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転職153日目 次世代育成計画22

 子供の学校入学と共に、引っ越しがより難しくなっていく。

 当初はヒロノリの拠点兼今後の中心地、かつ自分達の所領であり一族郎党の居城になる予定であった場所。

 そこへの移住を考えていたし、実際それなりの設備もととのえていった。

 にも関わらず、引っ越しは頓挫の気配をみせている。

 当たり前だが、育児と子供の教育を考えれば引っ越しは難しい。

 しかも子供も一人二人ではない。

 二人の女房にそれぞれ一人を産ませたあとも続々と量産がなされていく。

 偏にヒロノリの計画性の無さ(というより計画を遂行しようとする意志の弱さ)によるところが大きい。

 多少の擁護をするならば、彼をそこまで駆り立てる女房二人の魅力の大きさのせいと言えるかもしれない。

 この点においてヒロノリを糾弾するのはあまりにも酷であり、それは納得するしかない事であろう。

 だが、年子と言わずともあまり間をあける事無く二人三人とロールアウトされてくるのは、やはり熱意や情熱がありあまりすぎと言わざるえない。

 年齢を考えれば随分とがんばった方である(主に野郎として)。

 ただ、出荷間隔の短さは彼の計画を失敗に導く方向に動いていく。

 事業計画はそつなくこなしていく力量があるが、こと家族計画においてはそうではなかった。

 公私の片方が駄目な人間というのは珍しくないが、ヒロノリもこの定型にあてはまる人間であったようだ。

 ただ、この世界において子供が五人六人と生まれるのは珍しくもない。

 ヒロノリが女房との間に子供をもうけていく速度などについては特別とは言えない。

 それで身動きがとれなくなってるのだからどうしようもないが。



「まあ、卒業するまでお預けかもしれんけどさ」

「卒業したら引っ越すと?」

「一応そう考えて……」

「あなた──」

「……はい」

「引っ越して、それからモンスター退治のつもりなんですよね」

「そのつもりだ」

「子供をモンスター退治に放り込むと」

「ああ」

「そういうつもりだったと」

「はい」

「子供を……」

「まあ、あのくらいの年齢で冒険者になる子もいるし」

「だからと言って、自分の子供をモンスター退治に放り込む親がいますか!」

 元女将の声に力が入る。

 怒鳴ってるわけではないが、静かな圧力が生まれていく。

 思わず「ひっ」と小さな声を漏らしてしまった。

「一団の頂点として子供を例外扱いできないのかもしれないけど、もう少し考えたらどうですか」

「そりゃ考えてるよ。

 考えて、それくらいの年齢になったら少しずつ色々やっていこうかと」

「いきなりモンスター退治につれていくのの、どこが考えてるんです?」

「だから、最初は簡単な所からやってだね、それからレベルがある程度までいったら……」

「それで死んだらどうするつもりなんですか」

 極論でも何でもない。

 初期の訓練期間中に死んでしまう事もある。

 ヒロノリの一団ではかなり希な出来事だが、皆無ではない。

 とんでもなく運が悪いか、とてつもなく馬鹿な行動をした場合に起こる事で、まず滅多に発生しないのだが。

 しかし、細かな事情を知るよしもない者達からすれば、モンスター退治の危険性をあらわす事実の一つである。

 我が子がそれに関わるとなるなら、反対の一つもする。

「いずれその時が来るとは考えてます。

 私も冒険者を束ねる者の妻として、それくらいはわきまえてるつもりです」

 実際、色々とわきまえている。

 旦那が頂点に立ってるからといってでしゃばらず、尊大にもならず、周囲と程よい関係を築き上げている。

 ヒロノリも仕事を家庭に持ち込まない、家族を仕事関係の面倒に巻き込まないように注意をしてるが、女房二人はそれを受けて余計な事はしないようにしていた。

 しかし、さすがに今回の一件は口出しせずにはいられなかったようだ。

「さすがに駄目とは言えないけど、もう少し成長するまで待ちなさい」

 口調も段々と命令調になっていく。

「どうしてもというなら、しっかりと事前に教える事を教えてからにして」

「はい……」

 ごもっともなお言葉に何も言い返せない。

「モンスター退治で経験値稼いだ方が効率がいいんだけどなあ……」

「あなた」

「はい……」



 なお、もう一人の嫁はそんなやりとりを元女将の横で聞いていた。

 発言をする事もなく、のんびりとお茶を飲みながら。

 こういう時は黙ってもう一人の女房に任せておくのが良いというのを体験から理解している。

 彼女もずけずけと物を言う方だが、相手を納得させるという事については遠く及ばない。

 相手に何も言えなくさせるという事において勝ってるのも自覚しているが。

 それではよりよい着地点を見いだす事は出来ない。

 相手を黙らせるのは、喧嘩してる時だけで良い。

 それも、相手が話し合いでどうにかしようとする者だけに限られる。

 世の中実力行使というのがあるので、そこは使いどころを考えねばならなかった。

 頭に血の上った人間や、「あ、こいつ言っても駄目だ」と悟った冴えた人間ほど恐ろしいものはない。

 口でどうにかなる相手というのは、意外と限定される。

(まあ、旦那相手にそんな事しても仕方ないし)

 なんだかんだで大事な結婚相手である。

 無駄なしこりを残したくない。

 女房が口八丁でやりこめた結果、旦那に愛想を尽かされて突き放されるというのは、家政婦として散々あちこちで目撃してきた。

 様々な実体験からそういった事にならないよう注意はしている。

 おかげで元女将には頼りっぱなしだが、そこは適材適所である。

 話も程よい所に落ち着きそうだし、余計な口ははさまない方がよい。

 ただ、一言くらいは自分の考えを提示しておきたかったので、口を開いてみる。

「だったら学校でも戦闘訓練をさせたら?

 個人で教えてもいいし」

 何でやらないんだろと思っていた事である。

 それを聞いたヒロノリも、何かを思ったようだ。

「それもそうか……」

 思案顔になったところで軽くため息を吐いた。

(本当に考えてなかった……?)

 思いがけない閃きを幾つも示す一方で、何かしらが抜けてしまう事がある。

 全てにおいて完璧などという事も難しいが、そういう所にいつも驚かされる。

 裸一貫から一団を立ち上げてここまできた男なのに、という気持ちはぬぐえない。

 だとしても、呆れるだけで愛想が尽くわけではない。

 この男も人間なのだなと実感するだけである。

 人間、何かしら抜ける所はある。

 それは悪い事ではない。



(でも、引っ越しか)

 やるとなると色々と手間がかかると思う。

 子供達の事もあるし、簡単にはいかない。

 新たな場所での生活にも慣れないといけない。

 人間関係も含めて新たに始めていかねばならなくなる。

 ヒロノリが拠点建設のために努力していた事も知ってるし、それを無駄にさせたくはない。

 我が家の貯金からも少なからぬ金額が出費されてもいる。

 その分を取り戻したいとも思う。

 出すだけ出して見返りがないのは認めたくない。

(時期を見て、って事になるかな)

 移住そのものは否定しない。

 何時にするかだけは考えておきたいものだった。

 もう一人の女房と共にそのあたりをじっくり考えておきたい。

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