転職107日目 閑話:食堂にて2
「はあ……」
盛大なため息があふれる。
人の少ない昼の時間、拡張拡大された食堂に出向いたヒロノリは今までとこれからの仕事を考えて落ち込んでいく。
「なんでこんなに仕事があるんだ……」
規模の拡大と事業の拡大のおかげである。
鉱山からの輸送路整備に重点を置いてるが、それでもやるべきことは多い。
道を整備し、拠点を整理し、人員を増やすというのはやはり手間と面倒がかかる。
その上で開拓地の事業拡大である。
作業量は既に個人の限界を突破している。
事務員総出で作業に突入してるが終わりはなかなか見えない。
可能な限り各所に作業を割り当ててヒロノリだけに負担がこないようにしてるが、それでもかなりの手間と面倒を背負わねばならない。
「全自動でどうにかならんかなあ……」
そんな便利な機構があればよいが、残念ながら無い。
実のところ、かなり自動化は出来ているが、それでもまだ足りないのだ。
なお、ここで言う自動化とは書く部署の自由裁量を可能な限り拡大した事を指している。
同時に各部署が独自に活動できるように人員と機材を割いている。
おかげで資材・資源の調達から人員の充足、建設作業の計画から実行までほとんどヒロノリが関わることがない。
ある程度の目標と必要なものを提示して、あとは各部署が独立してこうどうしていく。
各部署が一つの部隊として作戦行動をとれるようにしている。
ヒロノリの仕事は、最初の指示と途中経過や作業完了の報告を受け取るだけである。
なのだが、毎日のように送り込まれてくる報告書に目を通すだけでも大きな負担になっている。
そのほとんどが、計画より何かが遅れてるというものを伝えてくる。
だいたいにおいて、当初の計画では想定し切れなかった事態の発生が原因である。
当たり前だが、想像もしなかったことなどいくらでも出てくる。
人間の知性や理性で想像できることに限界があるためだ。
なので計画は作ったとおりに動くことはない。
事前の計画はそういう意味では役立たずではある。
ある程度の目安にはなるが、それ以上ではない。
ただ、目安が無ければ物事を進めにくいから、無いよりはマシであろう。
それは分かってることなので、計画にはある程度の予定を入れている。
足りない材料が出てきたり、天気の都合で作業が出来なかったり、現地の状態が思ったより悪かったり。
そういった要素を考えて日程は作っている。
いるのだが、それをことごとく食いつぶすのが想定外の出来事である。
狙ったように思いもよらない事態が発生し、それが事故や事件になって時間を食いつぶす。
報告書に書かれたそういった出来事が気分を重くしていく。
救いなのは、それでも作業が進んでいることだろうか。
多少の遅れが出ても、着実に完成に向かってるのは悪いことではない。
起こった出来事の対処を考える必要が無ければ。
「団長なんかなるんじゃなかった」
そんな愚痴が出てくるのも仕方ないだろう。
報告だけであってもそれに目を通すのは結構大変である。
独自に活動できるようにしてるとはいえ、最終的な決定権はヒロノリにあるから無視も出来ない。
何があったのか把握しておかなければ、何かが起こったときに対処が出来なくなる。
そのため、やってくる報告は読まねばならないし、書いてある内容を理解せねばならない。
ついでに、作業進捗がどんなものかも予定表などを見ながら確認せねばならない。
これが結構大変で、「こっちの作業は予定より遅れてる」「こっちもこれくらい遅れてる」というだけでは済まない。
必要な材料がそろってなければ作業の全てが停止してしまう。
材料があっても運搬が遅れれば同様の障害が出てしまう。
また、運搬中における問題も、やはり全体の進行に影響してしまう。
他にも作業員の揉め事や必要な技術レベルを持ってる職人の不足などが作業を遅らせる。
全てが順調に進むということは無い。
その都度現場で問題を解決し、作業が滞りなく進むようにされていく。
小さなほころびはそうやって直されていく。
だが、ほころんだ部分はほころんだままである。
なおしたとしても、よじれが残る。
それは決して無くなることはなく、あとあとまで残る。
それが作業の遅れとなっていく。
そうやって出来たしわが、ヒロノリの所までやってくるのだ。
「きつい……」
起こったことは仕方ないとして、その対処をしていかねばならない。
遅れを取り戻すことは出来なくても、それが重大な問題にならないように取り計らいたいところだった。
そのため脳漿を振り絞ることとなっていく。
一応経営やら運営やらに関わる技術レベルは持ってるから多少の知恵は出てくる。
しかし、それらが同時に伝えてもくる。
どんなにがんばっても遅れは結構大きく発生すると。
「どうすっかなあ……」
どうしようもない事は分かっているが、どうにかしたかった。
「大変そうですね」
近づいてきた女将が、いいながら水を飲み干したコップを交換する。
起き上がってその水を喉に流しこみ、再び机に突っ伏す。
いくら飲んでも喉の渇きが無くなる気配がない。
何かしらストレスを感じてるためだろう。
足りない、消耗してしまった何かを補うために何かを体に入れようとしてしまう。
なくならない飢えが襲い掛かってきてるようだった。
「しんどい……」
愚痴が際限なく出てくる。
「大丈夫ですか?」
女将の声がありがたくもあるが、応えるのも億劫だった。
「どうにかなってますけどね、今のところは」
「とてもそうは見えませんけど」
「そんなに酷いですか?」
「ええ。
少なくとも元気には見えませんよ」
「そうかあ……」
傍から見てもそんなもんなのかと確認が取れた。
我ながら酷い状態にあるんだなと痛感する。
「まあ、色々酷いもんですから、実際」
「でしょうね」
そこは女将も感じ取ってはいたようだ。
「つらそうな顔をしてましたし、やっぱり大変なんでしょうね」
「ええ、とっても。
まさかこんなに大変なことになるとは思いませんでしたし」
「やっぱり、前線のほうの仕事が忙しいんですか?
こちらにも見かけない人が多くやってくるようになってますし」
「作業員とか冒険者ですかね。
前線のほうの作業でどうしても人手が必要なもんで。
あちこちに声をかけて集めてる最中です」
「なるほど」
客の顔ぶれの変化にはそれで納得がいったようだった。
「だいぶ知らない人が多くなったから、色々あるとは思ってましたけど」
「やっぱり分かりますか」
「こういう仕事を続けてますから、なんとなく雰囲気で」
仕事を続けてきたことによる経験則を身に着けたのだろう。
「あれだけ大勢の人がきてるとなると、いろいろと大変だと思いますよ」
「その通りですね」
否定出来なかった。
「出来ればもうちょっと楽したいもんです」
それが出来ないから苦労をしている。
いつ終わるともしれないのがまた辛い。
個人レベルの冒険ではなくなってしまってるなあ。
今更ながらそんな事を思う。




