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転職初日 異世界に来ちゃった

「なんとまあ……」

 佐々木ヒロノリは自分の置かれた状況を考えて呆然とした。

 腰をかけてる神社の社から見つめる空と鳥居に向こうは見た事もない景色である。

 一応周囲を確かめてみたが、見知った景色ではない。

 ちょっと外に出て少しばかり探索してみたのだが、見知った町の中ではない。

 拡がってるのは格安で宅地分譲で販売された昭和の小さな家々ではない。

 東京近郊ではまずありえない野原なのであった。

 街灯なんか当然なく、月と星明かりだけが周囲を照らしている。

 また、見上げる空も星の数が桁違いである。

 かつて田舎に帰省した時にみたような、一面の星々であった。

 地上の光と空を覆うスモッグなどでよどんだ都市部の空ではない。

 それらだけを見ても、今いる場所が自分の知ってる地域でないのは確実だ。

「こりゃあ……」

 考えられる可能性を頭に浮かべて呟く。

「異世界ってやつか?」

 漫画・アニメ・ゲーム世代のヒロノリにとって、それはさして驚くような事では無い。

 しかし、現実に起こるとも思っていない事だった。

「どうすんだよ……」

 真っ先に考えたのは、

「まだ仕事残ってんだぞ」

 高卒・フリーターを経て勤務したサービス残業・休日出勤当たり前の会社の事を思い出す。

 そのあたり、心身共にブラックに染まってるのがありありとあらわされていた。

 本人、全くそれに気づいてなかったが。



 事の起こりというか何と言うか。

 その日、いつものように日付をまたぎ最終電車で帰宅し、最寄り駅から家までの途中。

 どこにでもある神社にふらっと立ち寄り、小銭を賽銭箱に入れて手を合わせた。

 特に信心深いわけでもなんでもない。

 神域や聖域といった所で不埒な事をしない程度に分をわきまえてるが、殊更信仰対象を拝んだりするような性格ではなかった。

 なのだが、この日はどうにも気分が落ち込み、なんとなく神社の鳥居をくぐっていった。

 ただ、現状への不満や文句はある。

 毎日のサービス残業と休日出勤。

 上司と先輩からのいわれのない怒声と罵声。

 更に上司・先輩だけでなく同僚からも押しつけられる仕事。

 仕事をを全てこなすためにかけてる時間と手間に対して、給料も人間関係も報いる事はなかった。

 大学にいけない成績と、それゆえのアルバイト生活。

 そこからどうにか潜り込んだ正社員。

 それを考えれば仕方ないとは思っていた。

 また、見た目がオタク系だったのも何かにつけて見下される理由だったかもしれない。

 なお、いわゆる横幅のある系統ではなく、ガリガリのヒョロナガ系のオタクである。

 それが与しやすいと思わせたのかもしれない。

 実際そうだったので否定出来ない。

 しかし、さすがに限界はくる。



「もうこんな所どうでもいい。

 もっと別の所にいきたい」

 そう願ったのも無理はない。

 というより、よくぞ頑張ってるとしか言えない。

 そこまで頑張る事が出来るなら、転職先を探した方が良いのだが。

 しかし、転職活動をする時間の余裕も無く、会社を辞めてどうにかするための貯金もない。

 無くはないが、せいぜい数十万の金額で次の会社が決まるまでを乗り切れると楽観出来なかった。

 そんなわけであともう少しあともう少しと頑張って余裕を作ろうとしてたのだが。

 気づけば二十九歳。

 果たして別の会社が見つかるだろうかと悩む所まで来ていた。

 多少なりともまともな職場であれば良いが、再び似たようなブラック企業に入ったらと思うと二の足を踏む。

 そんな躊躇がヒロノリに二の足を踏ませていた。

 そんなわけでの神頼みである。

 弱気になっていたのだろう。

 むしろ成らない方がおかしいとも思える。

 しかし、捨てる神あれば拾う神ありだった。

『よかろう』

 返ってくるはずのない声が返ってきた。

「え?」

『その願い、叶えた』

 いったい何事と思ってるうちに、社の中から光が放たれた。

 ガラス張りの正面の向こうにある祭壇の上からだった。

 それが光を一気に増していき、目がふさがれる。

 思わず目をつぶって後ろを振り向いた。

(なんなんだよ……)

 そう思って目をあけたら、既に周囲の様子がおかしくなっていた。



(うーん)

 さすがに悩んでしまう。

 小さな家が所狭しとすし詰めで並ぶ住宅地から、何もない野原に場所が移動している。

 神社そのものは変わった様子はないが、この状況を説明するようなものもない。

 念のために携帯電話を取り出すも、当然圏外である。

 それでも、もしやと思って実家に電話をかけ、親兄弟や友人へとメールを出す。

 当然どれも送信出来ずに不通で終わる。

 電池切れがもったいないのでそれ以上試すわけにもいかない。

 だが、これでこの場所が確実に電波の届かない地域なのは分かった。

 東京近隣でそんな所は滅多にない。

 当然ヒロノリの住んでた地域はしっかり電波が届く。

 建物の影や、多少混線するところでは通じにくくなるが、まず通話不能になる事は無い。

 このご時世でもスマートホンではなくガラケーであるが、それが理由で通じないわけでも無かろう。

「やっぱり、違う世界なんだろうなあ」

 創作物の世界におけるお話しのような展開を想像して唖然としてしまう。

 あんなの現実に起こるわけ無いと思っていたのだが、事実は小説よりも奇なりを地でいった。

(まあ、オカルト現象の神隠しってのもあるし)

 それこそ実際に起こってるのかどうか分からない事である。

 しかし、現実に行方不明者などはいるのだし、その中の何人かが異世界転移という不可解きわまりない出来事に巻き込まれてる可能性はある。

「……いや、これって明確に神隠しじゃねえのか?」

 考えてみれば、神様に祈って願ってこうなってる。

 聞こえてきた声がいったい何なのか分からないが、あれが神様のものだとしたら、神によって隠されたと言えなくもない。

 自分で頼んだ事だからあまり文句も言えないが、確実に神が介入してるのは確かである……はずだった。

 声の正体が分からないので何とも言えないが、何かしらとんでもない存在が関わってるのは確かのはずである。

「にしても、もうちょっと考えてくれよ」

 腰をかけてる社を振り向いてぼやいてしまう。



 確かに前の世界に未練はない。

 ブラック企業な会社になど二度と関わりたくない。

 親兄弟や友人は気になるが、その辺りは割り切れなくもない。

 疎遠というほどではないが、親にはそれほど良い思いがあるわけでもない。

 今後の面倒は、兄弟がどうにかしてくれるだろうとも思ってる。

 さほど良くはないが、ヒロノリと違って少しはまともな会社に勤めてるし、給料も良い。

 年齢が彼女いない歴であるヒロノリと違って、弟二人はしっかり結婚もしている。

 いわゆる出来ちゃった結婚なのは、ご愛敬であろう。

 夫婦仲も良好のはずだった……多分。

 そんなわけで、不甲斐ない兄としては、弟たちに親を押しつけてしまおうと思っていた。

 友人についても、それほど親しかったというわけではない。

 何となくその場の雰囲気で一緒に行動する事が多かったが、高校卒業と同時に縁は切れたようなものである。

 卒業後何ヶ月かは連絡をとる事もあったが、それからは自然消滅。

 社会に出てからの付き合いはあくまで職場の中だけで簡潔するものだったし、公私にわたってという仲間はいない。

 趣味の方でのつながりも、ネットの中で完結するものが全てで、実際に顔を合わせた事は無い。

 しかも、ブラックな会社の非情な労働形態に巻き込まれる中で連絡を取る余裕も無くなっていた。

 そんなわけで、実質的に天涯孤独に近い状態になっていた。

 別世界に来たとしてもそれで困るような事も無い。

 元の世界でも悲しむ者はいないだろう。

 それはそれでどうなのと普通なら思うのかもしれないが、ヒロノリは開放感の方が先に立った。

(まあ、これはこれで悪くないか)

 割と気楽なもんである。



 ただ、困る事はある。

 現状が全く掴めない事だ。

 せめてこのあたりはどうにかしてもらいたいものだった。

 右も左も分からないのでは困る。

 導入段階で操作方法や世界観などを教えるチュートリアルくらい実装しておいてもらいたかった。

(まあ、神様のやる事だし)

 人間世界に疎いのかも知れないと思うと諦めるしかなかった。

 とはいえ、残念な事もある。

「……せめて金くらいはこっちに持ってきてくれないかな」

 数十万円の貯金は日々の辛い業務の果てに積み上げたヒロノリの功徳である。

 それくらいはこちらに寄越してもらいたいかった。

 もちろん現地通貨で。

 日本における数十万円がどれくらいの価値があるのか分からないが、出来れば相応の初期所持金として持ち込みたかった。

 どうにかなるものではないだろうが、それでももう一度願ってみる。

 賽銭箱に小銭を入れて手を合わせる。

「どうか、俺の口座にあった金をこちらの世界の金にかえて送ってください」

 それから数秒、十秒と待つ。

 しかし返事はこなかった。

 さすがに再び願いを叶えるつもりはないらしい。

「駄目か」

 無理なものは無理として諦めるしかないかもしれない。

「まあ、会社に行かなくて済むだけでもいいか」

 どうしてもそれが判断基準になってしまう。

 それだけ色々と心にたまってるものがあったのだ。

 誰がヒロノリを責められるだろう。

 文句を言うのは会社の上司と先輩と同僚くらいであろう。

「……それなら別にいいか」

 言われてもあまり問題は無い。

 今更どうなろうと知った事ではないのだから。



 佐々木ヒロノリ。

 二十九歳、独身。

 年齢がそのまま彼女いない歴。

 当然童貞。

 見た目も冴えない、縦に長いガリガリ君。

 オタク趣味などこにでもいる負け組。

 そんな彼の、おそらく生まれて初めての開き直りであった。

 しかし、どうにも酷い人物紹介である。

 抽出した要点を並べてるだけでいかがなものかと思ってしまう。

 それが彼の責任ではないにしても。

 というわけで始まりました。

 こんな調子でよいのかと思うけど、やるだけやってみようかと。





新しい話を始めました。


「捨て石同然で異世界に放り込まれたので生き残るために戦わざるえなくなった」

http://ncode.syosetu.com/n7019ee/


興味があったらよろしく。

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