、あの世からゆっくり眺めておくか)
生きてる間は無理ならば、そうやってここの発展を見てみようと思った。
その時一団はどうなってるのか。
開拓地はどうなってるのか。
人はどれくらいになってるのか。
産業はどれほど発展してるのか。
モンスターとの争いに勝つことはできるのか。
気がかりは払拭出来ない。
それでも、あえてそれらについて考える事はやめる。
(あとは、これからの者達がやる事だ)
自分に出来る事は無い事をわきまえている。
これ以上老害と言われないよう、余計な事はしないでおこうと思った。
ただ、これからどうなるのか、何をするつもりなのかが知りたくて、息子の所に邪魔をしに行くだろうが。
それらを見てると、年甲斐もなく胸が高鳴る。
前向きに動いてるのを見てると気分が良い。
無責任に見てるだけだからこそ、事の次第を純粋に見つめる事が出来る。
そうやって見てるだけでも楽しいと思えるのは、余裕のなせる事なのだろうか。
あるいは、若い者達が今を支えてるのを実感出来るからだろうか。
自分でも分からないながら、ヒロノリはそれを楽しんでいた。
(この先、どうなるやら)
何度となく浮かんでくる思いに想像力を働かせていく。
周囲を見渡せる丘の上で、一人ヒロノリは未来予想を楽しんでいた。
新しい話を始めました。
「捨て石同然で異世界に放り込まれたので生き残るために戦わざるえなくなった」
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興味があったらよろしく。