転職131日目 開拓日記19
どうしても時間がかかる。
一年二年という月日の中で完成していく。
外周も田畑もそれくらい手間のかかるものだった。
出来上がったところで簡単に物事が変わっていくわけではない。
それらが効果を示すのはずっと先になるだろう。
こういったものは、何にしても時間がかかる。
だから成果をはっきりと認識する事も難しい。
必然的に目に付く成果を求めたくもなる。
人間、結果が出ない事にはそれが良いのか悪いのかも把握出来ないのだから。
だが、やっていかねば何も進まない。
それこそ、何十年経っても今と同じという事になる。
たとえ地味でも、少しずつ何かを成し遂げていかねばならなかった。
(でもまあ、ここまで来れたんだよなあ)
その成果をあらためて振り返っている。
この世界にやってきて十年が経過し、あと少しで四十歳になろうとしている。
その時は何も持ってない状態で食うや食わずであった。
冒険者という仕事がなければどうなっていたか分からない。
危険であるが稼げる仕事があるというのはありがたいものだった。
そこから始まり、孤児達を募ってモンスター退治に出かけ、今では巨大な一団の頂点に立っている。
下には数々の拠点と多くの団員がおり、それらが今もモンスターを倒して回ってきている。
そんな彼等から手に入れる収益は莫大で、個人で用いるには有り余るほどであった。
月収二十万にも届かなかったブラック社員時代とは大違いである。
もちろん、手に入れた金のほとんどは人件費やら運営費やら今後の拡大拡張予算になってしまう。
ヒロノリの手に入るのは、毎月四十銀貨くらいであった。
一千五百人を超える大集団の頂点にしてはかなり少ない収入である。
ここに、食材の配給も付くので、実際にはもう少し裕福であるが、それにしたってかなり抑えめ報酬である。
出来ればもっと欲しいとは思う。
贅沢もしてみたいという欲求はある。
だが、それならば一団を拡大拡張していく事に金を注ぎ込みたかった。
自分の給料を抑えてでも。
見方を変えれば、一団を用いて自分の好きなようにやっているとも言える。
自分の給料ではまかない切れない事を、一団を用いてやっているという。
公私混同極まれりであるが、一団の隆盛に繋がってるのだから文句を言われる事も無い。
一団を優先してるようにも見えるので、ヒロノリへの評価は高くなっている。
滅私奉公で一団を運営してるように見てる者もいるほどである。
それはそれで勘違いであるのだが。
何はともあれ、ここまでやってきた事に満足はしている。
足りない部分もあるが、それですらいずれは解消出来るものばかりだ。
一団としてすぐに出来ない事もあるが、個人の力ではとうてい及ばない事を成し遂げる事が出来る。
そういった事が出来る組織を作る事が出来たので、ある程度は満足している。
(あとは、これをどうやって次につなげてくかだな)
次の仕事や事業計画に、ではない。
次世代への継承を、という意味だ。
ある程度の成功をおさめたのは疑いないが、これをこのまま継続させていくのは難しい。
一代で創業した企業を大手まで成長させたはいいが、継承が上手くいかず二代目三代目で潰したという話は幾らでもある。
そうならないようにどうしていくかを考えていかねばならない。
ヒロノリの子供はまだ幼いので、これがちゃんと成長して一団を引き継いでいけるようにしておきたかった。
(でも、それは無理かもなあ……)
希望や願望はあるが、それが出来るかどうかという疑念はある。
子供に期待をしてない……というわけではない。
無能だとは思いたくないが、天才だとも思いはしない。
過剰な願望を押しつけて無理をさせたくはないし、親の願望で子供のもってるものをねじ曲げたくもなかった。
一団を子供に継承してもらいたい、世襲したいとは思うが、それが子供の希望と違うのであれば無理強いはしたくなかった。
だが、親の跡を継いでくれるなら、その支援として様々な事をしてやりたいとも思う。
あくまでそこは子供の気持ち次第であるので何とも言えないが。
ただ、子供に才能があり、なおかつ一団の団長を継承するにしても問題がある。
どうしても時間が足りないのだ。
結婚も子供が出来たのも遅くなったせいであるが、子供が成長するまでにヒロノリが引退したり寿命を迎える可能性があった。
この世界の寿命はおおよそ五十年から六十年。
栄養状態や医療体制などにもよるが、だいたいそれくらいでご臨終となる。
ヒロノリの場合、早ければあと十年でそうなってしまう。
その頃、一番上の子供はおそらく十二歳か十三歳くらいであろう。
この世界における成人年齢である十五歳にも届かない。
必要な技術や知識、人生経験はまるで足りない。
単に技術を身につけてレベルを上げるだけでは分からない様々な機微というのもある。
これを手に入れるには、どうしてもある程度の時間が必要になる。
出来れば二十代の真ん中を越えるまで、三十歳前後あたりまで成長を待ちたいところだった。
だが、そうなるとヒロノリの寿命が足りない。
もしかしたらもっと長生き出来るかもしれないが、そうなると運任せになってしまう。
また、どうしても年齢による衰えも避けられない。
今はまだ体も頭も動いているが、それでも若い頃には負ける。
獲得した技術レベルが底上げしてくれてるが、衰えは確実に感じていた。
この調子であと十年二十年とやっていけるか不安にもなる。
(あと五年は若ければなあ)
愚にも付かない愚痴を漏らしそうになる。
仮に本当に五年若ければ、もっと若ければと思うだろう。
そういう思いが様々な可能性を考える土台にはなるが、今欲しい解決策にはつながりそうもない。
やらねばならないのは、変えようのない事態にどう対処するかである。
子供達のためにも、一団の今後の為にも。




