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第一話、実感は湧かない。だが、どうすべきかを考える。

第一話



 目を覚ますと、自分がリビングのソファに寝かされている事に気が付いた。同時に窓ガラスが割れる音がし、黒いコートを纏った男たちが拳銃を持ちロッジへ入り込んできていた。



 男たちの視線の先には肩から血をにじませる眼鏡を掛けた女性と、女性を庇いたてようと前に立つハンナの姿が映る。やめておけ、お前には何の力もないじゃないか。


「ミイコ!」

『お、おう!』


 ちっ、耳までいかれているようだ。自分の声がまるで少女のように愛らしく聞こえている。目の前に現れたリルン・エルを持ち、ハンナと男たちの間へ割り込む。


「何の用だ貴様ら!」


 ここで、例えようのない体の変貌に気が付いた。今まで着ていた服がぶかぶかだ。一方で胸の辺りだけが妙に苦しく、何よりリルン・エルの柄を持つ感覚がまるで……それでも、迷っている暇はなかった。


 俺の問答へ答える間もなく、男たちは躊躇いなく発砲を開始した。急いで記憶を辿り、今の肉体の感覚が辛うじて中学生時代のものに近いとアタリを付けた俺はその感覚だけで剣を振るい、弾丸を弾いていく。


 頭痛も、体の震えも収まっている。だが、それ以上の巨大な違和感により俺の動きは精彩さを欠いていた。ここは、小細工なしの力技で一気に片を付けるほかない。


 足を踏み込むとズボンの裾を踏みつけてしまうが、強引に踏みちぎり前進する。剣を振るうとシャツの裾が引っかかるが、問答無用で腕を伸ばしシャツを引き裂いて剣を振り切る。



 三人の男たちの拳銃を切り伏せた後、俺は再びハンナの前に立ち直り切っ先を突きつける。


「失せろ。今度は腕を飛ばす」

「油断しちゃ駄目! そいつらは人間じゃないのよ」


 ハンナが庇う女性の言葉の意味を、三人の男たちは合体することで証明する。溶けるように混じり合った男たち。そこから生まれたのは全身の黒い巨大な狼だった。こいつと室内で争ってはロッジがなくなってしまうな。


 ただ拳銃を持つだけの男たちとは格が違うようだ。不慣れな体を無理やり動かし、戦っても勝てるかどうか自信が持てなかった。ならば、慣れた体で相手をするのみだ。


 変身は出来ない。だが、鎧へ精神を移して戦うことは出来る。


「アルテア・エル!」


 符の中に封印されていたバラバラの鎧を召喚し、ミイコと合体後精神だけで乗り移る。俺の背後に俺の服を着て倒れている美少女の手から飛んできたリルン・エルを受け取り俺は巨狼と向き直る。


『まずはこの家から出て行ってもらおう』


 普段通りの声が発声出来ることに安堵を覚えながら、俺は巨狼を体当たりで室外へ吹き飛ばす。そしてその勢いのままに巨狼を上下に切り裂いた。呆気ないほどに巨狼は真っ二つにされ、霧散してしまった。





「一体何が起きているんだ」


 俺は俺の体とは到底思えない肉体で二人の前に立ち、現在の状況を尋ねた。


「その前に鏡を見てくる」


 俺は浴場にある全身鏡で自身を見た。そして、絶句する。


「姉上……にしては胸が大きいな」

『それを目の前で言うたら殴られそうだの』


 これが本当に俺なのだろうか。高校生時代の姉上に似通った人間が立っている。多少姉上より幼げな顔立ちでクールな印象を損なっているとも、緩和しているともいえるが……それにしてもよく似ている。


「実は俺は姉上の妹だったのか」

『ほ、本気で言っているのか?』

「冗談だ」


 俺はリビングへ戻り、再び状況を尋ねる。


「一体何が起きているんだ」

「案外、動揺してませんね」

「なったものはしょうがないだろう」


 あまりに荒唐無稽な事態で、全く現実感が湧かない。ふわふわとした感覚で、これはもしかすると夢なのではないかと思っている。


「この方がいきなりやってきたんです。さっきの化け物はこの方を追ってきたようですね」

「おい、貴様。名は」

「私? 菱田旭子だけど、ってそれより! あなた! さっきの力は何よ!」


 もしこの女が無関係な一般人として、後で今の戦いの記憶は消すから問題はない。そう判断した俺は素直に力について話す。


「退魔師としての力だ」

「た、退魔師……? まさか日本にそんな空想的な連中がいたなんて」

「菱田、さっきの怪物について何か知っているか」

「知ってるわ。あれは私を追ってきたんだから」

「あれは何だ。魔之物でも、妖怪でもない」


 初めて見る敵だった。幸い、呆気なく撃破出来たが早く正体を知っておきたかった。


「うちの組織の戦闘員ってトコね。三型魔獣ブラックファングに変身したから戦闘力だけなら非戦闘幹部じゃ太刀打ちできないわ」

「組織だと?」

「そう、秘密結社人類死者同盟よ」


 人類死者同盟。全く聞いた事のない。菱田に説明を求めるとあっさり説明を始めた。


「簡単に言えば、生きた人間は分かり合えないから人間みな死のうって組織よ。でもただ死んだだけじゃ人類滅亡でしょう? だから、私たちは死体を動かす研究をしていたの。さっきのも死体ベースで出来ていたのよ」

「なんという……人の死を冒涜しているとは考えなかったのですか」

「そんなこと考えていたらこんな結社組織していないわ」

「それで、菱田。貴様は何故ここに来た。答えによっては命はない」


 菱田は疲れ切った笑みで両手を上げる。


「安心なさい、危害を加えるつもりはないわ。あなた。UEJ製薬の薬を飲んだでしょう」


 確かに、飲んだ。雪乃さんからもらった薬のことだろうか。俺が頷くとやっぱりといった顔をする。


「あれはね、私が開発した新薬なの。持ち出すためにUEJ製薬の風邪薬に紛れ込ませて持ち出したんだけど、運悪くあなたが飲んでしまったようね」

「一体どんな効能なんですか!? 鎮は、どうなってしまうんです!」

「本来、その薬は飲むと強力な戦闘要員を生み出すって薬だったの。死にはしないけれど、代わりにボスへ絶対服従するような思考回路になってね。でもあなたはどうも女体化? でもしてしまったようね。一体どうしてそうなったのか興味があるわね」

「つまり今の事態は貴様にも想定外という訳だ」

「ま、そうね」

「それで。貴様は薬を持ち出しどうするつもりだった」

「それはね……考えていないの」


 大きな溜め息を吐き、菱田はソファへどっかり倒れ込む。


「あなたが飲んだ新薬ね。あれは本来面倒くさい手間をかけて作っていた戦闘要員をお手軽大量生産できる結社にとって画期的な薬だったの。生きた人間に飲ませて、戦闘向けの幹部に匹敵する戦闘要員をガンガン量産できるんだから。しかも飲んだ時点で幹部には絶対服従する。どう、すごい薬でしょう?」


 目を閉じ、体を丸め込ませてなお、菱田は語り続ける。


「私の家はとっても貧乏でね、しかも厄介な連中に目を付けられてロクに勉強も出来なかったわ。いつコンクリで固められて沈められてもおかしくなかった。だから、身体の安全が保障されて、自由に勉強させてくれて、あまつさえ最新器材を与えられて研究までさせてくれるなんて夢の環境だった。研究内容が組織に役立つよう捻じ曲げられても文句なんて言う権利はなかった」


 本当のことを言っている保証はない。だが、嘘とも思えない態度と口調に俺の心は揺れ動いていた。


「でもこんなの使ったらとんでもないことになるって怖くなったの。この薬について知っているのは私だけ、私さえいなくなれば……唯一の例外があなたの飲んだ薬。咄嗟に製薬ラインへ紛れ込ませたから処分しないとって思って。でも、最後の思い残りもあなたが無事というなら、なくなったわ。はは、これからどうするってあなた聞いたわよね。どうしましょう?」

「どうしましょうっていうのなら、鎮を元にしてください! こんな女の子にしてくれちゃって許せません!」


 久しぶりに、鬼気迫る表情のハンナを見た。ハンナの剣幕にビクリと体を震わせた菱田だったが、少し目を瞑った後に見開いた目の奥からは悲愴感あふれる覚悟が垣間見えた。


「そうね……鎮さんでいいのかしら。あなたが女体化してしまったのは私の責任。なら、私が元に戻して見せるわ」

「どれくらいかかる?」

「それは……何とも言えないわ。設備も整ってないし、あっ……科学以外に魔術も融合した新概念の薬だから設備は組織以外には存在しないんだった。設備から開発し直しとなると……ごめんなさい。正直言って見当もつかない」


 泣きべそをかきそうなほど顔を歪ませる菱田へ俺は質問を続ける。


「つまり、設備さえあれば研究自体は可能なんだな」

「まあ、そうね。それでもどれだけの時間がかかるか。まずあなたの体の精密検査からしてみないと」

「設備の所在は分かるのか」

「一か所だけなら。私が逃げてきたUEJの工場の地下よ」

「ちょっと待ってろ」


 書庫から今年発行された地図を引っ掴み、俺は窓の割れたリビングで戻って来る。


「この地図でいうとどのあたりだ」

「そうね。関東地方の……ここよ」


 ここから車で二時間程度。ソラなら……五分もかからない。かなり近いな。


「まだ敵も油断しているだろう。一気に制圧する」

「ええ!? 工場には大量の戦闘員がいるのよ! 無理よ……」

「ハンナ。お前は危ないから一度三谷家に帰す」

「ちょ、ちょっと? 聞いている?」


 俺は再び鎧へ精神を移し、そして騎乗龍ソラを召喚した。全身白銀で東洋龍のような体型をした全長十メートルほどの龍は、召喚されるなり笑った。


「ふはははは! どうしたマモル! 随分と可愛らしくなったじゃないか!」


 相変わらず女のくせに男らしい口のきき方だ……今は俺も同じ扱いかと思うと笑えないな。


『今は説明している暇はない。とりあえず三谷家へハンナと俺の肉体を送り届ける』

「いいだろう。全て終わってからたっぷり事情は聞かせてもらおう」


 俺は俺自身の肉体(そうは思いたくないが)、ハンナ、菱田を連れてソラへと騎乗し、空を飛ぶ。巡航速度が超音速であるソラはあっという間に三谷家へと到達する。家を囲う塀を飛び越え、そのまま屋敷内部へ入り込んだ俺は勝手に縁側へ精神の抜けた抜け殻を投げおく。


『行ってくる。後は頼んだ』

「はい、鎮。どうか気を付けて」

「ああ。行くぞ菱田」

「え?」


 車で二時間程度の道のりも超音速ならば十分と掛からない。


『ソラ! このまま突っ込め!』

「ふはははは! いいだろう!」


 大面積を誇る平屋建ての工場へ、龍が突っ込んでいく。【障壁】を張って菱田の身を守ってやりつつ、天井を突き破り俺たちは工場内部へ侵入した。内部は薬品を扱っているだけに真っ白で清潔な印象を受ける。


『地下が本拠らしい。地面も突っ切れ!』

「任せろ!」


 五メートル以上あった強化コンクリートをぶち破り、ソラは地下施設までの竪穴を形成する。


『ここからは龍では狭いだろう。後は俺だけでいいぞ』

「いや、こんな楽しいイベント見逃すわけがないだろう?」


 白き光に龍が包まれると、体の要部にだけ装甲を纏った白銀の髪をした美しい女騎士が姿を現した。背負っている両刃剣は優に二メートルに達しているが、今回は地下内の戦いだからだろう、腰に吊るした片刃剣をソラは抜いた。


「ひいい……退魔師ってなんなのよぅ……」

「驚いている暇はないぞ。設備を破壊される前に奪取するんだからな」

「そ、そうね。こっちよ!」


 入り組んだ地下施設の通路を雑魚を蹴散らしつつ進んでいくと、存外簡単に菱田の使っていた研究室までたどり着いた。テニスコートほどの敷地に訳の分からない機械類が所せましと設置されている。機械以外にも実験動物なのだろうか、白い鼠が何匹かケージに入って元気に動き回っていた。


『後はこれらを三時間ほど守り切れば俺たちの勝ちという訳だ』

「え、え? どういうこと?」

『今頃ハンナが退魔師会と政府機関の両方に連絡を入れているはずだ』

「何も言ってなかったじゃない」

『それくらいハンナならやってくれるさ』


 あいつとは長い付き合いだからな。


「おい、マモルよ。そろそろ手ごたえのありそうなのが来るぞ」

『そうか。お前は戦わなくていいのか』

「今日は女になったマモルの力を見せてもらおう」

『ちっ、いいだろう』


 研究室を出て、幅が軽乗用車一台通れる程度の通路へ出るとこの部屋が突き当りなので目の前から堂々たる体躯の怪物が歩いてきていた。頭はライオン、体はゴリラ、皮膚は象のような質感。しかしそれらは全て漆黒に染まっている。


「ほほう、裏切者が早速やってきたかと思えば騎士様を連れていたか」

『人類死者同盟の幹部か?』

「事情は知っているのか。ならば話が早い。死んでもらおうか!」


 拳を振り上げ通路一杯に突っ込んでくる巨体の怪物。対する俺はリルン・エルの柄を頭まで振り上げ、一刀両断の構えで迎え撃つ。


「阿保め! 剣の切っ先が天井につっかえているぞ!」

『それがどうした!』


 その程度で剣撃が鈍るはずがない。無策で突っ込んできた怪物が振り上げていた腕を切り飛ばし、そのまま頭蓋に剣が刺さり頭部から胸部にかけてを完全に真っ二つにした。


「あ、あ?」


 怪物はそのまま霧散してしまった。弱いな。幹部と聞いて答えなかったのだから、下っ端だったのだろう。少し待つと全身が鱗に覆われ、日本刀を持ったトカゲ人間のような怪物がやって来る。


「怪力、装甲自慢の戦闘幹部第八号をよく倒したな。だが、速力に優れる俺と斬り合いが出来るかな?」

『いいから来い』

「おうとも!」


 飛び出し、亜音速で突っ込んでくる怪物。速さはそうでもないな、技量で補う気か? 俺の首元目がけ一直線に突きを放ってくる怪物の日本刀の横腹へリルン・エルを薙ぐ。剣を絡め、日本刀を上へ放る。そして一気に突っ込み頭部から股下まで一気に斬り下した。


『弱いのう。鎮どころか晴でもどうにかなってしまうでないか』

『力量を見極める気かもしれん』


 何処か呆れた口調のミイコ。しかしここまで弱い訳があるだろうかと俺は疑念し、待った。そして来た。


「ふん。戦闘幹部すら鎧袖一触か」


 マントを羽織った腐りかけの人間。漆黒に染まりながらも腐臭は確かにこちらへ伝わって来る。


「だが最高幹部が一人マルスの名を頂くこの我に勝てるとは思わないことだ!」


 何処からともなく火炎に包まれた両刃剣を生み出したマルスは先ほどのトカゲ人間と同じく突きを選択し突っ込んでくる。だが、さきほどとは比べ物にならない速さだ。三倍は早いぞ。


 火炎剣へリルン・エルを軽く当て軌道をずらし、逆にこちらが突きを放つ。マルスはバックステップしながら、リルン・エルの腹へ火炎剣を薙いだ。今度はこちらが軌道をずらされた。


「このマルスの一太刀で生き残るとは相当な強者。いいだろう、相手にとって不足なし!」


 マルスは全身を発火させ、突っ込んでくる。何が変わった? 相手の剣戟を受け流しながら俺は様子見をするが、その答えはすぐにわかった。


「どうした! 火炎に焼かれて死んでいくか!?」


 この俺を巨大な火球に包み、焼き殺そうとしているのだ。それだけならいい。だがこのままでは背後の研究室の設備に被害を受けてしまうかもしれない。このまま戦っても十秒以内に勝てるが、それでは間に合わない。


『ミイコ!』

『いいだろう!』


 リルン・エルに課せられた封印を解く。封印を解かれたリルン・エルから覆滅の蒼き炎が舞い上がり、リルン・エルに触れた火炎剣は焼き尽くされ消失した。


「ば、馬鹿な!」

『終わりだ!』


 一気に距離を詰め、俺はリルン・エルを振り下ろす。マルスは残った剣の柄で見事にもリルン・エルを受け止めるがどうにもならなかった。体を二つに裂かれたマルスは次いで襲ってきた覆滅の炎に焼かれて消滅した。


「ああっ! マルスを倒してしまった!」


 研究室の扉の上部に設けられていた窓から戦闘を見ていた菱田が飛び出し、悲痛な叫びをあげる。何か思い入れでもあったのだろうか。


「マルスが死ぬと、この施設の自爆装置が作動してしまうのよ! 早く逃げないと!」

『お約束、って奴だの』

『迷惑な……ソラ、何とかならないか。この研究室を失う訳にはいかないんだ』

「いいだろう。全員研究室に入ってくれ。結界を張ってこの部屋を死守する」


 爆轟音を背後に、俺たちは研究室に滑り込む。直後、結界の向こう側が赤い業火に包まれる。同時に激しい揺れが発生し、研究室は暗闇に包まれる。


『電気が止まったようだの』

「安心して。ここは自家発電装置があるから……あ、でも排気が出来ないから動かせないわ」

「我の結界を舐めてもらっては困る。空気の清浄化もお手の者よ。燃料をガンガン燃やして構わんぞ」

「そ、そうなの? なら動かすけど」


 けたたましい音をがなり立て、発電機が動き出す。天井に釣られた照明が点灯し、室内は再び白色の光に包まれた。


「うわあ……窓の外が真っ暗ね。外はどうなっちゃたのかしら」

「どうも、施設にナパーム剤のような粘性のある液体を撒いて火をつけた後に主要な柱を爆破し崩落させたようだな。人間はよくもまあこんな面倒な手間をかけるものだ」

『ソラ、この研究室を持って地上に出られはしないか』

「ん。出来るぞ」

『頼む』


 任せておけ、と言い残しソラは研究室を出ていく。しばらくすると研究室が揺れ、研究室の扉の窓に夜の星空が映し出された後、ゆっくりと降下していき、森の中の風景へと変化した。俺は研究室から外へと出る。


「少しあの工場から離れた場所に降りたが、よかったか」

『ありがたい』

「もう日本は雪の降る季節なのだな」


 人型となったソラは、戦闘用の騎士服から今風の女性着へ着替えていた。ブーツの底が埋まるかどうか程度に雪は森林を白く染めていた。


「鎮さん」

「菱田か」


 憑き物が取れたような顔で菱田は俺の横に立った。はっとするような綺麗な表情で、俺は一瞬言葉を呑んだ。


「すごいのね、退魔師って……私があれだけ悩んでいたこと全部吹っ飛んじゃった」

『気にするな。退魔師の役目を果たしたに過ぎん』

「そうだとしても、私、鎮さんを見てずっと追われ続ける恐怖がなくなったわ。鎮さんならきっとどんな敵も倒してくれる」


 菱田は俺の前に立ち、決意の籠った目で俺を見上げる。


「だからこそ、私が犯してしまった責任は必ず果たすわ。絶対に、鎮さんを元の姿に戻して見せる」

『頼んだぞ』

「任せてちょうだい。私、研究分野なら組織で一番だったの。十年もあれば余裕よ」

『俺は一か月でも我慢ならんのだが』

「え、それは……流石に……あはは」


 俺の本音ではあるが、菱田もこれだけやる気を見せて十年という数字を挙げたのだから現実味のある数字なのだろう。もう俺は菱田を信じるしかない。




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