転職146日目 次世代育成計画15
(何にしても、送り出せるようにしておかないと駄目か)
小鬼対策としての襲撃にしても、今後の拠点展開にしても、まだ準備が必要である。
それらを進めていく事を考えていかねばならない。
とはいえ、ヒロノリは自分が率先してやっていくつもりはない。
(一団の方で何とかやらせてみるか)
ある意味丸投げしてしまおうとしていた。
「俺がいなくなった時の事も考えて、今のうちに筋道をつけておきたい」
幹部を集めた会議の席での発言である。
居並ぶ者達はさすがに驚いた。
「いや、それは」
「いくらなんでも」
「辞めちまうんですか?」
疑問があちこちからあがる。
不安をはらんだそれらの声に、ヒロノリは首を横に振って否定する。
「そうじゃない。
俺だっていつまでも生きてるわけじゃないから、そうなった後にどうするかを今のうちに決めておきたい」
幹部達に少しばかりの安心が戻る。
確実にやってくる未来への不安も同時に抱いていったが。
「それで、いったいどうするつもりで」
重苦しい何かをはねのけて一人が尋ねてくる。
当然の疑問である。
誰もがそれは考えているようだった。
それに答えるようにヒロノリは考えを開陳していった。
彼らの懸念に答えてるわけではない。
あくまでこれからやっていこうとしてることを示してるだけである。
なのだが、それが幹部達の疑問に答える形になっていく。
「まあ、まずは一団として何をやるか。
これの基本をはっきりさせておきたい」
今までもそれは示してきていた。
拠点の拡大拡張にしても、モンスター退治にしても、おおまかな方針というのは出している。
だが、それらもだいたいにおいてその時期における方針でしかない場合がほとんどだった。
「それはそれで良いんだけど、そういうのの根っこになる部分をはっきりさせておこうと思う」
「どういうことですか」
「何か決めるときの判断材料を出しておく。
一団としての活動は、それを基準に考えていけるようにしたい」
「でも、それは今もやってることです。
今更だと思いますが」
「何年もかかるような仕事とかにな。
でも、それよりもっと根本的なことだ」
「?」
ここまで来ると誰もが疑問を浮かべる。
数年単位の活動計画よりも更に根幹に関わることなどあるのかと。
ヒロノリはそんな彼らに告げる。
「この先一団が何十年も何百年も続いていく場合に備えてだよ」
あまりの長期間に、誰もが度肝を抜かれた。
「モンスターがいる間は俺達の仕事が無くなることは無い。
いなくなった後はどうだかしらないけど、そうなるまでずっと続く。
その間続いていけるように、今後の活動方針を決めておきたい」
確かにそれはそうだろう。
今後も続けていくならそれなりの長期間の活動方針も必要になる。
数年間にわたる活動計画やそのための活動方針であっても、ある程度の目的があって作られてる。
現在のところ、開拓地の拡大拡張がそれにあたる。
川から離れたところまで開墾が出来るように、というのが目的である。
この目的というか方針に沿って行動していくにあたり、必要な活動をその都度増減させていく。
基本的な方針策定において、これらが決まっていた。
当然、水路を引いたり、開拓開墾のための人や道具をそろえたり、その間のモンスターからの防衛なども策定はされている。
事前に分かる範囲においては、大体の部分が方針に盛り込まれてはいる。
だが、これらは基本方針ではない。
基本方針を実現するために必要になった諸々の作業である。
目的に応じて必要になる事項が浮かび上がってきたから付随する形で決められていった。
当然ながら、実際に作業をするにあたって、想定外の出来事も発生する。
それらへの対応として、次々に作業項目は追加される。
ただ、無闇やたらに追加していくわけにもいかない。
予算や人での限界もあるし、本当に不要なものもある。
あれば便利であっても、絶対に必要とは言い切れないものもある。
その逆に、当面は必要ない、そもそも用いる機会そのものが少ない、というものもある。
モンスター対策などがこれで、実際に襲撃される可能性はかなり低い。
周辺において冒険者がモンスター退治に励んでるので、安全性はかなり高くなっている。
それでも襲撃が全くないとは言い切れないので、どうしてもなんらなかの対策は必要になる。
こういった事を判断する際に必要になるのが基本的な方針である。
最終目的が何なのか、ということを考え、そのために必要なものは何かと考えていく。
作業中に意識することはまずないだろうが、何かしらの判断が必要になった瞬間にこれが役に立つ。
その極端な例が、開拓地を取り囲む防備の建設である。
開拓地の外延部から離れたところに作られた堀や柵、冒険者が寝泊りできる拠点の建設。
これらは開拓地の防衛のためでもあるが、もともとは開拓地拡大のために設置されたものである。
水路建設に今後の耕作地の防衛のため、まずは先に建設したのが防御施設だった。
全ては一つの目的のために行われている。
これらも基本的な方針に沿った結果であるといえた。
この逆に、必要が無い、さすがに不要だということで却下されたものもある。
それも含めて、基本方針が選考基準になっていた。
最終的には予算という上限によって優先順位が振り分けられることになる。
どれだけ必要であっても、予算がなければどうしようもない。
その予算をいかに効率よく割り振るかを決めるのもまた、基本方針になっていく。
全ての作業を同時進行させることは出来ない。
必要なところに必要な分を割り振っていかねばならない。
資本は無限にあるわけではない。
使える分量の中で物事を進めていかねばならない。
予算という上限と、やっていくことを決める基本方針。
この二つが長い時間をかけた作業における様々な活動を決めていく。
ヒロノリはこれを一団そのものの行動にまで拡大しようとしていた。
「けど、そんな長い間続けられるような方針なんてあるんですか?」
当然の疑問が出てくる。
基本方針の必要性は、責任ある立場になればなるほど実感していく。
否定する者はいない。
だが、それが活動をかなり制限することも知っている。
今まで様々な作業で用いられてきた基本方針が、あくまで一つの作業そのものに用いられてきたことも理由だろう。
どうしても狭い範囲での活動に用いるものなので、それを一団に当てはめて良いのかとも考えている。
まして今後ずっと用いるというのであればなおさらだ。
時間が経てば色々と変わる。
変わらずに保たれるものもあるし、変えてはいけないこともあるだろう。
それらはともかく、変化していく物事への対応はどうするのか。
「そこをどうするかも考えると、方針を決めてしまっても良いのかどうか」
もっともな懸念だった。
ヒロノリもそれは理解している。
「けど、もうちょっと気楽に考えてくれ」
彼らの疑問に答える形にはならないかもしれないが、ヒロノリは考えてることを彼らに伝えていく。




