第十五話、悠乃は感謝する。
第十五話
ロッジにて、後処理を任された北条が一段落したということでやってきた。盛大にため息を吐き、椅子へもたれかかる。
「あのさあ……俺はさあ、こきつかわれるような人間じゃないんだけど?」
「すまん。それで、どうだった」
「はあ……案の定だった。久瀬の奴、止めを刺したかよく覚えてないとさ」
「あの馬鹿」
久瀬という男、実力はあるのだが少々優しすぎる。人類死者同盟の総帥はその点幸運だったのだろう。それでも、晴でどうこう出来る程度には弱体化はしていたのだ。
「付島についてはどうだった」
「あはは……ホント、調べ事は俺にお任せだよなお前」
まあいいさと、ハンナの淹れたコーヒーを一飲みした北条は続ける。
「残念だけど国のデーターベースには何もなかった。だから彼女の家を訪ねたよ。そしたら父方の祖母って人が史料を保管していた。現代の退魔師が組織化されていることに驚いていたよ。こっちの世界から身を退いて大分経つ。人脈も失っちまったんだな」
人脈が残っていれば問題も大事にならなかったろうにと北条はぼやく。
「戦闘馬鹿のお前さんは黒幕を倒して一件落着って思ってたんだろうが、実際はソラ様の言うように別世界の化け物からの干渉を今も受け続けている。刻印による封印もタイミングがずれて効果が薄れているし、根本である化け物を倒さない限りありゃどうにもならないね」
「だが、どうして総帥に力を貸した? 貸すことが出来た?」
「はっ、化け物の気持なんか俺に分かるかよ。でも力を貸すことの出来た理由なら分かる。あの刻印は封印と同時に門なんだ。魔之物に関わらない普通の人として生きていれば、万事オッケイ死ぬまで一般人として終われる。だけどさ、悠乃ちゃんみたいに中途半端に退魔の力を持って魔之物や異界の化け物退治に身を置いていたら刻印は門へと変わる」
あの場で大量の妖異が晴と戦闘を繰り広げ、場に満ちた魔力が刻印を活性化させてしまった。
「ありゃあ相当性質が悪いね。刻印があろうがなかろうがどっちにしても悠乃ちゃんは詰んでいる」
「何とかならないのか」
俺の問いに北条は微笑む。
「安心しろよ、今言ったのは悠乃ちゃんが一人ぼっちで戦ってたらの話さ。この現代の技術を以てすれば刻印の欠陥を解消して完ぺきに仕上げることも出来る」
「鎮! 悠乃が目覚めました!」
「ハンナ、今行く。北条も来て事情を説明してくれ」
「やれやれ、まあもう乗りかかった船ですし? いいよ、付き合ってやるよ」
リビングの隣室にある和室の布団に寝かされていた悠乃は目覚め、隣に座るボロボロの晴を見つけへにゃりと笑う。
「は、る」
「よかった……本当によかった」
手を握り、祈るように座っていた晴の表情もほっとしていた。先日の買い物で仲良くなった旭子も嬉しそうに目を潤ませている。
「どうなんだ、刻印は」
「マモル、心配するな。今は問題ない」
ソラが言うなら大丈夫だろう。
「喉渇いた……」
「水! 水があるぞ」
忙しない動きで枕元に置かれたコップに水を注ぎ、晴は悠乃に手渡す。渡された水を悠乃は一気に喉へ流し込んだ。
「あー……生き返る」
ぼうっとしている悠乃は俺に視線を向ける。
「また、あんたに助けられちゃったのね」
ため息を大きく吐いた後、目をあらぬ方向に向けながら悠乃は呟いた。
「その……感謝するわ……あ、ありがと」
「気にするな」
ぷいっと顔を背けた悠乃は晴にコップを突きつけ、ぶっきらぼうにお代わりを要求する。苦笑いする晴が俺に軽く頭を下げた。
「それであの後どうなったのよ」
「それについては今後も含めて俺が話そう」
「あなたは?」
満面の笑みを浮かべて北条は悠乃に視線を合わせる。
「お初にお目にかかります。北条拓海をどうかお見知りおきを」
「つ、付島悠乃です」
北条に圧倒された付島は北条の伸ばした手に反応して思わず手を差し出してしまう。握手を交わした北条は、手短に状況を述べていった。
状況説明を一通り終えると、北条は悠乃へ質問を投げかける。
「悠乃ちゃん、どうしてこいつに相談しなかった? いや、別にこいつじゃなくてもいいけど晴君にも話してなかっただろう。そうすりゃここまで大事にはならなかったろうに」
「そうだよ、俺ならいくらでも相談に乗ったのに」
晴に対しても幼少から魔之物につけ狙われているくらいしか、説明していなかったらしい。悠乃は俯いて呟くように返答した。
「だって……あんまり不幸話しても、嫌じゃない? お母さんが行方不明とかさ、刻印のこととかさ、重すぎるよ」
「気を使いすぎだって! これからは何でも俺に言ってくれよ! 親友じゃないか!」
「し、親友……だよね、うん」
ここで北条は何かに納得がいったようににやついて見せる。何を察したのか知らないが、それ以降北条は悠乃を問い詰めるような真似はしなかった。
「まあいいさ。大事なのはこれから、これから!」
北条は退魔師会から刻印術に長けた者を明日には派遣すると約束する。
「俺も出来ない訳じゃないけど、ここは慎重を期して専門家に頼もうと思う」
俺も依存はなかった。
「ま、話はこんなところかな。午後九時か……大分時間くっちまったなあ」
何も食べてないのに戻らなきゃと嘆く北条が和室の戸を開くと、途端に部屋へ料理の匂いが入り込んでくる。
「いい匂い。カレーライス?」
悠乃の呟いた通り、これはカレーライスだ。話の途中で抜け出ていたハンナと旭子がテーブルに人数分のスプーンを並べていた。
「ご飯が出来ましたよ。悠乃はカレー食べられます? 良ければお粥でも作りましょうか?」
「カレー食べる!」
「分かりました。もうよそうだけなので、席に着いてくださいね」
全員が席に付いて食事を摂り始める。俺はカレーの具材が普段より不格好なことに気が付いた。ハンナに視線をやると、ハンナは旭子へ目を向ける。
「今日は旭子が手伝ってくれたんですよ」
「どうかしら……変じゃない?」
「美味い」
食事を摂り終えると早々に北条は帰っていった。晴と付島も帰らないと家の者が心配するだろう。
「送って行こう、二人とも付いて来い」
「待て、マモル。付島を一人にするのはまずい」
この街に真の黒幕が潜伏している可能性がある以上、一人には出来ない。ソラの主張は最もだった。
「なら、ここに泊めるか」
「ちょっと! 明日も学校があるのよ! 一回家に帰して」
「手間だが、一旦付島の家に寄ってから戻るか」
そこに晴の手が上がる。
「あのー、なら俺の家に泊めてもいいっすよ。学校も近いし。俺の家が嫌なら裕子の家でもいいかも。すぐ隣だし」
「え、ええええ!? は、晴と一緒の家で……」
怪我は幸い大して負っていないが、今日の戦闘で疲れただろう。俺が身を案じるも、晴は気丈に振舞う。
「心配しないでください。いざとなればすぐに鎮さんに連絡しますから」
晴なら、付島の信頼も篤い。
「付島がいいなら、それで行くがどうする」
「じ、じゃあそうするわ!」
俺の車に二人を乗せ、まずは付島の家を目指す。二人の通う高校から三十分ほど離れたマンションに車を停める。
「ちょっと待ってて、荷物取って来るから」
「親御さんに挨拶しようと思うんだが」
「いないわ、お父さんあんまり帰ってこないもの。一応メールは送ったから心配いらない」
「そうか」
付島がマンション内へ駆けていくのを遠目に見ながら、俺は晴へ付島と親の関係を聞く。
「関係、ですか……そこまで悪くはないみたいですよ。でも忙しいみたいで滅多に帰ってこないみたいですね」
疎遠なだけで、特に確執はないのか。それならいいんだが。やがて戻ってきた付島を晴の家まで送り届けて、俺はロッジへと戻った。




