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陰と陽の戦い

 穴の空いた壁の奥に見える板張りの広い空間。

 普段は護身術の練習場として使われる部屋に二人はいた。


 二人の姿を視界に収めた僕は、黒く染まりうずくまる一路君に駆け寄りたい気持ちを抑え、手招きをしていた猪熊先生の斜め後ろに素早く移動する。


 「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」


 一路君は床に擦り付けた頭を両手で抱えて、小声で「ごめんなさい」を繰り返していた。


 「一路君……」


 「イチ坊、あの黒いのどうにかできるか? 少しずつだが黒い染みが広がって、威力が上がってきとる」


 上半身を中心に黒く染まった一路君だが、下半身に目をやると寝るときに着ていた青色のパジャマが確認できる。


 「やってみます」


 僕は早速『再生』で一路君の状態を戻そうとするが、『再生』自体が反応しない。

 『限界突破』を重ねがけしても無理だった。


 次に光の糸を操作して一路君の身体の中にいれようとする。

 一路君の糸は動かないか……

 なら、かんていさんの糸で……


 蹲る一路君の肩を抱き、僕は『限界突破』×4を使用して光の糸で黒い染みを追い出そうとする。


 「ぐっぅぅ、む、無理か……」


 黒い染みが侵食していない場所に、『かんていさん』の糸を隙間なく押し込めたのは確認できた。

 しかし、黒い染みを追い出すのは無理なようだ。

 それどころか気を抜くと、黒い染みが光の糸を押し退けようとしてくる。


 「いかんか?」


 「まだ黒い糸らしき攻撃が続いてます。せめてそれを防がないと……」


 僕は空から降りてくる黒い糸と一路君の間を遮るように身体を割り込ませてみる。


 「……駄目か」


 光の糸を体内に編み込んでいる効果だろう。

 黒い糸が押し退けられ、黒い糸が横にずれるだけだ。

 光の糸で黒い糸を断ち切ることも試したが無理だった。


 「そこに糸らしきものがあるってことだな?」


 「はい、ここに」


 僕が黒い糸を指差すと、猪熊先生がそこに手を伸ばした。

 しかし、黒い糸は猪熊先生の手では触れることができないようだ。


 「ふむ、言われてみりゃあ少し重いか?」


 猪熊先生も目に見えず、触ることも出来ない物には手を出しようがないようだ。この黒い糸を詳しく調べる必要があるか……よし。


 「猪熊先生。『かんていさん』を呼んでき――」


 「イチ坊、少し離れとけ」


 猪熊先生は僕の言葉を遮り、僕を一路君から遠ざけた。

 そして、「二個で足りるか……『軟化』」と言いながら結界石を二つ一路君を囲むように使用する。

 ――と同時に、一路君が「う、あぁ、ぁぁ……お母さんっっ!!」と叫び声を上げながら、両手を地面に置き顔をあげた。


 見えたのは黒い染みが根を張るようににじんだ顔。

 その顔は涙に濡れており、涙の源流となる目の色に白の居場所はない。


 「ああァァァ!! ごめんなさい! ぼくがニナを……だから、父さんが!! ぼくがっっ!!」


 「一路君!!」


 僕の声を無視して一路君の地面に置いた両手が消える。

 消えた両手の手のひらが自身の……一路君の目を覆い隠すように強く叩くと、


 空気が破裂した。


 パァァァァァァンッ!!


 一路君を囲む二枚の結界が膨らみ、今にもはち切れそうにグネグネと不規則に波打つ。

 猪熊先生は、そんな二枚の結界にスッと近付き両手で軽く結界の表面を押した。

 すると、不規則に波打つ結界が完全な球に近付き、安定する。

 それを確認した猪熊先生は、困ったように頬をかきながらこちらに顔を向けた。


 「ニナちゃんが嬢ちゃんと離れたがらん。それとニナちゃんが泣きゃあ、この黒い染みみてぇなもんがすぐに広がりやがる。ニナちゃんを無理に眠らそうとしてもな。あと、わしは兄ちゃんを泣かした意地悪爺さんだとよ」


 「それは……」


 「まあ、そういうこった。いっくん、上、お邪魔するぞ」


 猪熊先生はそう言いながら、結界石を一つ投げて足場を作り、再び頭を床に擦り付けている一路君の真上に立った。

 そして黒い糸が身体の中心線を通るように位置を取る。


 「どうだ? 体の中を通っとるか?」


 「は、はい、大丈夫ですか?」


 僕の声を聞いて、一つ頷いた猪熊先生は「よっ!」と軽い掛け声をかける。


 え!? く、黒い糸が猪熊先生の身体で止まった!?


 「と、止まりました!」


 「ふむ、こりゃ若いもんにはきついわな。イチ坊、いっくんを安全な場所に連れていって、はよう楽にしてやれ。意地悪爺さんは少し性悪糸しょうわるいとさんと話をする」


 「はいっ!」


 蹲まり震える一路君。

 その小さな身体を抱き抱え、僕は言葉を投げかけた。


 「一路君! 意識を強く持てっ! 必ず助かるからっ!」


 「い……おに、さ……」


 僕は一路君が絞り出した言葉に応えるように抱き寄せる力を強くし、光の糸で黒い染みを追い出していく。


 「う、ぅぅぅ……ごめ……ぃ」


 「大丈夫! よく頑張った! 強いぞ、一路君!」


 一路君は白の混じった虚ろな目を左右に動かし、周囲の様子を確認しているようだ。


 「ニ……ナは……ぅぅぅ」


 「うん、すぐに新菜ちゃんの所に行くからね。猪熊先生、すぐ戻りますっ!」


 「三日はもつ。早くいけ」とシッシッと手を振る猪熊先生を置いて、一路君をみんなの場所まで連れていこうと急いだ。


 移動中も光の糸と『再生』『調整』を使用して一路君を少しでも回復していく。

 小声で謝る一路君の顔を覗くと、あの泣き顔と声が頭で再生された。

 思わずやりきれない気持ちが声となり漏れそうになる。


 僕がもっと的確に一路君をケア出来てたら……


 くそっ!! 泣き言を口にする暇があるなら、もっと脳を、足を速く動かせっ!!


 絶対に助けるぞっ!!




 みんなが集まっていたリビングまで壁を透過してたどり着くと……新菜ちゃんを全力であやす集団に出会った。


 ……そういや、新菜ちゃんが泣くと一路君の黒化が進むって言ってたっけ。

 頼みの綱の『かんていさん』も、一路君の影響だろうかソファーで苦しそうな顔をしているようだ。


 テレビから流れる楽しそうな音楽と手に握られたカラフルな玩具。

 頭につけた動物達の耳や甘いお菓子の匂いからは深刻な雰囲気は一切感じられない。

 だけど、こちらも厳しい戦いだったに違いない。

 みんなの陽気で必死な顔が、そのことを物語っている。


 物語ってはいるのだが……

 先程との酷いギャップに、僕の胸の奥からなんとも言えない気持ちが涌き出てくるのを、どうしても止めることが出来なかった。


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