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【完結】29歳ブラック企業の社員は別会社や異業種への転職ではなく異世界に転移した  作者: よぎそーと
第六決算期

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転職124日目 閑話:家にて

「ただいま」

 会議やら決済やらを終えて家にたどり着く。

 モンスター退治に比べて体力的にきついわけではないのに、なぜか足を引きずるような感覚をおぼえる。

 そんなヒロノリを見て、

「おかえりなさい」

と苦笑気味の笑顔が迎えた。

「今日も大変だったの?」

「ああ、会議が長引いていつまでも終わらない。

 書類も全然片付かないし」

「ご苦労様」

「ヒロトは?」

「眠ってるわよ。

 さっきまで起きてたんだけど」

「ちょっと遅かったか……」

「もう日も落ちてるしね」

 子供だけに眠るのも早い。

 返るのが遅くなると起きて会える事も減ってしまう。

「今日も駄目か」

 ここ最近すれ違いが多かったので落胆してしまう。

「忙しい間はしょうがないわよ。

 早く問題を片付けてね」

「できるだけ頑張るよ」

「じゃあ、まだまだ時間はかかるのね」

「ん?」

「そういう言い方をするときは、仕事が難しくなってる時だし」

「まあ、そうだな」

 色々と見透かされててつらい。

「じゃあ、仕事を片付けてきてくださいね。

 ヒロトは私がちゃんと面倒みておきますから」

「……頼むよ」

 どうも女房に頭が上がらない。

 こんな事が続いてるのだから無理もないだろうが。

 そんなつもりは無かったが、尻に敷かれてる気がした。



 敷いてるのは一人だけではない。

「今日もこんな時間なのか?」

 そう言ってくるのはもう一人の女房だった。

 こちらはもう一人よりはっきり物を言うので、口調にはあからさまな呆れなどが見てとれる。

 嫌みはないのでさほど気にはならないが。

「どうしても忙しくてね」

「それは分かってるが、早く帰ってきてヒロトの顔でも見てやれ」

 自分ではないもう一人の女房が生んだ子供の事を口にする。

 普通、自分や自分の子供でなければ気にかける事もない、それどころか敵視するものであるらしいのだが、そういった素振りは見せない。

「こっちの子も同じような目にあったら可愛そうだし」

 大きなお腹に手を添えながらそんな事を言う。

 純粋な心配だけというわけではなく、やがて生まれてくる我が子が同じような事にあったらかわいそうだという同情のようだ。

 それでも気遣いは気遣いである。

 また、言ってる事も十分理解出来るので、反発も出来ない。

「出来るだけがんばるよ」

「それ、ちゃんと実行してよ」

 口だけではなくちゃんと行動で示せ────その言葉に、「頑張る」とだけ答えた。

 それを聞いて二人目の女房は、軽いため息を吐いて部屋へと戻っていく。

「じゃあ早くご飯食べちゃって。

 明日も元気に頑張ってもらわないと困るんだから」

 そう言い残して。



 さして広くもない家であるが、それでも他の家に比べれば大きい。

 一般的な住居に比べれば二倍から三倍くらいはある。

 部屋も幾つかある。

 だからといってべらぼうに大きいわけではない。

 この世界、一般的な庶民は二十平方メートル程度の家に住んでいる。

 そこに祖父から孫にいたる家族が住んでいる。

 かなり狭い。

 広いといってもそれよりはという程度だ。

 どうせなら最初から大きく造ろうと、持ってる金を全て注ぎ込むつもりで建てた。

 おかげでかなり広々としている。

 家族を住まわせるのに十分なほどに。

 貯金は一気になくなったが後悔はない。

 おかげで余裕のある生活が出来る。

 そんな家の食卓で、ヒロノリは遅めの夕飯を口に入れていった。



「これだけが生き甲斐だ」

 そういって頬張る料理はうまい。

 大げさでも何でもなく、これが楽しみで毎日生きてるような気がしてくる。

「大げさですよ」

「いやいや、本当本当」

 お世辞抜きにそう思っている。

 そんなヒロノリに、

「分かったから早く食べてください。

 片付かないんですから」

と一言。

 以後、黙々とヒロノリは食事を食べていく。

 自分一人というのが味気ないが、これは仕方ない。

 早めに帰ってくる以外に手段はない。

 今の状態が片付かない限り、それは望めそうもなかった。



 食べ終わると食器が流しに片付けられていった。

 一人、静かに座りながら、食器を洗う音を聞く。

 頭を空っぽにしてその音だけを聞いていく。

 今日も一日頭を使っていた。

 今は何も考えたくなかった。

 それだけ疲れる一日であった。

 ぼーっとしていたいというささやかな願いくらいはかなえておきたかった。

 そして、こんな何もしてない瞬間にかすかに幸せを感じる。

 相変わらず仕事に追われてるが、切羽詰まったり先が見えないというような事は無い。

 思い通りにいくわけではないが、自分でどうにかできる裁量がある。

 それに、遅くなるにしてもまだ誰かが起きてる間に帰ってこれる。

 余裕は以前よりはあった。

 何より家庭がある。

 子供も生まれたし、もう一人もあと少しで生まれてくる。

 金も時間も労力も使ってきたが、それでも十分にもとをとってると思う事が出来る。



「どうしたんですか、にやけてますけど」

 戻ってきた女房の声に我にかえる。

「そんなにやけてた?」

「ええ、そんな風に見えました」

「そっか、そういう顔してたか」

 自分でも気づかないものである。

「まあ、なんだかんだで幸せだなと思って」

「あら」

 少し驚き、そして嬉しそうな顔をしていく。

「何がそんなに幸せなんです?」

「ん、なんだろうな。

 何がって言われてもはっきり言えないけど。

 でも、まあ、なんだかんだで上手くやってるなあと思って。

 そう思うとね」

「がんばってましたもんね」

「ああ、がんばったよ」

 その結果がこれなのだ。

 そこに十分過ぎるほど満足している。

「これからも頑張っていかないと」

「そうですよ、頼みますからね」

 女房は笑顔を浮かべる。

「ヒロトも、もう一人も生まれてくるし。

 これからもっと生まれるでしょうし。

 お父さんには頑張ってもらわないと」

「お父さんか」

 そう呼ばれるようになるとは思わなかった。

「それに、私もあの子も仕事を辞めてついてきたんですから」

「そうだな」

 結婚するにあたり、二人にはしていた仕事から退いてもらう事になった。

 国の方から開拓地に来る事になったためでもある。

「やっぱり続けてたかった?」

「どうでしょうね。

 やりがいはありましたけど、いつまでもやってようと思う程ではなかったですし」

「あれだけ人気があったのに?」

「いつまでやれるか分からなかったから。

 ただ、今やれる事をちゃんとやろうって、それだけだったの」

「そっか。

 でも、それが一番大事なんだろうけど」

 だからあれだけ繁盛したんだろうと思う。

「今でもさ、こっちに引っ張ってきて良かったのかって思うよ」

「後悔してるの?」

「全然」

 そんな事は全く無い。

「あの時の俺は褒めてやりたいよ」

「あんなおかしな事を言ったのを?」

「それは言ってくれるな」

 思い出すと赤面しそうになる。



 国の方で鉱山から町に至る道筋が確立し、仕事が安定化してきた頃である。

 そろそろ開拓地の方に本腰を入れるかと思い、拠点から引き払おうかと思っていた頃だった。

 食堂に顔を出したヒロノリは、ここを出て行く事を女将に告げた。

 寂しくなりますね、という女将に、俺もです、と応じながらお喋りをしていた。

「向こうには女将さんがいないし、美味いものも食えそうにないですから」

「あら、そんなに褒めても何もでませんよ」

「本当にそうなんですよ。

 出来るなら、女将さんを連れていきたいくらいです。

 割と本気で」

「まあ」

 そう言って女将さんが顔を赤らめるのを、珍しいなあと思いつつ見ていた。

「だったらついていきますけど」

「是非、お願いします」

 他愛のないやりとりのつもりだった。

 まさか本気にしてるとは思わなかった。



 同じ事は出入りの家政婦にも伝えておいた。

 家(というか、住めるようにした倉庫)から引き払うので、ここでの仕事は終わりだと。

「でも、これからいく所もむさくなるだろうから、いてくれるとありがたいんだよね」

「何ならついてきますけど」

「ありがたいね。

 今度はもっと大きめの家にするつもりだから、中の事をしてくれると助かる」

「じゃあ、今後もよろしく……でいいんですね?」

「そうなるかな。

 よろしく頼むよ」

 半分くらいは冗談で言ってると思ったが、こちらも本気で言ってると後で知る事になる。



 そして開拓地へと向かおうというその日、二人はヒロノリの前に来て、同時にもう一人の同行者(?)を目にする。

 思いもがけない人物の登場に二人は互いに見つめながら目を丸くした。

 そんな事にも気づかず、

「じゃあ、行こうか」

とヒロノリは気楽に声をかけたのだ。

 丸くなってた二人の目が点になっていった。



「まさか、本当に料理だけつくってくれれば、店をこっちで開いてくれればって思ってたなんて」

「いや、俺だってあれを求婚とかだって思われるなんて思わなかったよ」

 開拓地の方に来て欲しいとは思っていたが、そこまで大きく受け止められてるとは思わなかった。

 お互いの思いが微妙にすれ違ったというか、勘違いが発生したというか。

「おまけに、

『二人ともいてくれるとありがたいよ。

 これからも一緒にがんばっていこう』

だなんて」

「いや、一団で一緒にやっていけるとって思ってたから」

「私たち、この人はハーレムでも造るつもりなんだろうな、って思ったんですけど」

「それについては、申し訳ありません」

 出来ればいいなと思っていたが、実行に移すつもりなどなかった。

 そもそもそんな発想が無かった。

「それでも責任をとってくれるならいいかなって思ってたんだけど」

 二人の想いにヒロノリが気づくまでそこから更に時間がかかる事になる。

 ようやく自分の言った事を二人がどう受け止めたのかを理解した時には、盛大に驚いたものである。

「なんつうか、言葉には気をつけないと駄目だな」

 過去の自分が言ったことに反省をする。

 もう少し考えをはっきりと伝えないといけないと。

 誤解がとんでもない方向に向かってしまう。

 だが、後悔は無かった。

「おかげで二人を嫁さんにする事が出来たから、俺はあれで良かったけど」

 勘違いから始まったが、予想外の果報に巡り会えたので良しとしたかった。

「私もこれで良かったとは思ってますよ。

 でも、もうちょっとどうにかならなかったかなとも思ってますけど」

 チクリという事も忘れない。

「まあ、それについては、今後もよろしくという事で」

「はいはい。

 そういう事にしておきますよ」

 そういって今は妻となった料理屋の女将は、ニコニコと笑顔を浮かべた。

「だから頑張ってくださいね。

 無理はしちゃだめですけど」

「ああ、もちろんだ」

 そう言って女房を引き寄せる。

 引かれるまま身を乗り出した女房と、ヒロノリの影が重なっていった。

 説明が色々足りないと思うけど、そういう事になりました。

 もうちょっと絡んでるところを書きたかったけど、なかなかうまくいかず。

 この三人に何があったのかは、今のところは皆さんのご想像の任せするしかない。


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