転職116日目 開拓日記5
事前の偵察に熱が入る。
わざわざ買い込んだ馬で騎兵を編成してこの仕事にあてる。
軍馬ではないので戦闘は出来ないが、移動に使うなら十分だった。
遠距離から遠見の魔法具などを用いて様子を伺っていく。
他にも、小鬼達の移動経路を探りどこから来たのかも調べていく。
こちらの方は大雑把な方向が分かれば良いという程度であるが、今後の事もあるのである程度調べておきたかった。
小鬼達がやってきた方向に、同族の仲間がいるかもしれないからだ。
もしそういった者達がいるなら、いずれどこかで遭遇する可能性がある。
北方に開拓地を広げていくとなると、どうしてもそういった可能性が出てくる。
小鬼の集団は今回遭遇した者達だけという事はない。
人類がこれまで出会った遭遇回数や目撃例からして、小鬼自体の数はかなりのものになる。
背後により大きな集団が控えていてもおかしくはない。
ならば、先んじて動向を調べておいた方が良い。
いずれぶつかるにしても、相手の情報があれば対策は立てやすくなるのだから。
それはそれとして目先の集団の問題である。
追い払うのは簡単だが、包囲殲滅となるともっと冒険者が必要だった。
その為の人数を確保するまで今暫く時間をかけたい……と思っていた。
そうはさせてくれない現実問題が目の前にたちはだかる。
「養うのも大変か」
「はい。
出費が増大していく一方で、いずれ底をつきます」
会計報告においてだされた現状の問題を受け止める。
呼び込んだ冒険者を維持する事がどんどん難しくなっている。
増えた人数を養うのはそれだけ大変だった。
食料だけでも消費量が莫大になる。
急いで建設してる拠点なども、設置するには相応の費用がかかる。
生活に必要な様々な設備も加えれば出費は留まる所を知らない。
周辺のモンスター退治で金を稼いではいるが、それでも焼け石に水らしい。
使った分も、いずれは回復するだろうが、その前に一団の運転資金が枯渇する。
そうなったら倒産するしかない。
「出来ればここで呼び込みを一時停止してもらえるとありがたいです。
というより、止めてください。
でないとどうにもなりません」
「そっか……」
そこをどうにかするのが君らの仕事だろ……などとブラックな事は言えなかった。
出来ないものは出来ない。
無理なものは無理。
それはそういうものとして受け止めるしかない。
「じゃあ、もうそろそろやるしかないか」
これ以上待機しておくわけにもいかない。
殲滅するのは無理でも、大多数を撃破するだけの人数は既に揃っている。
出来れば全体的に動けるようにする合同訓練をもっとこなしておきたかったが、それは諦めるしかない。
「じゃあ、出動を指示してくれ。
所定の作戦に従って、一番最初に動く所から出発させる」
腹をくくって行動を開始していった。
小鬼退治の指示が出された事で、冒険者達にも程よい緊張がもたらされた。
出された指示に従って出発していく者達の顔つきは、いつものモンスター退治の時よりも引き締まっている。
相手がこれまでのモンスターとは異なる事を知ってるからであろう。
群れて行動はしていても、戦術的に動いてるわけではない。
今度の相手は、多少なりとも作戦をとり、組織的に動いてくる。
冒険者達がやってきた事を当たり前のようにやってくる。
モンスターと言えども、そこは人間と違いは無い。
むしろ、そう考える事の方が間違いなのかもしれない。
相手はモンスターの格好をした人間である──そう考えないと危険であった。
能力的には劣るにしても、決して侮ってはならない相手である。
油断をしたら負ける。
負けたら死ぬ。
他のモンスターを相手にする時でも同じである。
だからこそ誰もが油断をしなかった。
それをもたらす侮りも捨てていく。
もう大丈夫だ、相手は格下だ、どうとでもなる…………そんな考えが必ず敗北をもたらす。
(一つ一つ戦闘に)勝って(戦闘の集合体である戦争そのものの)勝ちを確定させるまで侮蔑も安心感も無用である。
害悪にしかならない。
例え相手が弱くても全力を尽くす。
ここにいる冒険者達はそれを経験的に身につけていた。
頭で考えての理解ではない。
実体験を通して骨身に染みこんだ本能である。
そこに意気込みや気合いなどない。
淡々と、冷静に彼等は進んでいった。
集めに集めた冒険者三百人。
これを四つに分けて展開していく。
一つはゴブリンの退路を塞ぐようにゴブリンのやって来た方向を阻む。
そちらの方が開けており、逃げ出すのも容易であるからだ。
逃げ出されては元も子もないので、まずはしっかりと道をふさぐ。
この部隊は道をふさぎながら小鬼の集落へと進み、圧力をかけていく。
そのため、人数も一番多く、一部隊で一百人を超えている。
道をふさぐと同時に、包囲の一翼を担う為であった。
それから別方向から二つの部隊が進んでいく。
最初の部隊とは逆方向からそれぞれ進み、小鬼を背後から襲撃する形になる。
前後で挟み込んで敵の攻撃と防御を分散させ、一方向にかかる圧力を低下させるためである。
この三方向から取り囲み、小鬼の集団を殲滅していく。
この二部隊は最初の部隊よりは人数が少ない。
それぞれ七十人ほどである。
相手を分散させるのでこれでも十分だという判断だった。
これだけではなく、更に四つ目の部隊を組み、状況に応じて突入させていく。
どれだけ厳重に包囲しても、そこを突破する敵がいるかもしれない。
そんな場合に備えての事である。
もちろん、そんな懸念がなければ、包囲線に参加して止めを刺す事も仕事のうちだ。
人数は一番少なくて四十人。
遊撃的な作業と穴埋め目的なので人数は少ない。
だが、重要な役目であるので、レベルの高い者が集められている。
これらとは別に合計二十人ほどの偵察隊が存在する。
五人六人といった少人数の一群を集めた者達で、小鬼との戦闘とは別に周辺の警戒にあたる。
戦闘中に他のモンスターに襲われてはたまらない。
それらの接近を事前に関知し、全体に伝えるためだ。
それぞれが通信用の魔法具を保有し、必要に応じてモンスターの接近を伝える。
対処可能であるならば、その場でモンスターを倒していく。
おかしな言い方になるだろうが、戦場の安全を保つための措置であった。
偵察能力に長けている者や、戦闘力が高い者がここに集められていた。
この五つの部隊からなる集団が小鬼の集団へと向かっていく。
相手に気づかれないように大きく迂回しながら、しかし確実に小鬼を包囲していく。
一日二日は包囲形成に費やしていく。
布陣を終えるまで決して攻撃をしかけない。
単独で動いても効果は薄い事を彼等は熟知している。
一糸乱れずとまではいかないまでも、出来るだけ合わせられる所は合わせるようつとめていった。
小鬼を囲む人の壁は着々と作られていった。




