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第八話、佐藤家及び宇藤裕子は混乱しきっている。

第八話



 皆が寝静まった頃、俺の部屋に入って来る者がいた。ノックもせずに寝室まで入り込み、今にもベッドへ潜り込もうとしている。俺は重たくなった上半身を起こし、侵入者と相対した。


「ソラ、どうした」

「ふふっ、夜這いと言ったらどうする?」


 ベッドに腰掛け、ソラは俺の頬に手を寄せようとする。


「斬り伏せるぞ」


 伸びる手を振り払い、俺は棘の籠った口調で警告をしておく。


「その零れそうな果実を味わえないのは口惜しいよ」


 ソラの視線が俺の着ている浴衣から溢れかけている胸に注がれていることに嫌気が差し、俺の目付きは自然と鋭くなる。


「分かった分かった。本題に入ろう」

「早く話せ」

「匂いがする。微かにだが……この世界の匂いでなく、我の住んでいた世界の匂いだ。今までこんなことはなかった」


 ソラの顔つきから微笑みが消え、真剣な眼差しがこちらを見つめてくる。


「何が起きている?」

「分からんよ。だが、長く生きた我は何か不穏な空気が流れているのを感じるのだ。勘に過ぎない、だが我の勘は外れたためしがない」

「近いうちに何かが起きるというのか」

「そう、警告だよ。ミイコは何か感じないのか?」

『ワシか? 特に何も感じないが』

「そうか……なら、勘違いかもしれないな」


 そのままソラは立ち上がり、寝室から出ていく。ミイコは、よからぬことが起きる前に警告をするが、それが外れた記憶がない。そのミイコが感じる何かがないと聞き、ソラは自身の判断を気の迷いと断じてしまったのだろう。


「ミイコ、ソラの警句は正しいだろうか」

『あれの意見は無下にすべきでないぞ』


 何かが起きる。備えておかねばならない。




 翌朝。俺は車で晴の自宅まで来ていた。この体で出会うのは勇気がいる。だが、この体で数年はいなくてはならないのならばいつかは会わねばならない。


 俺が車を停車させるのと同時に、鎧装服を纏った晴が玄関から姿を見せる。後ろからは幼馴染の裕子に、母親の雪乃さん、そして父親の仁輔さんが出迎えに現れた。


「おはようございます! て、あれ?」


 降車する俺を晴は惚けたような表情で見つめてくる。


「沙織さん? にしては、若いような……」

「違う。俺だ」

「いや、ええと? 誰ですか?」

『何じゃ。この不遜な態度を見て誰か分からぬのか?』

「ま、まさか……鎮さんなの!?」


 いち早く察した裕子は全身をわなわなと震わせ、無礼にもこちらを指さしてくる。普段礼儀のなっている裕子をして、こうも動揺させるのは今の俺の姿を見れば無理なかった。


 全員が驚きの余り言葉を失ってしまったので、俺はまず状況説明から始めることにした。室内へ案内してもらい、全員がテーブルに着く。


 呆然としている面々を前に、俺はいくらか真実を隠して今までの出来事を語った。雪乃さんが原因の一旦にあると知れば、深く傷つくだろう。俺が変化したのは、旭子の追手が放った攻撃によるものだと説明する。旭子の作った薬を撃ち込まれ、俺は女にされたのだとしておいた。


「じゃあ、鎮さんを変化させた菱田旭子って奴は今は鎮さんの仲間なんですか?」

「そうだ、今も俺を元に戻すための研究に身を費やしている」

「それって、信じていいんですか? 嘘をついてたり、しないんですか? 鎮さん、だまされてるんじゃないですか!?」


 声を荒げる晴を俺は睨む。


「俺は旭子を信じた」

「一度。その菱田旭子って人に会わせて下さい。俺も鎮さんと同じく、自分の目で判断します」


 晴はいつになく、俺の意見に突っかかってきた。今の俺の言葉には説得力が欠けているのか。それとも、今までの信頼が薄れようとしているのか。


「はい! はい! 私も質問あります!」


 俺と晴の間に生まれた剣呑な雰囲気を断ち切らんと、裕子は手を上に上げて大声を上げる。


「今の鎮さんはちゃんと戦えるんですか? 晴君を守るだけの力は残っているんですか?」


 裕子の質問には切実な思いが宿っていた。幼馴染の晴の安全を憂えているのだ。俺は正直に言葉を紡ぐ。


「確かに、以前より力は衰えた。だが、晴を守るだけの力は残されている」

「本当に?」

「ああ、奥の手を使えば依然と同じ力も発揮できる。安心しろ」


 裕子がホッとした表情を見せた次に、仁輔さんからも質問が飛ぶ。


「鎮君……いや、鎮ちゃんと呼ぶべきかな」

「いや、以前通りで構いません」

「そうか。鎮君、君が受けたような攻撃をうちの息子が受ける恐れはないのかな」

「ありません。もう、元は断っています」


 正確に言えば、男を女に変化させる術はほかにもある。だが、それらは既に解呪が確立された方法ばかりだ。仮に晴が女になっても、数時間もあれば元の姿を取り戻せるだろう。


「そうか、安心したよ。明日には晴ちゃんと呼ばなきゃいけない心配はないようだね」

「おい親父! すいません、鎮さん」

「気にするな」

「私も発言、いいかしら?」


 雪乃さんは晴と仁輔さんへわざわざ一人ずつ数秒間微笑んだ後に、俺の胸を指さす。


「鎮さん女になって日が浅いから、男の悪い視線に鈍感なのね。その大きなお胸にお熱な視線が集まっているわよ」

「なっ、母ちゃん何を言ってんだ!」

「わ、私は別に、そんな変な意味で見たわけじゃないぞ! ただ、確認のためにだね!」


 あからさまに動揺して口を滑らす二人に裕子は白けた視線を送り、雪乃さんは凄みの効いた笑顔で俺を立たせて後ろへ庇う。雪乃さんの隣に裕子も並び、男二人の視線を遮断してみせる。


「嫌だわ、うちの男たち」

「晴君……サイテー」

「さあさあこっちにいらっしゃい。あんな汚れた目で見られちゃ可哀そうよ」


 俺は雪乃さんに手を引かれ、リビングから離れた和室に案内される。


「ごめんなさいね、鎮さん。でもあんまり責めないであげてね。女になった鎮さん、すっごく綺麗だから私も見惚れそうなくらいよ」

「本当! 晴君が沙織さんって言ってましたけど、身内に似た人がいるんですか?」

「姉上のことだ。晴は姉上に一度会っている」

「そうだったの。一昨日会って以来だからその日に女の子になっちゃったんでしょう。服とか身の回りの物に困ったりしてない?」

「心配はいりません。喫緊で必要な品は備えてあります」

「本当? 下着とか、ちゃんと着られている? うちのシャンプーとリンス貸してあげましょうか?」


 ここから雪乃さんはまるで俺の母親になったかのように身辺への心配を口にする。思えば、晴の家族との付き合いも半年ほどになるのか。いつの間にか、ここまで親しくなっていたのだな。


 一通りの質問を済ませ、心配事が解消された雪乃さんはいつもの笑顔を取り戻す。


「とりあえずは大丈夫みたいね。でも、何か相談したいことがあったらいつでも私を頼ってね」

「ありがとうございます」

「よかったら私、一緒に洋服買いに行きますよ。そうだ! 来週の休みに行きましょう!」

「あらあ! それなら私もお供しようかしら!」

「それは気にしなくていい。ハンナが三十着も買ってきた上、母上からも二十着ほど頂いた。あれ以上あっても持て余す」

「何が何着あるんですか?」

「下着が十、靴下が五、洋物の上着が八にパンツが七。袴が七、道着が十、ワンピースが三」


 俺の発言に少ない少ないと連呼する二人。そうだろうか?


「それじゃあ靴は? 今まで履いていたのはもう履けないでしょう」


 今履いているのは専ら草履だった。姉上が置いていった靴も母上に持たされたが、あれは履く気になれなかった。ハンナは靴も五足は買っていたが、どれもこれも履く気の失せる見た目のものばかり。


「六足」

「ええ……それだけなの?」

「フォーマルな場で着る物、履けるものはちゃんと持ってますか?」

「それは持っていないな」

「あ! それはいけませんね雪おばさん!」

「そうね、一着はないと困るわよ。鎮さん大人なんだから」


 礼装か……この姿になっている間に着る機会がないとも限らない。気は進まないが、一着は用意する必要はあるだろう。


「それじゃあ来週の今の時間、ここに集合でいいですね!」

「いいわね!」


 妙に嬉しそうな二人。理由を聞いてみると、ハキハキと答えてくる。


「こんな綺麗な人の服をコーデ出来るなんてワクワクします!」

「私、女の子も欲しかったのよね……裕子ちゃんもいるけれど、まだ何も知らない子に一から教えていくのが楽しみね」

「袴も似合ってますけど、スカート着たら足が綺麗に映えるんじゃないかなー」


 そうだ。旭子も連れて行けば矛先がこちらから逸れるだろう。ちょうどあれも服に困っていた。いい考えだ、旭子を連れて行こう。




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