閑話、付島悠乃02
閑話付島悠乃02
最初は特に何も思わなかった。顔のいい転校生がやってきたな。それだけだった。でも、初めに会った時から、何か胸の奥がざわつくような気分を覚えていた。
その理由は分からなかったけれど、嫌な予感がした。でも、信一は性格もよかったしきっとアタシの気のせいなんだと思っていた。
日を経るにつれて、嫌な予感がじわりじわりと膨れ上がって来るような言いしれない悪寒がアタシを信一との接触を避けさせた。
魔力は特に感じ取れない。きっと、アタシと信一の相性がサイアクに悪いだけなのだろう。それでも不安を振り払いたくて、アタシはこの日あのいけすかない三谷鎮に渡された符を持参していた。
対象を目視で視認した状態でこの符を使うと、対象の危険度が判別できるらしい。被探知性も極限まで抑えられていて、例え大妖怪でも符が使用されたことに気づくことはできない……とか聞かされたけど、今回くらい信じていいんでしょうね。
授業が終わり、何人かの友達と一緒に帰宅していく信一を屋上から見下ろしてアタシは符を発動させる。途端に真っ白な符は黒色に染まり崩れ消えた。
「え……嘘」
符は危険度を色で示すと聞いたけれど、黒なんてなかった。それにこの符は何回も再利用できるって聞いていたのに。
これは……仕方ないけど、あの三谷鎮に話をしてみるしかないか。あーあ……気が進まない。スマホをバッグから取り出し、馬鹿と登録した電話番号をタッチしようとしたその時だった。
「まだそいつと相対はできないんだよ、ごめんね」
背後から信一の声が聞こえてくる。怖気が走り、一瞬体が硬直しかけるがアタシだって修羅場を幾度か潜っているんだ。
前方へ身を乗り出すように跳躍し、同時に退魔の符を投げる。魔之物を祓う退魔の符は不気味に笑う信一へ真っ直ぐに飛んでいき、青白い閃光を上げて消し飛んでしまう。元から効くなんて思っちゃいないけど、ひるみもしないなんて!
アタシの抵抗を意に介さず、信一はアタシに手をかざす。手から噴出する黒い霧がアタシを包むと吐き気と頭痛で立っていられなくなり、アタシは意識を手放した。
アタシが目を覚ますと、真っ先に見えたのは青く煌めく剣閃。そしてそれを振るうのは間違いない。
「晴!」
「悠乃! よかった!」
晴は廃病院のフロアの中央に陣取り、何処からともなく湧き出てくる大量の死体を斬りはらいながらこっちへ向かってきている。惨たらしい死体の群れを物ともしないで一歩一歩確実に進んでくる晴。やっぱり晴はアタシの救世主だ!
アタシを縄で拘束した張本人である信一は目の前の戦況を前に焦りを隠せないみたい。親指の爪を噛み、死体の群れに向けて吠えることしかできない。みっともないわね!
「何故! たかが高校生一人を何故始末出来ないのですか!」
「はっ! 合体させても無駄だぜ!」
死体を幾体も合体させた巨躯の怪物も晴の前には雑魚と同じだった。巨体の突進を跳躍で回避した晴は、周囲に立つ死体を片手間に斬り倒しながら巨躯の怪物の四肢を一本ずつ斬り飛ばしていく。
「まだ! まだです!」
「あ! 倒した死体を!」
そこらへんに転がっている死体の残骸を取り込み、巨躯の怪物は肉体を再構築する。
「くそ! 何度も何度も!」
「よし! いいですよ! そのまま倒してしまいなさい!」
巨躯の怪物が肉体を再構築させるたびに、信一の顔が老け込んでいく。晴が巨躯の怪物の四肢を十度斬り飛ばす頃には信一は三十代半ばまで老け込み、美しい顔にも軽い皺が見えてきていた。
信一も消耗しているみたい。でも、晴だって長くは力が持たないでしょうに何をモタモタしているの? あれの弱点……アタシはもう見つけたわよ。
「晴! 延髄の部分!」
「黙りなさい!」
信一がアタシの口を手でふさぐけど、もう遅いんだから。晴の突きを首に受けた巨躯の怪物は肉体を維持できずに崩れてしまう。やった!
信一の老化は怪物の敗北を境に一気に進み、六十代ほどにまで進行していた。もうこいつもお終いね。
――オオ、オオ……場ガ満チテイル―――
え、何? 何かがアタシから溢れようとしている。信一なんかよりもずっと純粋で、でも凶悪な何か……アタシの力の源。“チカラ”だ。
「終わりだな、信一。悠乃を人質に取って俺を殺すつもりだったのか知らないけど、お前が何かする前に俺はお前を斬れるぜ」
「ふ、ふふふ……よもやたかが新米退魔師風情に翻弄されるほど私が弱体化していたとは……そこから一歩でも動いて見なさい! 悠乃さんの命はないですよ!」
「諦めて降参すれば命を助かる。でも、俺は悠乃のためなら人殺しの汚名を被ってもいいんだぜ」
駄目、今は……ああ、あああああ。違う、違うの。そいつじゃない! そいつにどうして……駄目よ、せめてアタシに渡しなさいよ! 何で、あ……。
体から力が抜ける。何か光が見える。混じりけのない白い光。何処から? アタシの体……から、“チカラ”が……出てこようと…………している。
もう、終わりだ。