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第二話、母上は案外動じていない。

第二話




 喧騒の離れた森の中、俺はソラがまた帰る気を見せないことに疑念を抱いた。いつもなら用事を済ませたらさっさと帰っていたのだが。


『どうしたソラ。今日は随分長居しているな』

「あー、それなのだが。聞いてくれ、我もそこの娘と同じく泊めてはくれないか」

『どういうことだ』

「実は……」


 元々、ソラは地球の生命体ではない。遠い異界で魔王の収める帝国内で選帝侯としての地位を持つ強大な龍だった。我が三谷家の第十一代当主頼義が、異界より舞い降りし邪龍討滅の際、出会ったのが三谷家との出会いなのだという。それ以来、アルテア・エルを装備する資格を持つ者に呼応してソラは契約者の力となっていたのだ。


「既に異界は滅んでしまったのだ。魔王と人間、天界を巻き込む大決戦は、起こしてはならぬ世界をも滅ぼす邪神を目覚めさせてしまった。我は運よく助かったが、もう異界は溶融する大地のみが残る死の星へ変化している。もう戻る場所がないのはそこの娘と同じという訳だ」

『人が一人や二人増えるのは問題ない。俺が面倒を見てやる』

「助かる」


 初めてソラが見せた憂いの表情は、俺に慰めの言葉を思わず口走らせていた。


『何かあれば俺に言え。遠慮しなくていい』

「ふふ、鼻たれ小僧が随分と成長したものだ」


 ソラがいてくれるなら、ここで何時間も待つ必要もない。俺は研究室を持って一度ロッジへ戻ることにした。ロッジのある山周辺は丸ごと三谷の土地だ。研究室をおいても問題はないだろう。


 ロッジの横に研究室を置いたソラへ俺はロッジの鍵を投げ渡す。


『ソラはここで研究室を守っていてくれ。俺は一旦三谷家に戻る』

「分かった、お前の家でくつろいでいるよ」


 手で鍵を弄びながら、ソラはロッジの方へ歩いていった。


『菱田、お前を抱えて運ぶがいいか』

「いいわよ……あと、その、苗字じゃなくて旭子って呼んで」

『分かった。旭子、行くぞ』


 風邪でも引いたか? 頬を心なしか赤く染めた旭子を抱き寄せ、俺は三谷家へと走る。ビル群や家屋を無視して一直線に突き進み、一時間ほどかけて再び三谷家へと戻ってきた。今回は開け放たれた門をくぐり、正面から家に入る。


『ただいま帰った!』

「おお、お帰りになられましたか!」

『耕三! 久しぶりだな!』

「さあ、さあ。こちらへどうぞ」


 俺が生まれたちょうどその頃に雇われた耕三は、何かと俺と親しくしてくれていた。今でも俺は第二の親のようなものとして耕三と接している。


「そちらのお方は?」

『菱田旭子。今回の事件の関係者だ、丁重に扱ってくれ』

「ははあ、そうでしたか」


 典型的な日本屋敷である三谷家に鎧のまま土足で踏み込む訳にもいかない。


『耕三、俺は今から肉体に戻るから旭子を俺の元まで案内してやってくれ』

「はい、お任せを」


 気が引ける……だが、いつまでも鎧のままでいるわけにもいかない。意を決し、俺はミイコとの合体を解除し鎧から意識を話した。


 目を覚ますと、真っ先にハンナが寝かされた俺をじっと見つめていた。その隣には、母上、それに侍従の者たちもこちらの様子を伺っている。


「ああ……よかった。目を覚ましたわ。でも、本当にあなたは鎮なのか確かめさせてもらうわ」


 黒髪を後ろに結い、着物を着こなす二十代とすら思える若々しい見た目をしている母上は普段は俺を優しく見つめてくれる。だが今の母上の目は睨み付けんばかりに鋭い。当然だ、身内かどうかも怪しいのが今の俺なのだ。


「ええ、構いません。母上」


 未だにこの声が自分から出ていると思うと違和感が拭えない。俺の声はもっとずっと低かったのだ。


「ああ……いいわ、鎮。今の態度、起きてからの振舞い。確かに鎮だわ……親だもの、所作を見れば分かる」


 抱き付いてきた母上が妙に大きく感じる。感情が高ぶると抱き付く癖のある母上は、俺が成人してからも何度か抱き付いてきたことがある。その度に母上の小ささに逆に驚かされていたものだったが、今ではまるで中学生の頃の頃のように身長差があまりない。そう、今でこそ身長が高い俺も高校入学直前までは平均よりやや小さい程度の身長しかなかったのだ。おっと、今では身長が高いではなく高かったと言いなおさないといけないな。


「沙織よりも可愛らしい顔立ちね。お父さんより私に似ているわ。胸はお父さんの血筋だと大きくなるみたいだし、そっちが色濃く出たようね」


 俺の顔を両手で包み込みながら母上はじっとこちらを観察してくる。ついで視線は下へと移り、僅かに眉を吊り上げ母上は胸を見つめる。確かに父方の女性陣は豊満な胸を持っていた気がする。逆に母上の血筋はあまり……。


「頬を抓らないでくらさい」

「ふふ……胸の話はいいのよ。どうでもいいのよ」


 確かにどうでもいい。


「事情はどこまで聞いているんです」

「ハンナちゃんが知ってる限りのことは聞いたわ。で、首尾はどうなの」

「研究室は無傷で奪取。今はロッジに置いてあります。ソラに随分助けられました」

「あら、後でお礼を言わなくちゃね。菱田という女は?」

「耕三にここへ連れてくるよう言ってあります」


 いいタイミングだ。ふすまが開き、旭子が耕三と一緒に入って来る。


「まだお若いのね。おいくつ?」


 人をも殺せそうな冷たい目付きで母上は旭子を見つめる。口調も硬く、威圧感たっぷりだ。試すつもりのようだが、旭子は早速気圧されてしまっている。ここは自力で乗り越えて欲しいところだが……。


「十八、です」

「その年でうちの息子を娘にする薬を作るなんて、余程頭がいいのねえ」

「あ、あ……その、ごめんなさい……」


 一瞬、目線を下げた旭子だったが、母上に目線を合わせ直す時には迷いのない瞳をしていた。


「鎮さんには取り返しのつかないことをしてしまいました。私の全てを賭けて、必ず元に戻して見せます」

「ふうん。鎮、いい子じゃない」


 母上の表情から険しさが取れ、柔和な笑みが浮かぶ。常人なら母上の威圧を前に何も言えなくなる。試練を旭子は耐えたのだ。


「旭子は俺が守り抜く。そう決めています」

「あら、あら。もう二人で結論を固めてきてたのね。ずるいわ」


 俺の傍から立ち上がり、母上は旭子の前に立つ。


「私は三谷由美子。よろしくね、旭子ちゃん」

「あっ、よ、よろしくお願いします。由美子さん」


 握手を交わし、二人は俺の傍に着座する。


「それで旭子ちゃん。鎮はいつ元に戻れるのかしら」

「まずは全身くまなく検査をさせてください。ごめんなさい、今は明確な時間を言える段階じゃないんです」

「そう、残念ね鎮。しばらくはその体に慣れて暮らすしかないそうよ」


 改めて自身を見回す。腕を回し、顔を触り、耕三が咄嗟に出してくれた鏡で顔を見つめ、足先から頭に至るまで手で触って確認する。俺は目を閉じ、動揺する心を落ち着かせる。


「母上、申し訳ありません」

「なあに、いきなり」

「母上が生み、育ててくれた体をこのようにしてしまった」

「鎮さん! それは、全て私の責任です! 謝るなら、私が……」

「旭子。それは気にしていない、だが謝らずにはいられなかったのだ」


 せっかく産み育ててくれた体が、こんな形へ変貌してしまった。俺は旭子を信じたからこれ以降後悔の念を表に出す気はないが、それでも一度謝る必要があると思った。


「鎮。申し訳なく思うなら、どうせなら楽しんで生きなさい。自分の子供が悲しんでいる姿を見たい親はいないのですよ」

「母上……ありがとうございます」

「ふふふ、鎮は女の体のことなんてちっとも知らないでしょう? これからきっちり教えてあげるから覚悟なさい。沙織が嫁に出てってから何年ぶりかしら♪ 娘も娘でいいものよ?」


 後悔の念が溢れ出てきそうだ。


「まずは服を替えましょう」


 俺は今までの服とサイズに差が生まれ過ぎ、旭子は治癒しているものの服の上半分が血に染まっている。そういう訳で母上は二人に服を見繕うよう使用人たちに頼んだ。


 だが、俺も旭子もそろって胸が大きく、サイズの合う服が見つからない。だからだろうか伸び縮みするセーターが用意された。


「ごめんなさいね、後で弁償させてもらうわ」

「由美子様。高くつきますよ」

「うふふ、大変!」


 使用人の冗談に笑って返す母上。相変わらず、母上は使用人と仲がいい。


「ほらっ、男連中は出てってね」


 思わず俺も腰を浮かせるが、母上が肩を掴む。


「鎮はいいのよ」

「そうでしょうね」


 旭子はまず血を洗い流さないといけないので浴場に案内され、この場には母上とハンナしかいなかった。


「ほら、脱いだ脱いだ」


 手を叩く母上を前に意を決し、俺は服を脱ぐ。胸がつっかえ脱ぎづらい。後いちいち大きいだの肌が綺麗だの揶揄するのはやめてくれ。素肌をさらすのにここまで気後れしたのは初めてだ。


「セーターを渡してくれ」

「待ちなさい鎮、下着なしじゃチクチクするわよ。ハンナちゃん」

「はい」


 ハンナが持っているのは、布か?


「さらしです。これで胸を覆います」


 私より大きいとかやわらかいとか呟くな、ハンナ。いいから黙ってやってくれ。


「出来ました」


 少し苦しい気もするが、いいだろう。ついでにやり方も一度見たので覚えた。次はハンナの手を煩わす必要はなくなる。俺はセーターにさっさと頭を潜り込ませた。


「多分下は沙織のお下がりで間に合うと思うのよね」

「待ってください、母上。下は今のでもいいでしょう」


 身長百九十センチはあった俺と今の百六十センチに満たないであろう俺でサイズが合うのが不思議だが結構しっくり来ている。


「ええ……でも、ずたずたに引き裂けているじゃないの。何もスカート履けなんていわないわ。ほら、沙織のお下がりのジーンズならいいでしょう?」

「まあ、それなら……」


 俺の自前のズボンを脱ぎ、姉上のジーンズを履きなおそうとするもサイズが小さく履けなかった。


「あれま、沙織よりお尻がおっきいのね」

「ならば、仕方ないですね」


 俺は自分のズボンを履きなおす。そんなぼろぼろの服と母上は嫌がるが、ないものはないのだ。


「ハンナちゃん、明日服と靴を絶対買わせるのよ」

「お任せください」


 母上に敬礼するハンナの無表情に、どことなく俺は不安を覚えた。



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