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第十一話、旭子は二人旅を楽しんでいる。

第十一話



羽矢に付き合い駅近辺で時間を潰した後、暇なのか羽矢は空港まで見送りに来てくれた。


「わざわざすまないな」

「いーっていーって! 楽しませてもらったしね!」


 また服を買う羽目になったが、どうしてこうも服が増えていくのか。羽矢曰く、この体に色んな服を着せてずっと眺めていたいそうだが、もし姉上も友人らに同じ扱いを受けていたのだとしたら……いや、姉上は服をたくさん買い込み俺に見せつけるような性格だったからそういった心配事とは無縁か。数日後にはロッジに十数着の服が荷物として届くことになっている。


「いやあしっかし私らにナンパしかける馬鹿がいるなんて驚いたね!」

「本格的な馬鹿だったな」


 普通、鍛錬を積んでいる人間の独特の雰囲気を察し、喧嘩をしかけるべきか否か程度分かりそうなものだが……俺たちの見てくれだけしか目に入らない愚か者がいた。羽矢が少し剣呑な雰囲気を発しただけで足を震わせへたり込んで逃げていったから、特別何かがあった訳ではないのだが、人口が多いと馬鹿の絶対数が増えてしまうのだろう。


 今も遠巻きにこちらを見る者は少なくないが、声を掛けようという人間はいない。常人と違う気配を前に、声を掛けがたいのだ。


 アナウンスが俺の飛行機への搭乗を促す。そろそろお別れのようだ。


「今日はありがと! 会えてよかった!」


 羽矢の別れの言葉を背に、俺は再び三谷市へ帰った。




 一時間半ほどの飛行時間を終え、空港に降り立つとハンナが手を振って来る。何故ここにと思ったが、北条が連絡したのだろう。


「お帰りなさい鎮」


 俺が近づくとハンナの表情が緩んで笑みが零れる。このとき何故か俺は帰ってきたという思いが心中にこみあげてきた。


「わざわざ来ることもないだろう」

「ふふ、いーじゃないですか。あれ、何だか服装が変わっていますね」

「俺が今まで何処にいたか北条から聞いたか?」

「北海道でしょう? あの人、もっと早く言ってくれればいいのに……あっちで服を買ったんですね。やっぱりあっちは寒かったですか?」

「まあな」

「待ってたら疲れちゃいました。帰る前にお茶でも飲んできましょう」


 俺も飛行機内では何も口にしていない。喉が渇いてきていたところだったので、ハンナへ頷いて見せる。


 空港内部の喫茶店に入り、今日の出来事をハンナに聞きだされる。羽矢と再会した話は既にえすえぬえす経由でハンナは知っていたようだ。


「鎮は紗枝さんのノリには弱いですよね。これなんか私の一押しです」


 勝ち誇るような笑顔でスマートホンの画面から俺がスカートを履いた写真を見せつけてくる。俺が露骨に苦々しい表情を見せてもハンナは楽しそうだ。


「こういう可愛いの私もっと見てみたいんですけど。ちょっと頬が赤くなってて最高に美少女! って感じですよ」

「ふん、もう慣れた」


 甘いな、一度目ならともかく二度三度と同じ目に遭えば俺にも耐性が付く。スカートを履く程度今の見た目ならば何の恥辱にもなりえない。


「あー……駄目ですよ鎮そんな表情人前で」

「何だ」


 唐突に照れてあらぬ方向に視線を向けるハンナ。一体どうしたというんだ。


「いや……その、ちょっと刺激がヤバいです」


 手鏡を手渡してくるので自分の顔を見てみると、どうもまだ完全に羞恥心を抑え切れてはいなかったらしい。頬の辺りと耳の辺りが僅かに赤くなってしまっていた。ふと、店内に目を遣ると俺と目が合いそうになって慌てて目を逸らす客や店員たち。中には目が合っても惚けたようにこちらを見続ける者もいる。


 何ともきまずい思いを覚えた俺は店を出ることをハンナに提案し、俺たちは帰宅の途に就いたのだった。




 数日後、俺と旭子は新幹線に搭乗していた。日程の調整が済み、今から退魔師の経営する大学病院へと向かっている。


「鎮さん鎮さん! ほら、見てみて」

「ん、これおいしいわ。ちょっと食べてみて」

「へえー、じゃあそのアイスください」

「ふうん……鎮さん見てみて。ほら、この雑誌のここ。こんなお店があるんですって。美味しそうね」


 窓際の席に陣取る旭子は新幹線に搭乗した経験はなかったようで、年甲斐もなくはしゃいでいる。二時間ほどの搭乗時間は、旭子といるとあっという間に過ぎてしまった。


「う……やっぱり東北は寒いわね。着こんできたのに」


 先日ハンナと日用品を買い込んできた旭子は帽子に手袋、マフラーも装着しているがそれでもなお寒がっていた。


「ちょっと鎮さん本当にそれで寒くないの?」

「寒くない」


 俺もコートを着て寒さに備えているのだが、手や首元をさらけ出しているのが信じられないらしい。


「こっちだ」


 駅構内を抜け、待ち合わせ場所に待たされていた車に乗り東北一の大都市の道を進んでいく。


「案外雪はないのね」

「ははは、まだ十一月ですからね。積もったりは中々ないですよ」

「へー、こんなに寒いのに。ね、鎮さん」


 運転手と会話を交えながら数十分ほど時間が経過し、広々とした大学キャンパス内に車は停車した。無駄に広い敷地内は点々と建物が存在するが、多くは木々で覆われてしまっている。利便性を考慮したのか、大学病院はキャンパス外周を通る道路に接するように建てられ病院には多くの人々が足を運んでいる。


「さあ、こちらにどうぞ」


 病院上層にある病院長室へ案内される。運転手が扉を開けると白衣を纏い、丸眼鏡をかけ禿頭がキラリと輝く中年男性が豪快に破顔してこちらへ近寄って来る。


「やあ、来たね!」

「お久しぶりです、兼頼さん」


 兼頼さんが伸ばした手を取り、握手をする。相変わらず筋骨隆々の頑丈な手だ。医学の道に進んでいるものの兼頼さんもまた退魔師としての力を秘めている。百八十糎の大柄な体躯は、俺を上から見下ろしてきた。


「そちらが菱田旭子さんかな?」

「はいっ。初めまして、今日はよろしくお願いします!」

「はは、こちらこそよろしくね」


 幾分緊張した面持ちで兼頼さんと握手を交わす旭子。運転手には下がってもらい、俺たちは三人だけになる。


「寒かったろう? 秘書が今お茶を持ってくるから飲むといい」

「ありがとうございます」


 持ってこられたお茶に手を付け、人心地入れた後本題へと入っていく。


「今日はうちの施設を使わせて欲しいんだったね。好きなように使って構わないが、一体何をしようというのか教えてくれないかい」

「はいっ。まずこの資料を見ていただけますか?」

「うん? これは……鎮君のデータ、とでもいうのかな」

「はい、それを見た上で十ページ目に目を通してもらえますか」

「ふむ」


 正直、ここからは俺の知識では何を話し合っているのか理解が及ばなかった。同様に身体検査も俺には何が進められているかは分からない。血を抜かれたり、謎の機械の中に入るよう促されたり、さっぱりだ。訳の分からないままに俺は検査に付き合う。挙句、ヘリに搭乗し遠見家が経営している退魔師向けの秘密研究所にまで赴いて検査を進めているうちに夕暮れへと変わってしまった。


 兼頼さんとは最初の面会以来顔を合せなかったが、今日は施設を自由に使わせてもらった。帰る前に俺たちは再び兼頼さんに会う。


「今日はありがとうございました」

「鎮君、気にすることはないよ。うちの一族は君に随分と手助けしてもらっているからね。そのほんのお礼さ」


 いくつかのデータは本日中には結果が出ないそうで、後日ロッジへと送付するのだと旭子と兼頼さんは話し合う。


 いざ、別れる段になって俺はふと兼頼さんが俺の肉体の変化について何も言及してこなかったことに気が付いた。


「兼頼さん。俺の体……」


 俺が何か言おうとすると、兼頼さんは微笑みながら口に人差し指を立てる。


「今はいいじゃないか。鎮君が受け入れられるまでは、ね」


 兼頼さんなりの気遣いだったのか。確かに俺はまだこの肉体に何処か嫌悪感を抱いてしまっている。間違いなく、俺の体なのに。元の体に戻りたいのは間違いがないが、それでも今の肉体もまた受け入れてやらなくてはいけない……のかもしれない。


 兼頼さんに別れを告げ、俺たちは再び新幹線に乗る。行きでのはしゃぎようとは打って変わって旭子は今日一日で疲れたのか、座席に付いてから十分も経たずに俺の肩へ頭をもたれかけてきた。規則正しい寝息が耳元をくすぐる。いつしか俺の瞼も重く沈んでいき、意識は夢の中に呑まれてしまった。


「鎮さん鎮さん、もう駅についたわ」


 依然として肩に寄りかかっている旭子の耳元での囁きで、俺は目を覚ました。いつのまにか二時間ほど眠りこけていたらしい。


「何だか動く気分になれないわ、鎮さん」


 目を覚ませばすぐに思考が明晰になる俺と違い、旭子は起きてしばらくはまだ呆けたように頭をうつろうつろとさせている。あげくまた目を瞑ってしまう有り様だ。俺が立ち上がろうとすると、旭子は腕を俺の腹に絡ませて邪魔をしてくる。


「鎮さんは寝覚めが早いわね、私まだ眠くてしょうがないわ」

「外に出ればきっと目が覚めると思うぞ」


 頭をふらふらとさせている旭子の手を引き、車内を出ると冷気にあてられ流石に旭子も目が覚めたようだ。


「うう……こっちも夜だと流石に寒いわね」

「おい、抱き付くな」

「でも、暖かいわ」

「邪魔だ」


 俺が突き放すと、渋々といった顔つきで旭子は離れるが握った手を放そうとはしなかった。


「もう自分で歩けるだろう」

「いいじゃない。邪魔にはならないでしょう?」


 日帰りなので荷物は旭子の手提げバッグ程度でそれは俺が持っている。旭子はバッグを持った方の逆側に陣取りくっついてくる。まるで子供のようだ。うっとおしいとは思ったが、そこまで歩くのに支障が出るわけでもない。


「ふふ」


帰宅の途につくまで、旭子は俺の傍から離れようとはしなかった。終始嬉しそうにする旭子を俺は引き離す気になれなかった。




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