転職105日目 進出計画10
人員は更なる必要性に迫られていった。
鉱山奪回を成し遂げる事で、道中の安全性確保の必要性が益々増していった。
鉱山付近の安全性確保も同様に。
その為、常時数多くの冒険者が付近に展開する事が求められていった。
本来なら軍が派遣されて駐屯するべきであろうが、国にその余裕はない。
より遠く離れたモンスターとの接触地帯に駐留してるからである。
それでも結構な量のモンスターの侵入を許してしまってるのだが、それでも最悪の事態を防ぐくらいには防衛の任務を果たしている。
これ以上を求めるのは酷であった。
その為、冒険者のような存在が必要になってくる。
人員募集は急務となっていった。
ここで今まで積み上げてきた実績が大きな効果をもたらしてきた。
国境地帯(厳密には違うが)における勢力確保は、立志伝として語られている。
そうなるようあちこちで宣伝もしてきたのだが、その積み重ねが人々の興味をひく事に繋がっていた。
モンスターと戦う危険な仕事という認識しかされてなかった冒険者であるが、それがもたらす成功体験はなかなか人の耳に入る事はなかった。
レベルが上がってある程度の強さを得れば安定した稼ぎを叩き出せる事。
数年もすれば一般的な職業並みかそれ以上に稼げること。
そういった事実がだんだんと拡がるようになっていった。
今までは「そこにいけるのは一握りの才能ある者だけ」と思われがちだったが、それも少しずつ崩していった。
普通の特別な能力や才能を持たない者でも、慎重に安全に時間をかけてやっていけば高レベルに到達出来るという前例を幾つも作っている。
そうやって何年も頑張った者が、自分の家を購入するほどになっているという事も伝えられている。
モンスターの蔓延る地域に作られた拠点内にであるが、それはそれで立身出世のあらわれと受け取られていた。
また、拡大されていく拠点と、そこから駆逐されていくモンスターの話は、単純に生存権を取り戻してるという期待を抱かせる。
そういった情報が、冒険者に志願する際に抱く危機感や忌避感を幾らか緩和していた。
一か八かの賭ではあるが、通常の仕事では達成出来ない事が出来るかもしれないと期待を抱きはしていっていた。
危険である事は変わらないが、決して無理無茶ではないと。
その為、以前に比べれば冒険者志望の者は増えている。
また、これまであちこちで吹聴させてきた事で、ヒロノリの一団に入ることを希望する者が多い。
行商人や吟遊詩人やその他諸々の者達に宣伝をしてもらったカイがあるというものだ。
人手を集める苦労はとてつもなく大きい……という事は無くなっている。
それでも必要な人数を確保するのは大変な作業ではある。
人員の拡大をしなくてはならない時は特に。
数人程度ならともかく、一度に数十人ともなるとさすがに無理が出て来る。
それだけの人数を一度に収容する事が出来ないというのもあるが、一番の問題はまだまだ危険な仕事と認識されてるという事にある。
何一つ間違ってないだけに、そういった考えを覆すのは難しい。
必要な人数を集めるのはまだまだ時間がかかる。
「やはり、半年から一年はみないと」
会議の席でもそんな声があがってくる。
「こればかりはどうにもなりません」
「駄目か」
「ええ。
一団の中の事じゃないんで。
さすがにそれ以外の事となると簡単に動かせないですよ」
人員を集める事の難しさがその言葉に滲んでいた。
これが一団の中の人事異動ならば多少は融通が利く。
なのだが、相手は一団とは関係ない者達である。
一団の力が増してきた今であっても、それらを動かす事は出来ない。
これは一団に限った話ではない。
たとえ王であろうと貴族であろうと司祭であろうとそれは不可能である。
人を好き勝手に扱うには独裁者になるしかない。
それだけの権限を得てようやく人を好き勝手に扱える。
もちろん、それだけの権限があったとて無闇に人を恣にして良いわけがない。
人の意志や気持ち、人生を尊重するなら当事者に全てを好きにさせるべきである。
一団が出来るのは、せいぜい勧誘を強化する事くらいであった。
そのための情報を可能な限り広範囲に、多くの者達に浸透するよう伝えていくのみである。
「その効果が出て来てはいますが」
「すぐに結果が出るってわけじゃありません」
部下からの言葉に、「そりゃそうか」と納得するしかない。
「今後も引き続き募集は続けます。
そうやって少しずつ人を集めるしかないかと」
「それしかないか」
むしろそれでどうにかなる事を喜ぶべきである。
なり手のいないのが普通の冒険者である。
それが少しずつでも希望者が集まってくるというのだから。
そういった見込みがあるというだけでも奇跡に近い。
「何にしろ、一年くらいはみておかないと駄目か」
やむを得ないと分かってはいる。
だが、ため息が漏れた。
(どうしてもそんくらいの時間はかかるか……)
ここ最近……というには以前から感じていた事である。
何かをやろうとしても簡単にはいかなくなっている。
以前、冒険者になった直後の頃とは違った意味でそうなってきている。
金が無い、伝手がない、人がいないといった状況は大分改善された。
十分とは言えないが施設や設備も揃ってきている。
なのだが、一つの物事を成し遂げようとすると、事前の準備に手間取るようになってきていた。
一度に数十人が動く事が当たり前になってきてるのだから当然ではある。
それだけの人数が活動出来る土台として拠点を建設するとなると、事前の計画などで一ヶ月や二ヶ月は簡単に費やされてしまう。
実際に動き出しても、必要な材料や人員を集めるのでまた時間がかかる。
建築に取りかかれば、出来上がるまでの時間がかかる。
ようやくできあがり、冒険者を促して活動させるまでに数週間はかかる。
一つの方面に進出するのに、おおよそ半年は必要となっている。
なので事前に様々な情報を集め、今後どの方面に展開するかを決定していく。
新しい方面に進出する場合だけではない。
既にある施設の充実にも同様の時間と手間がかかる。
足りない施設は追加していかねばならないし、不要になった設備は取り壊す事もある。
特に最初に作った拠点周辺は既に安全圏に入りつつある。
モンスターが全く出なくなったわけではないが、以前に比べて格段に出現数が減った。
なので、冒険者の活動拠点としての役割は薄れてきていた。
モンスター退治の中心地は、更にモンスターの領域に食い込んだ場所へと移っていっている。
だが、冒険者以外の者達が集まる場所としての役割が生まれてきている。
安全圏に入った事で、行商人などが数多く出入りするようになっている。
彼等からすれば、冒険者が持ってくる核をいち早く入手出来る場所でもある。
また、拡大拡張を続ける一団に納入する物資を持ち込むのに一番都合の良い場所になっている。
職人達も、冒険者相手の物品を作って販売するのに便利な場所となっている。
拠点を利用する者達がだんだんと変わってきている。
それに合わせて、冒険者向けだった設備がだんだんと不要になってきていた。
対象を商人や職人などに変更していった方が何かと便利になってきている。
一団の事務所などは置いてあるが、冒険者が寝泊まりする宿舎などはだんだんと減っていっていた。
やってきた新人を受け入れ、初期の教育を施す為にそういった設備も維持はしている。
しかし、それ以上に一般的な仕事をしてる者達を相手にする設備をそろえていくようになっている。
そのためにやはり時間や金、手間をかけねばならない。
すると、どうしても様々な討議が必要になってしまう。
今後のために何をするべきかを決めるだけで時間が消費されていく。
(一年か……)
最初の、冒険者だけをしていれば良い頃とは違ってきている。
その頃は、何をするにしても数日程度の準備期間があればどうにかなった。
無くても良いくらいであった。
だが、巨大化した一団を動かすとなるとそうはいかない。
何かに着手しようとしてもすぐには動けない事が多い。
動き出すまでに時間がかかってしまう。
それも動きに無駄があるからではない。
可能な限り急いでいてこれである。
(何かするにも、年単位で考えなくちゃならないのかな)
今の状況を考えるとそう思えてくる。
巨大な組織が動くというのは簡単な事ではない。
それを嫌でも実感していく。
(あの会社もそうだったのかねえ……)
もう何年も昔となってしまった前の世界での事を思い出す。
ブラック企業だから何とも言えないが、決定や着手への遅さはこういった事が理由なのかと考えていく。
それだけが理由ではないだろうが、大きな組織である事の問題も理由にはあったのかもしれない。
ならば、その部分はさすがに文句は言えない。
今、自分がその状態に陥っていたからだ。
(でも、出来るだけなおしていければ)
そう思うあたりは、ブラック企業とは違うかもしれない。
とはいえ、すぐに何かを思いつくわけもない。
いずれ答えが出る事もあるだろうが、現時点ではどうしてもかかる時間を納得して受け入れるしかなかった。
最近、続きを書く気力がなくて、どうにも筆が進まない。
別の話を思いついたりしてるからだが。
そんなわけで、先週あたりに投稿した試作品がこれです。
「どこともしれぬ場所にいきなり転生した/試作品」
http://ncode.syosetu.com/n8389ea/ #narou #narouN8389EA




