第十三話、買い物も案外悪くない、かもしれない。
第十三話
俺をからかおうという意図が見え見えなソラを無視し、俺は雪弥へ話しかける。
「その分だと、裕子から話を聞いてなかったようだな」
「あ……え、えっと。少しは聞かされてました。でも、本当に鎮先輩なんですか……?」
姉によく似た顔つきの雪弥は、いつも通りのおどおどとした態度でこちらを横目で見つめてくる。
「生憎な」
「本当なんだ……ちょっと、手とか握ってみてもいいですか?」
俺が無言で手を差し出すと、両手でつついたり包み込んだりしてくる。
「本物の手だ……女の人の手みたい」
今は本物の女の体だから、当然だ。
「何だかずっと触っていたい、かも」
このまま十数秒ほど無言で俺の手を撫で続ける雪弥。もういいだろうと振り払うと我に帰ったのか顔を真っ赤にして謝ってきた。
「ご、ごめんなさい!」
「気にするな」
「あらぁ? 雪弥ったら、鎮さんの手を握って何してたのかーしらっ?」
「姉さん! 別に何でもないったら!」
「鎮さんの手に何かあるのかしら? 触ってもいいですか?」
別に構わないと俺は手を差し出し、裕子に触らせる。
「あ、あ……あー……雪弥の気持ち分かるかも。ちょっとひんやりしてて気持ちいい」
うっとりとした表情で裕子は目を瞑り、頬に俺の手を当てる。だが、すぐに晴が駆けつけ裕子の手を叩き落とした。
「おい! 鎮さんに失礼だろ!」
「あっ! そうだね、ごめんなさい! でも晴君も触ったら分かると思うなー? 鎮さんも別にいいでしょう?」
「別に構わないが、どうということもないと思うぞ」
「そんなことないです! ほら、晴君!」
「えぇ……」
幼馴染を呆れた目で見ていた晴は、俺と握手を交わす。
「どう?」
「別に何もないっつの」
平静を装って俺の手を離す晴の表情の中に、幼馴染すら見逃す微かな動揺が走ったのを俺は見て取ってしまった。俺の手に何があるというんだ?
「えー、でもでも。触り心地最高じゃない?」
「あのなあ……人の手の触り心地なんか気にしてるんじゃねえよ」
「そうよ裕子。こいつの手なんて!」
「悠乃ってば相変わらず鎮さんにきついなー。触ったら分かると思うんだけどなー、ねえ雪弥?」
「う、うん……」
「そろそろお店に行くわよー」
雪乃さんの号令一下、俺たちはショッピングモール内部へ入る。人数も多いので晴と裕子、悠乃、ハンナ、旭子、雪弥の六人とは別れ俺と雪乃さん、仁輔さん、ソラの四人で礼装の選定に入る。
雪乃さんの助言を受けつつ、冠婚葬祭用のスーツなどを何着か買い込んでいるうちに、お昼になったので一旦集まってフードコートで食事を取ることとなった。
「鎮!」
新しい服に身を包んだハンナが手を振りながらこちらへ駆けよって来る。
「どうです? 似合ってるでしょう」
「ああ、似合っている」
俺が肯定すると、笑みを浮かべながら俺の手を取り引っ張る。
「旭子も新しい服を買ったんです。見てあげてください」
ハンナに引っ張られ、裕子の背の後ろにいる旭子まで俺は連れてこられた。
「ほら、鎮さん来たよ」
「あ、裕子! いきなり避けないで……」
俺と対面になった旭子はおどおどとして近場に立っていた悠乃の後ろに立とうとする。
「あのね! あいつに見てもらいたくて買ったんだからビクビクしてんじゃないわよ!」
「ちょっと! 押さないでよ!」
悠乃に背を押され、結局俺の前に立った旭子。足の良く見えるスカートに、肩や鎖骨部分が丸見えのセーターという露出の多い服装は、確かに人前に出るには気恥ずかしさを覚えるに十分だ。
「変、かしらね? あはは……」
「似合っている。堂々としていろ」
「鎮さん……その、ありがとうね」
旭子は目を潤ませ呟くように俺へ感謝する。ありがとうの一言の含意を俺は図りかねたが、旭子は今この場で笑っていられることも含めて言っているような気がした。
「気にするな。さあ、昼飯にしよう」
「あっ、鎮さん」
俺が旭子の手を引いて雪乃さんたちのいるフードコートまで行こうとすると、旭子の反対側の手をハンナが握る。
「旭子。これからは楽しんで生きましょう。私と鎮、他のみんなも旭子と一緒ですよ。ね、鎮?」
「その通りだ」
旭子の目から涙が零れだすのをあえて無視してハンナと一緒に歩調を速める。
「旭子ー、急がないとソラが腹を空かせてフードコートで暴れ回っちゃいますよ~」
「そうだなハンナ。走るか」
「はい!」
俺とハンナの掛け合いの何かが琴線に触れたらしく、旭子は涙を零しながらも口元には笑みが浮かんでいた。
「ふふっ、そうね! 私も負けてられないわ!」
「あ、でも。人ごみで走るのは迷惑ですね。走るのは止めときましょう」
「そうだな」
「何よもう! 二人してからかって!」
ハンナと旭子の表情は笑顔に変わり、俺の口元もいつのまにか口の端が緩み笑顔になっていた。