転職103日目 進出計画8
大幅な整理縮小が為されていく。
一団が抱えていた事業のほとんどが独立を申し渡されていく。
驚く多くの者達の声を無視して宣言は実行されていく。
その流れに飲み込まれ、多くの者は突然の発表に飲み込まれていく。
反対や抵抗、どうしてこうなったという疑念を抱く者達もほとんどがなし崩しに進んで行く出来事に流されていく。
少数の例外がそれに対抗しようとするも、無力なものだった。
強引に進められていく事への抵抗や、今後への不安を持つ者達は大勢いたが、決まった事を覆す事は出来なかった。
それよりも、まず真っ先に今後の事を考えねばならない。
一団から外されて、それからどうやって生きていくのかを。
そこまで来て、あらためて出された条件に目を向ける。
「まあ、これなら……」
あらためて条件を見た者達は概ねそう思った。
今まで通り一団の拠点で活動して問題は無い。
一団による営業から、自分達が切り盛りする事に変わるだけ。
何なら商売の幅を広げても良い。
近隣の村や町に食い込めるならそれはそれで良い。
一団として止める事は無い。
特別進める事もないが。
ともかく、商売として自分達の考えで活動していく事になる。
それが一団の示してる条件だった。
何かしら大きな負担を背負う事は無い。
強いて言えば、今まで一団の費用で賄われていた事を、今後は自分達の稼ぎでやっていく事である。
それが大きな不安要素ではある。
果たしてやっていけるのかと。
幸いにも客はいる。
即座に食い詰めるという事はない。
宣伝や営業もさほど必要は無い。
今まで一団の中でやってきてたので何人もの馴染みがいる。
そういった者達を大事にしていれば商売としてやっていける可能性はある。
また、拠点そのものも拡大拡張を続けている。
一団の勢力圏というべき拠点の数も増えており、新規の冒険者も増えている。
大きな商売にはならないだろうが、日々を過ごす事が出来るくらいの儲けは見込めた。
「でも、やっていけるのかねえ……」
不安は当然ある。
「でも決まった事だし」
「他にどうしようもないしなあ」
後ろ向きな動機であるが、やるしかないとは誰もが思っていた。
「やるだけやってみるか」
これまで培ってきた様々なものを信じて踏み出していくしかない。
憤りや文句はある。
いきなり決定したのだから。
しかし、覆す事が出来ないなら、先を見て何かをはじめていくしかない。
さすがに、今すぐに独立をしろというわけではない。
実際に独立するまでに何ヶ月かの時間を置くことになる。
その間に、独立自営でやっていくための準備をしていく事になる。
そうなるまでは一団の費用で活動していく事になる。
とはいえ、食堂や宿舎は今までも利用者から金をとっていた。
さすがにそれらを維持するために一団の費用だけではとうていまかない切れない。
一定の金額を提示はするが、残りは利用者から受け取る料金で運営をまかなってきた。
完全に一団だけで運営されていたわけではない。
その費用によって賄われていた部分を、今後どうしていくかの検討期間が独立までの時間でもある。
今まで雇っていた者達の数をどうするか。
一人当たりの給料をどうするか。
仕入れの費用などはどうするか。
客に提示する料金はどうするか。
それらを考えていかねばならない。
その代わり、一団からの指示もなくなる。
それほど大きな制限があったわけではないが、ある程度の要望は出ていた。
『一団に所属する冒険者の便宜をはかること』
出された指示の根底にあるものはこれである。
その為、ある程度料金を抑えるよう求められたりしていた。
一団から費用が出てるのも、それによりどうしても運営に足りなくなる分を補うためでもあった。
今後はこれが無くなっていく。
金も無くなるが規制も無い。
そこをどうしていくか考えていく事になる。
「幸い、それほど値上げはしないで済みそうです」
食堂の女将が多少和らいだ声と顔で言ってくる。
「最初はもっと大幅に値上げする事になると思ってましたけど」
「そいつはありがたい」
ヒロノリとしても助かる。
「これからもここに食いに来れるよ」
外食で済ませるしかないヒロノリにとって、食堂の値上げは割と死活問題だった。
自分で言い出した事が原因なので文句を言うことも出来ないが。
「でも、多少は儲ける事も考えておいてね。
貯金が出来ないと先々困るから」
「ですよね。
それも考えないといけないですよね」
「補修費用とか、もう一団から出す事も出来ないし。
最低限、自分達で出来るようにはしておいてね」
一団運営でないという事は、そういう事にもつながっていく。
今後は自分達の稼ぎの中から様々な費用を捻出しなくてはならない。
経費と利益が相殺してしまうような状態ではやっていけないのだ。
店を更に拡大発展させようとするなら、儲けも値段に入れていかねばならない。
何かしら新しい商売展開も考えねばならないし、それを実行する時にも金がかかるだろう。
その為に費用を捻出するには、やはり利益が必要になる。
「何にしてもがんばってくれ。
ここが無くなると困る」
「出来るだけの努力はします」
「応援してるよ」
そういうしかない。
他に出来る事は無いのだから。
それでも女将は、励ましの言葉に笑みを浮かべた。
現実に何も出来ないにしても、気持ちだけでも向けてくれればありがたい。
それすらもないよりはよっぽど良い。




