転職152日目 次世代育成計画21
想定外の事も織り交ぜつつ物事は進んでいく。
水路建設により耕地出来る場所が増えた事で、田畑は更に拡がった。
とはいえ開拓地まで引っ張り込める人が減った為、思ったほど開墾は進まない。
少しずつやってくる人々が着手していってるが、耕地予定の場所が全て開墾されるまで大分時間がかかるだろう。
それでも人のただの草原は人の手が入る事で着実に田畑へと変わっていく。
実りがもたらされるまではまだまだ時間がかかるが、時間が経てばそれも求める量に到達する。
人手も今までほどの増加は見込めないが、確実に増加はしていっている。
これもまた時間が解決していくのを待つしかない。
それとどうじに、今後の展望を考えて北の方向にいくつかの拠点建造が始まっていく。
冒険者の活動場所を増やす必要もあり、必要に迫られてはいた。
今までそうしてきたように、簡素な造りのものはまずは建造し、それから本格的な者を作っていく事になる。
また、鉱山開発も目指して、それがある方向への進出も計画されていった。
実現するのは先の事だが、一団の活動として決定してるだけでも大きな違いになる。
多少はそれらを意識した行動がされていくのだから。
外側だけでなく、内部への投資も必要になってきていた。
開拓地で生まれた子供達が増えた事と、その教育がどうしても必要になってきた。
読み書きや計算もそうだし、それ以外の教養的な部分も必要になる。
また、簡素ながら歴史や地理などの知識も。
生活に直面する事はなくても、そういったものが何らかの面で役立つ事もある。
特にこの開拓地の成り立ちなどについて語る場合、どうしても国との絡みは必要不可欠になる。
それらを語って聞かせない事には、何の為にここに拠点を作ったのかが分からなくなる。
これまでの経緯を伝えていく事で意識が芽生えていく。
自分が所属する集団や組織、社会への帰属意識である。
非情に大げさにいえば国家というものの理解や自覚にも関わってくる。
この開拓地を今後も続けていくためには、どうしてもそういったものが必要になる。
わざわざ国を振り切って開拓地を作った理由も、いまだに国家の目をかいくぎりながら運営してる事も。
わざわざ苦労してそんな事をしてるのが何でなのかをはっきりと知っていないと、やってる意味が分からなくなる。
それらを理解しておくためにも、ある程度の知識は必要だった。
実際、国家からの独立を考えてるヒロノリにとって、これは重要な部分になる。
貴族や支配階層からのいらぬ介入を排除するためにも、自分達でやっていくという意識が必要になる。
そこが分かってないと、何の為にわざわざ別々の道を歩んでるのか、という事にもなる。
単純に発展や繁栄を目指すなら、国に隠す事無くおおっぴらにやっていた方が良いのだから。
それをしない理由については、全員が知っておく必要があった。
知っていてもやらかす奴は出てくるが、知らなければ分からないままやってしまう者も出てくる。
出来るだけ余計な事をする者を減らすためにも、必要な情報は提示しておくべきである。
その学校の建築も始まり、開拓地の片隅に校舎が建てられる。
八歳から十二歳までの児童の就学を予定していく。
教師に、必要な技術を身につけてる者達をあてる。
冒険者として年齢的に無理がきはじめた年代の者達がこれらに従事していく。
事前に教育の技術も身につけてもらいもした。
この技術があると、物事を教える効率があがる。
無いよりはあった方が良いので、頼んだ者達にはわざわざモンスター退治で経験値を稼いでもらった。
彼等も技術の必要性は理解しているので、特に反対もしない。
実際、身につけた者達は、「なるほどなあ」と納得している。
技術として修得した事で、何も知らない時との違いが分かったのだろう。
そんなこんなで人員という部分の問題は解決していく。
手間がかかったのが、教科書だった。
何を教えるのか、教科書に何を書き記すのか?
それがまず分からない。
最低限の読み書きと計算を、と思っても、それをどう伝えれば良いのか?
まずはそれが問題だった。
「とりあえずは読めないと」
という事で国語の教科書から作っていこうと思ったが、これが何を記載すれば良いのか分からない。
最初はおとぎ話でも掲載すれば良いだろうと思っていたが、それすらも手本がない。
何せこの世界、書物というのはそれほど普及してるわけではない。
一般家庭に本などありはしない。
仕事で書類などを書き込む事はあっても、書籍というのはかなり珍しいものである。
貴族や裕福な者達なら、たしなみや教養、趣味として保有しているらしいが、庶民の娯楽というわけではない。
最低限の読み書きや計算が出来る者はいるが、
『きゅうり 三本 二百銅貨』
といった実用的な部分で用いる事がほとんどである。
読み書きの練習として使いたい簡単な、それこそ絵本レベルの話ですら庶民には縁がないのだ。
仕方が無いので、誰もが知ってるようなちょっとした昔話などを集めて作っていく。
ヒロノリも桃太郎や金太郎などの昔話を提供していく。
ただ、これだけでは高度な教育には結びつかないので、この世界における物語などを手に入れようと思った。
国語でこれだけの手間がかかる事が分かった。
算数、理科、社会などに至っては本当に手探りに近い状態になる。
やむなくヒロノリは、自分の思い出の中にある学校教育の内容を思い出し、それを書き出して皆に提示する事になった。
それを見た者達は、「なるほどね」「こんな事を教えてたのか」と驚いたりしている。
全てを書き出せたわけではないが、それでも結構な驚きがあったようだ。
ただ、それを見て誰もが難色を示した。
「これを教えるとなると、学者を呼ぶしかないんじゃないのか?」
「呼んでも、すぐに出来るとは思えんぞ」
なかかなに残念な事を言ってくれる。
やむなく分かってる範囲の事をまとめておく事にした。
専門的な事は、後日本物の学者か知識人、もしくは相応のレベルまで該当知識をレベルアップさせた者を用意する事になる。
実際教員以外で専門知識を持つ者を育成するために、ヒロノリの所で経験値稼ぎが始まる。
数年でレベル10相当の人間が出来上がるが、それらが教科書をまとめるのに更に数年を必要とする事になる。
初期の学生は、そういうあたりでは割を食うことになった。
とはいえ、まだまだそこまで専門的な知識を必要とする状態でもないので、それほど大きな問題にはならなかった。
まとまったものを大量生産する事でも面倒が発生する。
活版印刷がまだ出来上がってないのか、それほど普及してないようなので、これを用意するのが難しい。
なので、まずは印刷というものを理解してもらい、必要な道具を作る為に時間がかかる。
出来上がってから実際に印刷するまでも大変だった。
何せ始めての事なので手間取る事が多い。
分かってしまえばそれほど手間もかからなくなり、手早く作業は進んでいく。
それでも何十冊かを用意するのは簡単な作業ではなかった。
コピー機の偉大さを実感する。
(パソコンの印刷機って偉大だったんだな)
早くこの世界がその段階に到達して欲しいと願った。
そういった苦労の末に、何とか学校が用意され、教育が開始される。
なお、初期の学生はわずか数人。
子供であっても貴重な労働力というこの世界において、わざわざ学業に専念させる余裕のある家は少数だった。
これはいかんとヒロノリはあちこちに説得に歩いていく事になる。
それらが成就するのに数年の時間が必要になっていくが、これはどうしようもない事だった。
教育を受けた者とそうでない者の差がはっきりとしない事には、親とて簡単にヒロノリの言い分を受け入れるわけにはいかない。
やむない事だが、数年はこんな調子で一学年の生徒数が数人という状態が続いた。
それでも、人がいるだけまだマシではあった。
変化が生じたのは、多少なりとも勉学をしてきた者達が実際に出てきてからである。
はっきりと分かるほど考え方に違いがあり、行動にもそれがあらわれている。
それを見て他の多くの者達も、教育というものの威力を思い知る事になる。
ごく初歩的な教育を終えた者達を採用した一団では、その違いを特に顕著に理解していった。
入ってきた段階で、一般教養の技術を身につけてるのだから、違いは歴然だ。
レベル1程度であるが、それだけでも大きい。
加えて、体育などで運動なども多少は身につけている。
初歩的な事とはいえ、最低限の技術を保有してるというのは強みであった。
これならば、と思った者も出てくる。
実際に教育を終えた子供達に接した者達は、自分の子供を学校に送り出す事を考えていく。
さすがに子供全員は無理でも、何人かいる子供のうちの一人くらいは、と思って送り出す。
そのため生徒数が一時期から十数人に拡大。
学校が少しばかり賑やかになっていった。
ヒロノリの最初の子供が学校に通い出すようになったのは、それより少し前。
まだ他に生徒が少ない頃だった。