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第十二話、危惧はある。それでも約束は違えはしない。

第十二話



 それからまた数日が経過し、雪乃さんと約束をしていた日曜日が訪れてしまった。この新たな体になってから十日が経ち、ある程度の慣れが生まれてはきていた。それでもまだスカートに身を通す気にはなれず、パンツスタイルの服装で一式を整える。


「うわあ! すごい綺麗ですよ!」


 俺の部屋に入り込んできていたハンナが興奮気味に俺の周囲を回っては様々な角度を付けながら凝視してくる。


「鎮も着こなしセンスがレベルアップしていますね。私が隣を歩いていたら見劣りしそうで怖いです」

「冗談だろう、ハンナほど綺麗な女を俺は知らないぞ」


 あまりの謙遜を前に思わず口に出た言葉は、事実ではあったがハンナが顔を真っ赤に染め目を潤ませてきたのを前にすると後悔の念が生まれてくる。


「ま、鎮……鎮!」


 感極まったハンナが抱き付いて体を密着させてくる。ハンナなりの全力の抱擁はしばらく続き、多少顔の赤みが取れてからハンナはようやく離れた。


「女になってから口説き文句を覚えるなんて鎮は罪作りですね」

「うるさい、みな待っているだろうから行くぞ」

「はぁい」


 ステップを踏みながら俺の後ろをついてくるハンナを連れ、俺は階下へ降りる。


「ふふふ、綺麗だぞ鎮」

「お前が言うかソラ」


 十日という時間でゴーレムを複数体作り上げたソラは、それらを配置するから外出の自由を求めていた。実力を俺自身が試したところ、今の晴と五分五分といったところだろうか。戦力的には十分と判断し、俺は共に外出することを許した。ゴーレムが破壊されたことは作成者たるソラは感知できるとのことなので、万が一の際は即座に駆けつけることも出来る。



「何を言うか、我の見た目が最高なのは当然。それに伍するのを光栄に思うといいぞ」


 自信に溢れたソラは今や俺より高い身長を使い、俺に上から覆いかぶさる。壁際に立っていた俺を追いつめ、顔と顔が鼻先まで触れ合う。あわや唇が当たろうかと言う段階でハンナが能面のような表情になってソラを引っ張っていく。心配せずとも俺自身で脱せたのだが……。


「おはよう鎮さん! その服似合ってるわね」


 買い物に出かけるのがまだ二回目で楽しみでしょうがなかった旭子は、昨日からそわそわとしていた。今日も朝から早く起き、買ったばかりのワンピースに袖を通して忙しなく動き回っていた。


 今も満面の笑顔で俺の両手を握っては上下に振って来る。果ては俺も巻き込んでその場で回ろうとしてくるが、流石にそこまで付き合う気にはなれない。円運動を試みた旭子は俺が動かなかったために体勢を崩して足を滑らせてしまう。


「あまりはしゃぐな。怪我をするぞ」


 俺は転ぶ手前で引っ張り抱き寄せてやる。


「ご……ごめんなさい! 私……」


 視線を二転三転させ、顔を赤くした旭子を離しこちらを見ていたハンナに軽く苦笑して見せる。ハンナもソラを説教しながらやれやれとボディランゲージをしてみせる。


「いきましょうか鎮」

「そうだな」


 俺の車に全員を乗せて、雪乃さんが指定したショッピングモールへ向かう。到着し、待ち合わせ場所へ向かうと晴とその両親、それに幼馴染の裕子とその弟、さらに晴の同級生である付島悠乃が立っていた。


「あらー! いいじゃない! 流石鎮さんね!」

「うわあ……すごい綺麗です!」


 俺たちに気が付いた一行のうち、雪乃さんと裕子が駆け寄ってきてハンナのように俺を見回してくる。興奮気味に俺の何処かいいのか目の前で会話されるのは、複雑な思いだ。何だか姉上が学校から帰って来る度に俺にグチグチ言いながら倒れかかってきた理由が今更ながらに理解できるようになった。服を着替える度に大仰な反応をされる側は面倒極まりないに違いない。


「鎮さん! おはようございます」

「おはようみんな。それにしても鎮くんは、ちょっと困るぐらい可愛くなっちゃったね」


 この二人も俺を見て頬を染め、あらぬ方向に視線を逸らしている。そんなに刺激が強いのだろうか。姉上なら長年の経験でどういった格好が目立たないか熟知しているだろう。気は進まないが、一度会って相談してみるべきだろうか。


「あら? 仁輔さん?」

「もちろん雪乃を一番最高に愛しているけどね!」

「私の方が愛しているけどね! うふ、なーんちゃって。それより初対面の子がいるわね。鎮さん、紹介してくれるかしら」


 俺はソラと旭子のことを紹介する。二人のことは仕事の関係者と告げて紹介したため、素性について質問が飛ぶことはなかった。一方でソラの姉上にすら勝るとも劣らぬ美貌は雪乃さんの目を惹きつけたようで俺が先程遭ったように興奮気味にソラへ色々と質問を投げかけていく。旭子は俺が紹介した後に会話に参加しあぐねていたが、ハンナと裕子が上手く誘導して上手く溶け込めそうで何よりだ。晴は雪乃さんに一瞬恐ろしい声音で話しかけられて冷や汗をかいていた仁輔さんと何やら会話をしている。裕子の弟である雪弥<セツヤ>は、俺の以前の姿を知っている故に今の俺を見て呆然と動きを停めている。雪弥は晴に憧れて三谷流を学ぶ弟弟子のような存在だ。多少は俺について聞かされてはいたんだろうが、流石に驚きを隠せないか。


 俺が雪弥に話しかけようとした時、成人女性の平均身長程度にまで小型化した俺よりも一回りは小さな付島悠乃が服の裾を引っ張って頭を下げるようジェスチャーしてくる。


「どうした」

「どうしたじゃないわよ! あの白銀の髪の! あれは一体何なのよ!」


 付島は高校生でありながら中学生になりたてのような見た目をしているが、その実退魔師の家系の一員だ。といってもとうの昔に廃業したようだが、それでも今でも異能をある程度は受け継いでいるようでソラの異常なまでの力を見抜いてしまったようだ。小声で叫ぶという器用な真似をして俺の耳元でがなり立ててくる。


「ソラは龍だ」

「り、龍……龍!? ば、馬鹿じゃないの! そんな怪物よくも連れ歩けるわね!」

「安心しろ。危害は加えん」

「本当かしら? その情けない見た目じゃ信じられないわ」


 ソラに対し、恐怖の視線を送った後に付島は旭子たちとの会話に笑顔で加わっていく。代わってソラが俺の隣に立つ。


「我を恐怖するか。当然ではあるが寂しいものだ」

「いずれソラを恐れる必要がないと気が付く」

「そうだろうか。あれはマモルを信用していないようだぞ。それにアレからは異臭がする」

「流石だな、気が付いたか」


 付島の力の根源は異界から来ていると聞く。付島の一族は力の根源との接触を断ち、退魔師として戦うことを捨てた。だが、付島悠乃はどういう訳か力の根源との接触を受けているようだ。古来よりこの地を守ってきた三谷家が、幼少の頃より異界の怪物に怯え続けた付島悠乃に気づかず彼女は孤独に戦っていた。


「だから付島は三谷家を信じられないという訳だ」

「なるほどな。今の彼女は守れているのか」


 付島が晴と共に黒幕と見られる黒いローブに身を包んだ男と戦い、そして俺が男が変身した魔之物を祓って以来異界の怪物は大きく力を落としている。今でもなお異界の怪物は姿を見せると聞くが、大きく力を落とし付島悠乃一人で容易に撃退出来ている。


「万が一の際は晴や俺が付いている。過去は助けられなかったが、これからは付島を一人で戦わせはしない」

「ほう……しかし、異界由来とは気がかりだな。黒幕の件は解決したのか」

「いや、手がかり一つ残さず消失してしまった。数か月前から手詰まりだ」

「我が調べてやろうか? 何かつかめるやもしれん」

「いいのか」


 異界から来たソラならば、あるいは俺が調べても見つからなかった何かを見つけ出せるかもしれない。だが、俺より遥かに永く生きてきた龍を成果の見込めない、徒労に終りかねない調査へ狩りだすことを俺は躊躇した。


「ふふっ」


 俺の問いに、ソラは尊大に笑って見せ俺を見下ろす。


「マモルよ、我の騎乗者なのだから好きに使え。これくらい命じていいのだぞ?」


 思い返してみれば、俺はソラをいつ来るともしれない敵に備えロッジの防衛に縛り付けていた。何かやりがいのある仕事を欲しているのかもしれないな。


「いいだろう、やってみろ」

「任せておけ」


 自信に溢れる高貴な微笑みをたたえたソラは俺の目の前で振り返り、背を向ける。そしてまた振り返ってこちらと目を合わせた時には顔つきが稚気めいていた。


「ま、今日はマモルのファッションショーでも見て楽しませてもらおうかな」



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