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第三話、ハンナは不安を覚えている。

第三話



ここで、携帯が振動する。手に取ると相手は北条。俺の退魔師仲間だ。俺と真正面からやり合って五分に渡り合える実力者にして、研究者としての側面も持っている。


「俺だ」

『いや、えーと、これ三谷の電話だよね。お嬢さんは誰かな?』


 ちっ、分かる訳がないか。


「どうせ、ハンナに頼まれて工場まで行ったんだろう。この声の事情も話すからこっちに来い」

『まさか、本当に三谷なのか? ちょっと待ってろ』


 空間が揺れる。姿を現したのは、革靴を手にもっている身長の高いモデルのような男だ。スーツもしっかり決まっている。


「おや、由美子さんにハンナちゃんと……誰だい?」

「俺だ」

「ふっ……ふふっ! ま、まさか三谷鎮か! あっはははははは! こーんなに可憐な姿になっちゃってまあ!」


 俺が睨み付けても北条の笑いは収まらない。


「ははははは! 睨んじゃってかーわいいねえ! 一体どうしちゃったのさ!」


 笑いの収まったところで、俺は煮えたぎる心中を抑え事情を手早く話す。


「へえ。三谷ほどの力があれば生半可な状態異常は無力化されるもんだが、相当な力が宿っていたんじゃないか」

「いや、特に異常は感じなかったぞ」

「そりゃ、晴君のお母さんからもらった薬だから油断してたんじゃないの?」

「それは、そうかもしれないが……俺の話は今はいい。工場の方はどうなっている」

「あっちは政府の連中がカンカンで暴れまわっているよ。せっかく泳がしておいたのに、三谷が証拠諸共消し飛ばしちゃったからね」

「だから俺が吹っ飛ばしたんじゃないと説明しただろう」


 もう少し詳しく事情を聴くと、あっちは退魔師会の実働部隊と政府の実働部隊が後処理をしてくれているようだ。政府は既に人類死者同盟について把握して一網打尽にするべく計画を練っていたところ、俺が出しゃばってしまい計画が滅茶苦茶になり怒り心頭。退魔師会は俺からの通報で初めて実態を知り、情報収集でてんわやんわしている、といったところか。


「俺に陣頭指揮するよう言われたけどさあ、三谷が吹っかけた喧嘩だろう。お前に指揮権譲ってやろうか?」

「俺には情報だけ回してくれればいい。後はぶっ潰してやる」

「あー、あー。戦闘しか能のない奴のいうことは違うねえ……いいさ、俺は組織で権力手に入れる必要があるからな。お前にも活躍させてやるよ」

「それと旭子の研究の手伝いも頼む」

「はあー……いっつも調子のいい奴だね、三谷。後で埋め合わせはしてもらうぜ? 俺は現場の処理が済んでないから研究については後日に、な。由美子さんにハンナちゃん、またね」


 笑顔で手を振りながら、北条は虚空へと消失する。


「北条さんも手伝ってくださるなんてありがたいわね」

「ああ」


 あいつ程実績のある研究者は俺の知り合いには他にいない。きっと旭子の力になってくれるだろう。


 その後、母上が直々に料理してくれた夕食(これを食べずに帰るのは流石に気が引けた)を取った後ソラを待たせているためロッジへ帰ることになった。俺は運転が出来ないので、耕三が送ってくれる。


「じゃあ、後はよろしくね耕三」

「奥様、お任せください」

「鎮は明日ちゃんとくるのよ?」

「分かっている」

「ハンナちゃん、鎮を頼んだわよ」

「はい」

「ミイコ様、鎮を頼みます」

『うむ、任せておけ』

「旭子ちゃん、研究頑張りなさいよ~」

「はい! 絶対元に戻して見せますっ!」


 母上との別れを済ませ、夜の道へ車が発進する。


「耕三と時間が取れたのも久しぶりだな」

「そうですね、鎮様。お体の調子はどうなのですか」

「健康だ、至ってな」

「それならば、よいのですが……旭子様、どうか鎮様のこと、頼みます」

「はい。鎮さんには恩もあります。必ず、元の姿へ戻します」


 何度も言われている言葉だろうに、旭子の返答には真心がこもっていた。それだけの決意があれば、俺もきっと元に戻れるだろう。


「耕三さん、ソラが腹を空かせているでしょう。なので途中でスーパーに寄ってくれますか」

「そういえば、あの方は大食でしたな。いいでしょうハンナ」

「耕三が料理してやればもっと喜ぶだろうな。耕三は料理の腕がいい。なあ、ハンナ」

「はい、私もいつか追いつきたいです」

「はは、いやはや。照れますなあ」


 俺の姿が変化しても、耕三は昔通りに接してくれた。家に戻るまでの二時間ほどの間、俺は自らの変化を時折忘れてしまうほどだった。


 時刻は夜十一時を過ぎた頃、ようやく町外れのロッジまで到着する。ソラは退屈してやしないだろうか。


「今帰ったぞ」


 リビングに入ると、割れた窓を元通りに修復した上で石油ストーブを付け、餅を頬張りながらノートパソコンでゲームに勤しむソラの姿があった。


「帰ったか。ちょっと待ってろ。もうすぐ勝つから」


 画面を覗くと飛行機同士で対戦するゲームで遊んでいたようだ。ちゃっかり一位も取っている。


「撃墜数七かあ……このイタリア機は機銃が弱いからこれだけ落とすのは運が絡んでしまうな」

「ゲームですか」

「ああ、ハンナはやったことがあるか? 昔の戦闘機とかを使って戦うゲームなんだが」

「あ、私のアカウントじゃないですか。勝手にアクセスしないでください。犯罪ですよ」

「そうなのか? じゃあ後で我も自前のアカウントとやらを作るか」

「うわっ、マッキ202のキルデスレートが超向上してる……ソラ様はゲームもお強いですね」


 当然とばかりにニヤリと笑うソラは耕三と持っている食糧に目敏く気が付く。


「お、今日は耕三が料理してくれるのか。それは楽しみだな」

「お任せくださいソラ様。存分に力を発揮させていただきます」

「いいのか耕三? 夜も遅いだろう」

「いえ、奥様に明日の午前中はお暇頂きましたので心配は無用でございます」

「そうか、なら今日は空き部屋を使うといい」


 感謝の言葉を述べた後に耕三はキッチンへ向かっていくが、その後姿を見ながら俺はロッジの部屋を数えなおす。俺の部屋とハンナの部屋と空き部屋が一つ。ソラがソファに寝るなんて我慢ならんだろう。耕三とハンナは俺がソファで寝ていたらベッドで寝ていられる性分じゃない。困ったな。耕三には和室で寝てもらえば何とかなるとして、後一人をどうするか。


「何かお悩み?」

「実は寝床が足りん」

「私なら毛布を貸してくれたらそれでいいわよ?」


 だったら、旭子にはハンナの部屋で寝てもらうか。耕三は料理中で、ハンナはソラとパソコンの画面を見ながら何やら会話をしている。


「旭子、俺の部屋でこれからどうするか話そう」

「分かったわ」


 二階に上がり、俺の部屋へ旭子を迎え入れる。


「あら広い。でもベッドがないわね」

「ここは執務室だったからな、あの扉の向こうにベッドはある」


 二脚のソファの置かれた応接セットに旭子を座らせ、今後について話し合っていく。その結果、まずは俺の身体の精密検査が必要とのことで何処かの病院施設へ行こうという結論が出た。


「何か当てはある?」

「退魔師の知り合いに私立大学が経営している奴がいる。そこの大学病院を借りよう」

「退魔師って手広いのね」

「歴史ある家系もあるからな、資産を持っている家系は腐るほど持ち合わせている」

「さっきのお屋敷も相当大きかったわよ?」

「あれなんか目じゃない連中もいるぞ」


 ここで、俺は旭子が妙にふら付いていることに気が付く。そうだ、旭子も敵から逃げ回り俺に連れまわされて疲弊しているのだ。


「今日はもう寝よう、続きは明日だ」

「え、私これから研究室のチェックをしようと思ってたんだけど」

「明日にしろ」

「私なら気にしなくていいわよ? 徹夜なんていっつもやってたし」


 そういう旭子だが、やはり肉体は限界を迎えている。


「いいから、休める時に休んでおけ。ほら、来い」

「あ、ちょっと」


 俺は旭子の手を引っ張り、俺の寝室に引っ張り込む。


「さっさと横になれ。寝るまで見ているぞ」

「仕方ないわね……」


 不満げな表情だったが、一度ベッドに入れば一気に睡魔が襲ってきたようですぐに寝入ってしまった。静かな寝息を立てている。こう見ると年相応の少女にしか見えないが、俺は旭子の作った薬でこうも惨めな姿へ変わってしまったのだな。この負の感情は旭子にではなく、ちょうどいいサンドバッグ(人類死者同盟)がある。粉々にしてやる。待っていろ。


 そっと寝室の扉を閉め、俺は執務室を後にした。俺ももう寝よう。風呂は沸かしてあっただろうか。


 一階に降りた俺は食欲をそそる料理の香りを嗅いだ。つい数時間前母上の手料理を食べたばかりなのだが、空腹を覚えてしまう。耕三の料理は罪深いな。


「マモル! 耕三の料理の腕は一品だな! この親子丼は美味いぞ!」


 ソラは相好を崩し、親子丼にカツ丼などを次々に平らげている。耕三も疲れているようだな。質より量戦術を取っている。まあ、十人分の料理を三十分以内に用意するのは手間が折れるだろう。


「鎮、私明日からの料理が億劫になってきました。毎食あの量はきついです」


 耳元に寄ってきたハンナの心配も最もだった。このロッジの料理担当はハンナだからな。


「心配するな。ソラは自分で料理も出来る。居候させるんだからあいつに料理させてしまえばいい」

「おお。それは楽ですね」


 それより、とハンナは睨み付ける。


「さっきまで菱田旭子とナニをしていたのですか」

「これからの予定について話し合っていた」

「へー、そーですか。ふーん」


 何か不満でもあるのだろうか。


「何で、旭子って呼び捨てにしているんですか」

「本人に頼まれた」

「あ、そうですか、そうですか。菱田旭子は恐ろしい子ですね」

「確かにな、俺をこんな目に遭わせるだけの力を齢十八で手にしている。だが俺は旭子を信じるよ。あいつならきっと俺を元に戻せる」

「随分と信用してますね」

「信用しなきゃやってられないだろ。戻せるアテがあいつ以外にいるか?」

「北条さんはどうです」


 確かに北条なら出来るかもしれない。だが北条は一つの研究に集中できるほど暇ではない。それくらいハンナには分かりそうなものだが。


「どうした? 何か言いたいことがあるんじゃないか」

「いっぱいあります。今日は付き合ってください」


 ハンナは俺の腕を取り、自室へ入る。バスタオルに着替えを持ち、そのまま浴室へ向かう。


「おい、どういうつもりだ」

「鎮は、今は女でしょう。いいじゃないですか」


 意固地になっているようだ。いまさらハンナの裸で欲情するほど付き合いが浅い訳ではないが、それでもこの年齢で一緒に風呂はまずい。


「私は今日の出来事でいっぱいいっぱいです。鎮が女になって、いきなり鎮を女にした元凶が仲間面で居候して来て、私以外は快く受け入れてて、でも私は許せない……鎮は憎くないのですか。今の体に満足しているのですか……」


 抱き付いて涙を流すハンナ。今のハンナの嘘偽りない思いを打ち明けてくれたのだろう。


「ハンナ。俺は旭子を信じると決めた」

「……もう、そればっかりですね。由美子様とも話し合いました。由美子様も菱田旭子のこと、信用するって仰ってました」

「すぐに信用しろとは言わない。だから旭子のことを見続けてくれ。そうすればあいつのことが分かるはずだ」

「それで悪人って分かったらどうするんです?」


 少し、調子を取り戻したか。口調が冗談交じりになっている。


「ふん、そうしたらリルン・エルで叩き斬ってやるさ」

「鎮」

「何だ?」

「おっぱい柔らかいです。枕にちょうどいいですね」


 こいつ……いや、何も言うまい。


「さて、一緒にお風呂入りましょうか。女の友情を深めましょう」

「まだ言うか。俺は外で待っているからさっさと入って来い」

「ふふ、残念……でも、私は結構です。鎮から入ってください」


 どうぞ、ごゆっくり。ハンナはバスタオルを残し脱衣所から出て行った。俺は少し逡巡したが、意を決し服を脱いだ。全身鏡に、豊満な体をした十五、六程度の少女が映る。若い姉上に似た顔は文句なしに可愛らしかった。十数センチほど伸びた髪が髪型を男らしいものから、おかっぱのような女がするような髪型へ変貌させていた。それだけにそれが自身であるとは信じられなく、まるで夢の中のようなふわふわとした感覚に包まれる。


 頬に一発拳を入れる。確かに痛みを感じる。脇腹に拳を潜り込ませる。確かに痛みを感じる。そうだ、今はこれが俺なのだ。僅かに乱れた呼吸を整え、俺は浴室へ入った。


 浴室は並々と湯が張られ、湯気に満ちていた。裸でも寒さを感じることはない。頭が再び混乱をきたしている。今までの自分と今の自分。全身をくまなく観察したことで記憶との齟齬が生じる。


「ええい! この程度で俺が屈するものか!」


 この程度の試練、乗り越えて見せる。例え、肉体を脆くか弱く変えてもこの三谷鎮が折れることはないと証明してやる。


 シャワーを勢いよく頭から被り、髪を洗うと次に体に取り掛かった。


 いつもと勝手が違う。筋肉がこの体にはまるで付いていない。二の腕も、腹も、太腿も、とにかく柔らかい。いや……よく触ってみると筋肉は付いている。だがその上に脂肪を纏ってしまっているのだ。寒さには強くなったのかもしれない。


 次いで、胸部に付いているデッドウェイトがあまりに邪魔だ。アマゾネスは胸を削ぎ落したと聞くが、その理由が分かる気がした。下方視界が制限される、急激な動きに付いて来れず体の重心バランスを崩す。デメリットが多すぎる。


 下半身も当然だが男とは構造が違う。特に股間部分に付いているものがなくなり、全く見慣れない桃色の直線が走っている。これは、どう洗えばいいんだ。取りあえず表面をこすり、洗い流したがここもあまり刺激してはいけない箇所のようだ。


全身に言えるが、総じて力を入れて洗ってはいけない繊細な仕様らしい。これは他の女もこうなのだろうか。


 風呂から出て、用意されていたさらしを巻き、俺が風呂に入っている間に置いたのであろうハンナのパジャマを一瞬の躊躇いの後に着る。下はゴムが伸びてくれてサイズがどうにかなったが、上は入らなかったので、さらしをよりきつく結び、いくつかのボタンを止めないことで解決した。ボタンをこれ以上開けるとさらけ出しかねない、そこまで開けてもまだきつい……我慢するほかない。


「上がったぞ」


 二階のハンナの部屋の扉を軽く叩くと、出てきたハンナがはっと息を呑む。ハンナは俺の顔へそっと手を伸ばしてくる。その手を掴み、俺が目と目を合わせると見るからに動揺し目線を逸らす。


「どうした」

「あ、いえ……ちょっと見惚れてしまいました」


 顔つきは姉上似だから、そういうこともあるだろう。姉上の人気は常軌を逸したものがあった。


「わ、私もお風呂頂きますねっ!」


 一体どうしたハンナ。階段を滑り降りていくハンナの心境が理解できない。まあいい、俺は先に寝るとしよう。自室へ足を向けるが、そういえば旭子にベッドを貸していたことに気が付いた。


 まあいい。俺は執務室のソファへ横になる。今の小型化した俺なら少し体を縮こませれば、十分横になることが出来た。寝室から毛布を引っ張り出し、俺は目を閉じる。視界をシャットアウトすると、否応なく聴覚や触覚が敏感になるが、今日は特別触覚が体の違和感を伝えてくる。寝返りを打とうとすると感じる重量感。厄介な重しを抱いてしまったものだ。


 しばらく、意識は睡眠の中にあったが手に伝わる暖かみが俺の目を覚ます。パジャマ姿のハンナが俺の手を握り、座り込んでいた。


「ハンナか。どうした」

「こんな場所で寝て、行儀の悪い」

「うるさい。俺は寝るぞ」


 目を閉じるが、一向にハンナが何処かへ行く気配を見せない。それどころか、狭いソファの中へ潜り込んできた。


「何のつもりだ」

「寝ている間に鎮がどうなるか分かりませんからね。離しません」


 冗談めかした口調だったが、握った手は力を込めてくる。そうか、不安なんだな。今更間違いを犯すような仲じゃない。特に今の俺は間違いを犯しようがない。一日くらいはいいだろう。


「好きにしろ」

「はい。じゃあ、このまま寝ます」


 密着してきたハンナは暖かかった。




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