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閑話、佐藤晴03

閑話佐藤晴03


 その日は何処か悠乃は挙動不審気味だった。だから俺はそれとなく悠乃に視線をやっては彼女の動向を確認していた。


「どうかしたのか? 今日はやけにそわそわしてないか?」

「は? 別に何でもないわよ!」


 一度、二人だけになった時に思い切って質問してみたが怒鳴られて終わってしまった。しかしこうも分かりやすいと俺としても放っておけない。


 帰校の時間まで悠乃に注視していると、悠乃が何かを恐れていることが分かってきた。何を恐れている? 


 そして、いざ帰ろうとすると悠乃の姿がない。おかしいな、今日は帰る約束をしていたのに。違うクラスの裕子とも待ち合わせる都合上、いつも校門前で集合しているしそこだろうか。部活で大地とは別れ、校門前に行くがそこに悠乃の姿はない。


「あれ、悠乃は来てないのか」

「ううん、来てないよ」


 俺を待っていた裕子も見ていない。何だろう、嫌な予感がする。校舎内を探すべきか。いや、その前にとスマホを取り出したところで屋上から吐き気を催す悪意に満ちた魔力を感じ取った。瞬間、俺は駆けだしていた。


「ちょっと! 晴君!?」

「例の奴!」

「気を付けて!」


 裕子の声援を受けながら、俺は学校の屋上まで駆ける。だが既に気配は掻き消えていた。手遅れだったか! まさか、これを悠乃は知っていたのか。なら、教えてくれればよかったじゃないか!


 これからどうしよう? まずは、鎮さんに連絡を取るべきだ。俺がスマホを取り出すと、悠乃のスマホから電話が来る。


「悠乃! 今何処にいるんだ!」

『女は預かった。仲間を引き連れれば命はない』


 黒板をひっかくような不快な声は仲間に一切連絡を取らず、俺を単身で廃病院まで向かうよう指示を下す。俺が何か質問をする前に電話は切れてしまい、何度かけなおしても電話はつながらなかった。


「くそ! どうする!」


 まさか、まさか……黒幕の男以外にも悠乃を狙っていた人間がいたのか? 悠乃を人質に取られてしまった! 


 誰だか知らないが、俺に一人で来いという。行っても、結局罠に掛かるだけで何も出来ないのではないか。鎮さんに連絡をすべきだ。


 それでも……俺は悠乃に万が一があることを考えると、連絡は出来なかった。


 学校から走って二十分くらいの場所に、移転した市民病院跡が残っている。敵が指定した場所に俺はのこのこと単身立つ。十数年前に移転した市民病院跡は表面のコンクリート壁がひび割れ、枯れた蔦が這い周っている。敵さんも趣味の悪い。


「馬鹿だな」


 自嘲しながら俺は蒼波を実体化させ、両手で握る。今はこいつだけが頼りだ。駐車スペースになっていたであろう敷地内に入ると、空気が変わったのが分かった。結界を張っていたのか。一旦出ようとすると、壁にぶち当たる。げえ、術者を倒さないと出れないぞこれは。


「なんだ、この音」


 沼から泡が噴き出るようなごぼごぼとした音と共に、病院の玄関口から腐りはてた死体が五体現れる。


「マジで趣味悪いな」


 今は死体とはいえ、元は俺と同じ人間だったのだ。それを斬ることに俺が抵抗を覚え前進を躊躇していると、死体が短距離走選手ばりに走って向かってくる。


「うおお」


 向かってきたなら仕方がない。恨むなら敵を恨んでくれよ。蒼波を振るい、最初に俺に向かってきた死体の上半身と下半身を両断に伏す。が、止まらない。上半身は上半身で、下半身は下半身で這い進んで来る。


「これは、どうすりゃいいんだ!?」


 迷っている暇はなかった。背後は結界で封じられ、前からは死体が向かってきている。


「本当にごめん! 後でちゃんと埋葬してやるから!」


 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、俺は四肢を切断し、さらに腕は指で這い進まないよう手の平をズタズタに切刻む。足は膝から関節毎に切断していく。非常にグロテスクな物体を自らが作っている。吐き気を催してきた。


「うえええ」


 駄目だ、我慢できない。死体にはかからないように、俺は昼食を地面へまき散らす。


「くそう、こんな冒涜的なこと許されねえ」


 俺自身の所業とこんな真似をさせた敵に俺は怒りを覚え、玄関へ突入する。入った途端俺は後悔した。さっき相手した死体の軍勢が待ち構えていた。


「あああああああ! もうやめてくれ!」


 いつのまにか回り込まれ、後ろからも死体は俺目掛け殺到してくる。全周を囲まれた俺にはもう死体を無力化する以外に手段はなかった。


「うああああああああああああ!」


 一体当たりに掛けていられる時間は一秒すらない。四肢を両断し、蹴り飛ばして時間を稼ぐ。一体相手なら膂力でこちらが優っている。突き飛ばして時間を稼ぐ。必殺として温存していた鎌鼬を撃ち込み複数体を纏めて切断してやる。ああもう、魔力がガンガン削れていく! 


「はあ……はあ……」


 ざっと三十体はいただろうか。数え切れないほどの死体の山を築き上げ、俺は階段を上る。上った先にもまた、死体が動き回っていたが数は十体程度か。


 それよりも、死体群の後方にいるのは。


「信一?」

「まさか、あの攻勢を凌ぎ切るとはね……でも、もう力を使い切ったんじゃないかな」


 昏い笑みを讃えた信一が俺を指さすと呼応するかのように死体群が一斉に襲い掛かってきた。


「晴!」

「悠乃! よかった!」


 もう死体の群れごときじゃ俺は止められないぜ。あふれ出す嫌悪感を抑えつけ、俺は死体を無力化していく。さっさと悠乃を助け出して、こんな場所からはおさらばだ。


「何故! たかが高校生一人を何故始末出来ないのですか!」


 そりゃあ、俺はただの高校生じゃない。退魔師だからな。次々に倒されていく死体では埒が明かないと見たのか、死体が一つに固まって巨人へ変化する。


「はっ! 合体させても無駄だぜ!」


 見た目が倫理的に大分問題なくなって気が楽なくらいだ。突進を仕掛けてきた巨人を軽く回避する。木製のカウンターを粉砕し、振り向こうとしているところを背後から斬りつける。


 まずは足を一本。これで機動力を失った。おっと、まだ死体の兵隊は尽きてないのか。散発的に階下やほかの部屋から飛び出してくる死体を斬り刻みながら、俺は巨人の四肢も斬り落としていく。


 四肢を失った巨人をただの木偶の坊だ。


「信一。話を聞かせてもらおうか」


 俺はブチ切れてるぜ。


「まだ! まだです!」

「あ! 倒した死体を!」


 こいつ! そこらへんに倒れている死体を吸収して四肢を復活させやがった。巨人を無力化するのも、死体の攻撃を捌くのも危なげなく処理できる。だがそれも魔力の続く限りだ。何回も復活する巨人を前に俺の力は持ちそうになかった。


「くそ! 何度も何度も!」

「よし! いいですよ! そのまま倒してしまいなさい!」


 これで巨人の四肢を斬り飛ばしたのは十回目か。くそ、いつになったらこいつは動かなくなるんだ? 魔力もあと三割あるかどうか。じり貧……かくなる上は、人間である信一を斬るか? だが、死体でも斬るのに抵抗があるんだ。生きている人間なんて、俺には出来ない。このまま消耗戦に敗れるか。そんな時に、悠乃が叫ぶ。


「晴! 延髄の部分!」

「黙りなさい!」


 助かった! 流石悠乃! 俺が巨人の首元に突きを放つと、今までの再生が嘘かと思えるほどあっさりと地に伏した。


 さて、と。


「終わりだな、信一。悠乃を人質に取って俺を殺すつもりだったのか知らないけど、お前が何かする前に俺はお前を斬れるぜ」


 距離にして五メートルとないところまで俺は距離を詰めていた。この程度、一足飛びに斬りつけられる。死体損壊は精神に堪えたぜ、信一。よくもこんな真似を俺にさせてくれたな。

怒りではらわたが煮えくり返りそうだ。でも、冷静さをどうにか保つ。感情に身を任せてはいけないって、鎮さんから教わったから。


「ふ、ふふふ……よもやたかが新米退魔師風情に翻弄されるほど私が弱体化していたとは……そこから一歩でも動いて見なさい! 悠乃さんの命はないですよ!」


 信一は震える悠乃を抑えつけ、手に持つナイフを首に近づける。今更人質か。でも今ののろのろとした動き。見ても容易に分かる老化現象。今のお前の身体能力は見た目相応の老人程度でしかない。そんなんじゃ、脅しにもならない。


「諦めて降参すれば命を助かる。でも、俺は悠乃のためなら人殺しの汚名を被ってもいいんだぜ」


 ぶっちゃけこけおどしだ。俺には生きている人間は殺せない。だからといって、殺さない程度に無力化は出来ない芸当じゃないんだぜ。


「おお、おお! 構わないです! それが、あなた様のご意思とあらば、叶えましょう!」

「おい、どうした?」


 あらぬ方向に視線をやり、老人と化した信一は歓喜に声を震わせる。ついに気が狂ってしまったのか?


「力が……力が漲って来る!」

「何だ!?」


 身を輝かせた悠乃から信一へ力が流れ込んでいる。あれは、やばい。俺は無意識のうちに跳躍し、信一の頭目掛け蒼波を振り下ろしていた。


「はは……駄目じゃないですか。悠乃さんに怪我でも負わせたらどうするんです?」


 片手で、俺の一閃を止めた!?


「ひれ伏しなさい、人類の救世主たる私を前に」


 俺は衝撃波に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。痛みが呼吸を止め、意識が一瞬薄れる。駄目だ! ここで気を失ってられるかよ!


 若さを取り戻した信一は、ムカつくくらい偉そうな挙動でこちらへゆったりと歩いてくる。


「まだ立っていられるとは。その年にして、何という才能でしょう。どうです? 私の配下になりはしませんか」

「馬鹿言うなよ信一。誰がお前なんか!」

「ふふふ、残念。それと私は佐藤信一ではありません。それは仮の名前という奴です」

「じゃあ、誰なんだお前は」


 両手を宙にかざし、口角を吊り上げた信一は大声で叫ぶ。


「私こそ、人類死者同盟が総帥! 人類の救世主なるぞ!」







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