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閑話、佐藤晴02

閑話佐藤晴02




 鎮さんが女になってしまった。それも、ありえないくらいの美少女になって俺の目の前に立っていた。


 憧れの対象の想定外の変貌に俺は混乱しきっていた。母ちゃんが鎮さんの胸に目が釘付けだの言ってたけど、あれは性的な視線云々を除いても思わず見てしまうデカさだったので不可抗力だ。


 魔之物の因子退治のため、鎮さんと一緒に山の中に入っても俺は体に身が入らず心中の混乱と戦っていた。


 俺自身も驚くことに心中に湧き上がってくるのは第一に怒りだった。憧れの対象が勝手に堕ちてきたことに対する理不尽な怒り。そしてもしかしたら俺の手に届くようになってはいないだろうかという危惧。こんなつまらないことでもし俺が鎮さんを越えてしまったら、超えることを許した鎮さんを俺は許せないかもしれない。


 試さなくちゃ。


「鎮さん」

「覚悟を決めたか」

「気付いていたんですか……」


 鎮さんがその気ならば、もう俺は躊躇わない! 全身全霊の力を込めた一撃を鎮さん目掛け振り抜く。金属の触れ合う高音が鳴り響き、俺の一閃は地面に叩き落される。


「畜生! まだだ!」


 その後、俺がいくら攻勢をかけても鎮さんは流れるような動きで俺の迸る激情を受け流していく。以前見た鎮さんよりも力も速さも劣っていた。それを眼前にして俺は失望し、怒りを爆発させ剣を振るった。だが、届かない。俺の動きが読まれているから? いや、俺だって鎮さんを何年も見てきた。動きの癖だって把握している。それなのに届かない。


「この! このっ!」


 失望から来る怒りが、徐々に希望へ変わる。鎮さんは変貌した肉体を既に使いこなしている。我がものとしている。すげえ……まだ数日しかないのにここまで変化した体で戦えるものなのか!


「どうした。俺は力も背丈も素早さも以前より劣っているぞ。捻じ伏せて見せろ」

「うおおおおおおお!」


 冷静さを取り戻した俺は、勝利の見込みを掛けた最後の一撃を叩き込む。しかし、あっさりと鎮さんは弾き飛ばした。その絶対的な力の差は俺を安堵させた。ああ、今の鎮さんも間違いなく鎮さんだ。


「気は済んだか」

「はあ……はあ……やっぱ……鎮さん……すげえや……」


 俺の危惧はいい意味で外れた。相変わらず鎮さんは強く、俺にはまだ目標が残った。


「肩を貸せ、立たせてやる」

「え、えええ!?」


 俺が充足感に身を浸していると、唐突に鎮さんが近づき俺に肩を貸してくれる。柔らかい感触、頭を麻痺させるような心地よい香りに俺の心はいっぱいいっぱいになってしまう。


「あ、あっ、あのっ! 俺、自分で歩けますから!」

「ふらついているぞ、無理をするな」


 俺が暴れたせいで鎮さんを地面に押し倒してしまい、俺は鎮さんを上から見下ろす。その時倒れた鎮さんの女体を前にして、俺の心の中に危うい感情が芽生えそうになり俺はその感情の正体を掴む前に蓋をする。


「もうこのまま背負っていくぞ」

「あ、は、はい……」




 鎮さんと別れ、一人自室のベッドで睡魔に襲われていると触れた感触と嗅いだ匂いが思い出しされ、同時に先程浮かんだ劣情の正体を俺は見てしまった。


 鎮さんを憧れの対象として見続けながら、鎮さんを征服する可能性。男同士なら思いもつかなかったであろう、下劣な感情が確かに俺の中ではっきりとした形を形成したのを目の当たりにしてしまった俺は本来唾棄すべきはずなのに、その夢想を捨てきれなかった。


 もし、鎮さんが女のまま戻れなかったら……女として人生を過ごすのだろうか。そうしたら、俺は……。




 数日間、考えてはいけないと分かっていながらも思考の空白に忍び込んでくるいけない妄想に俺は悶々とした思いを抱えながら過ごしていた。


 そんな時、ざわついていた教室の注目が教壇へ集中していることに俺は気が付いた。


「えー、こんな時期ではあるが転校生の紹介だ。佐藤信一君です」

「よろしくお願いします、佐藤信一です」


 転校生。もう冬になる時期に珍しい。佐藤信一は、爽やかな笑顔で頭を下げて見せる。へえ、結構いい奴そうじゃん。苗字被ってるし(まあ佐藤なんてたくさんいるけど)、一人で寂しいだろうし、話しかけてみるかな。


 俺が話しかけようとする前に、女子連中へ囲まれていく佐藤信一。ありゃ……見た目よさげだったけど、あそこまでか。


「転校生なんて珍しいわね」

「悠乃から見てもイケメンだったりする?」

「そうね、まあイケメンでしょ、あれは」


 ほお……そうだよな、綺麗な顔立ちだよな。中性的ではあるけど男だと確かに主張している、端的に言えばもうイケメンとしか言うほかない佐藤信一。あれだけ女連中にちやほやされると男連中との付き合いに支障が出やしないかと俺は内心冷や冷やしていたが、少し俺が目を離している隙に俺の親友の大地と仲良くなっていた。


「おーい晴! こっち来いよ!」

「何だもう仲良くなったのか」

「いいだろ信一だって友達出来て嬉しいだろ!?」

「あはは、うん。ありがたいよ」


 苦笑いじゃないか。大地はちょっと強引なトコあるからなあ……でも、クラスに馴染めそうでよかった。


 信一と俺も友達になり、大地に混ざりながら雑談をしていく。なんでも親の急な転勤に巻き込まれてこんなど田舎までやってきてしまったらしい。東京暮らしを大地が羨むと信一はまたも苦笑する。


「そう? 僕はここの雰囲気好きだよ。喧騒はないけど、人はいて活気がある。ちょうどいい感じ」

「あー、でも東京は人すげえからな。前行った時さ、晴がいなきゃ俺遭難してたぜ」

「こいつ電車ことごとく間違えるんだよ。スマホで電車の路線見るだけなのにさ」

「いや! あのごちゃごちゃ具合で行きたい路線見つけるのマジきついって!」


 何だかんだ俺は信一を気に入り、雑談も興に乗って色々と話し込んでいた。お昼には裕子と友達の郁美と麗奈もやってきて会話に加わり、帰りにはまた何人かで集まる約束になった。


「晴は来ないの?」


 子犬みたいな寂しげな表情でこっちを見るな。こっちに罪悪感を抱かせないでくれ。


「ごめん、俺は道場に通ってるんだ」

「へええ……何をしているの?」

「剣術」

「こいつ、先輩の鎮さんって人にゾッコンなんだぜ」

「え? 女の先輩なの?」


 大地はたんにジョークでゾッコンと表現しただけだし、信一はたんなる勘違いをしただけだ。だが、何日も前からあらぬ妄想に悩まされていた俺にはピンポイントな精神攻撃だった。


「馬鹿野郎! 鎮さんは男に決まってるだろ!」

「お、おう……そうだな」


 何も怒鳴る事はなかったのにな。俺は謝った後にそそくさとみんなと別れた。




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