転職108日目 進出計画12
苦労の甲斐があるのかどうかも分からぬまま日々は過ぎていく。
鉱山からの道は整備が進み、途中の避難所を兼ねた小拠点も設置が進んでいく。
鉱山前の拠点の拡張も同時に進み、冒険者以外の商売人も定着し始めていった。
食堂や雑貨屋などが開店していっている。
これらと平行して、予想通りに貴族や統治者もやってきていた。
事前に考えていた通り、鉱山は貴族やらが管理すると言い出してきた。
一団としては、「やっぱり」という感想だけが出てきた。
村を取り戻した時もやってきたのだから、今回も来るだろうと思っていた。
それが当たっただけなので、大して驚きはしない。
失望や落胆はそれでもあったが。
おかげで一団における貴族への評価は更に下がっていった。
何の支援もなく、後からやってきて横取りか……そんな意見があちこちで上がっていった。
それでも貴族相手にどうこうするというほど無謀な者もおらず、不満は皆の腹の中でくすぶる事になる。
ヒロノリとしては、そういった不満の方が大事であった。
村にしろ鉱山にしろ、どうせ手に入る事はないだろうと思っていたので特に損をしたつもりはない。
それよりは、不満を持ってくれてる方がありがたかった。
色々とやりやすくなる。
とりあえず開拓地に送り込む者達や協力者を募りやすくはなる。
それだけで十分だった。
一々、なんでこんな事をやってるのかとか、秘密にしておく意味や意義を説明する手間が省ける。
ただ、鉱山の再開に向けてはさすがに手早く進んでいく。
貴族としても取り戻した貴重な資源をそのまま眠らせるつもりはないのだろう。
内部の探索と採掘に必要な準備を次々に進めていく。
内部に入り込んでるモンスターについては、一団の冒険者の方にも仕事の斡旋が来る。
横取りした相手に仕事をさせるのもどうかと思われたが、金になるならと何人かが引き受けていく。
完全に頭に来てる者は全く相手にもしなかったが、それでも金の為に鉱山に潜る者が何人か出てきていた。
それらも稼ぎの為であり、それ以外に鉱山に潜る理由は持っていなかった。
そんなこんながありながらも鉱山内部のモンスター退治ははじまり、内部の浄化が進んでいく。
鉱山入り口周辺の防備も固められて行き、内部への侵入が出来ないようになっていく。
以前は盗人を排除する為に、今はそこにモンスターが加わる。
モンスターが資源を盗んでいく事はないだろうが、中に入ってしまったら作業が滞る。
それを避けるための防壁が作られていく。
それを間近で見ている冒険者達は、鉱山が確実に蘇っていくのを感じていった。
また、それらが取り戻した自分達の手ではなく、横取りした貴族達によって為されてる事をあらためて思い知る。
一番の功労者である自分達がなんで排除されるのかと思うと、押さえ込んでいた憤りが再びこみ上げてくる。
以前よりも大きくなって。
それでもヒロノリは旨みを重視する事にしていく。
言いたい事はあるが、それはあえてこらえる。
今は再開するであろう鉱山から出て来る利益の方が重要だった。
「とにかく、採掘されるものをこちらに流してもらおう」
別に非合法手段に訴えるわけではない。
せっかくすぐ近くで採掘がされるのだから、それを入手出来るようにしておきたかった。
前々から色々と手を伸ばしてきた事である。
その成果を出す時だった。
「さすがに横取りは出来ないだろうし、やったら面倒になる。
出来るだけ合法的に手に入れるようにはしたい」
貴族の管理下に置かれるのはやむをえないとはいえ、全く手が出せないというわけでもない。
採掘した資源も活用しなければ意味がない。
作業員などを養う為にもそれらを売り払う事になる。
そこに少しでも食い込みたかった。
一団が直接購入するのは難しいだろうが、出入りする業者に声をかける事は出来る。
また、以前から声をかけていた業者が買い取りに参加してくれるなら、優先的に入手する事も見込める。
当然ながら金を払う事になるが、輸送費用などがかからない分は安くなるはずである。
それに、金よりも原材料の方が欲しい。
高く吹っかけられたらともかく、妥当な値段で求める量の資源が手に入るならそれに越した事は無い。
問題はそこに食い込めるかどうかだった。
鉱山もそうだが、国の根幹をなす部分においては貴族とそこにつながった商人などが事業を独占している。
重要な資源をみだりに国外や胡乱な連中に流さないためである。
が、これらが利益の独占にもなってしまっている。
値段を操作し、利益を確実に手に入れられるようにしていく事が出来てしまう。
そういったところに新規参入するのは難しい。
不可能と言っても良い。
なので、いくら何でも直接の取引にまで食い込めるとは思ってなかった。
だが、既存の鉱山ではなくモンスターに奪われていた場所の再開発である。
貴族にしても商人にしても手数が少ないかもしれない。
つけいる隙があるかもしれない、という希望は多少はあった。
それでも場末の、田舎を拠点にした商人やそういった辺りを巡る行商人では食い込む事は難しいだろう。
せめて、物資運搬にでも食い込めれば。
そこから手づるを増やしていければ、というくらいの期待しかない。
全く何もないよりはほんの少しでも伝手を作れればという考えである。
「どうにかして食い込めるよう、こちらの持ってる情報は商人とかに流しておいてくれ。
何でもいい、少しでも関係が持てるように取りはからっておいてやってくれ」
会議にて物品購入や人員募集を担当する部署の者に向けて言う。
彼等が一番商人達と接点がある。
また、あちこちの町にて様々な探りを入れてるので情報も持っている。
それらを用いて商人の後押しをさせていくつもりである。
「もちろんそのつもりです」
「でも、いいんですか。
こっちの手の内もばれると思いますが」
「構わないよ」
ヒロノリは言いきる。
「資源に食い込めるならそれでいい。
俺達じゃそもそも介入出来ないし。
それなら、出来る人達に仕事をしてもらった方がいい」
「分かりました。
それならこっちの知ってる事や掴んだ事は出入りの業者さんに伝えておきます」
「でも、その人達がこっちを切ったらどうするんですか?」
「それならそれでいいんじゃないの」
「え?」
「はい?」
「人の心は操作できないよ。
留めようとしたって、駄目な時は駄目なもんだ。
そんな事に拘ってばかりじゃいけない」
「はあ……」
「それでいんですかねえ……」
「まあ、そういう人はさ、こっちからも手切れにすればいいだけだし。
今後のお付き合いは一切しないって事でやっていこう」
さらっとそう言うと、ヒロノリはため息を吐いた。
そうなって欲しくないが、こればかりはどうしようもない。
目の前の大きな利益と一団を比べて、一団に価値が無いと思うならばしょうがない。
ただ、そんな奴と付き合う必要もないので、こちらも縁を切る。
それだけである。
「ただ、こちらが提供した色んなものの対価はもらっておきたいけどね」
それくらいはしたいものだった。
さすがに無理だろうとは思うが。
(まあ、出来たらいいってくらいだけど)
そう言って苦笑する。
もう笑うしかなかった。
その笑顔を見て、会議の場に居合わせた者達は悪寒をおぼえた。
(やべ、団長が本気になってる)
(こりゃあ、裏切った奴らはとんでもない事になるな)
(おっかねえ……笑ってるのにおっかねえよ……)
(団長、基本的に穏やかだけど、切れたら何するかわかんないからなあ)
周りにいる者達は表情一つでそんな勘ぐりをはじめていった。
当の本人は全く考えてもいない事を想像していく。
今までのヒロノリの言動行動からしても、そんな風に思える所はほとんどない。
だが、曲がりなりにも大所帯の一団を率いた立場にいる者の発言と表情である。
そこから周りにいる者達は勝手に裏を読み(ああ、勘違い)、真意や本音を推測していった。
誤解もいいところだが、会議に出ていた者達はそうは思わなかった。
一団の利益や今後を考えても何かしらの伝手は欲しいはず……と周りの者達は思っている。
だからこそ、ヒロノリの何気ない発言に勝手な注釈というか付け足しをしていってしまう。
(それとなく商人達には伝えておくか)
(あと、貴族の方にも根回ししておかないと)
(こっちを切ったらどうなるか分かってるならいいけど)
(下手したら、団長が本当に切れるかもしれないし)
数百人の冒険者を束ねる男が見切りを付けたらどうなるか。
それだけでも十分な脅威である。
その事をほのめかすだけでもそれなりの影響はある。
少なくともこの近隣を殲滅するくらいの力はある。
会議に出ていた者達は、自分達の知り合いにそれらを伝えていく事に決めた。
なお、ヒロノリに周囲と事を構える意図はこれっぽっちもない。
周りの者達とのすれ違いは余りにも大きかった。




