繋がりと歌
暗く優しい『夢所』のような空間で、僕はアリシャさんと二人っきりになっていた。
この空間もまた、アリシャさんの記憶の世界の一つなんだろう。
結果からいえば、『歌姫を僕の歌で元気にしよう作戦』は上手くいった。
自分でも信じられないが、この無謀な作戦は成功したのだ。
僕の歌声は異世界の歌姫の心をも動かし……てはなく、僕が歌う前からアリシャさんは元気になっていたようだ。
「だって、ずっと変な歌声が心の奥に響いてくるんだよ? なんか音程がおかしいし……頭がおかしくなったのかと思ちゃったんだからね」
『すいません。まさか練習している声が聞こえてるとは思わず、本当にご迷惑をお掛けしました……』
アリシャさんは笑って僕に話しかけてくれるが、まだまだ練習不足の下手くそな歌を無理矢理に聞かせた方としては、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
正直、とても恥ずかしい……
アリシャさんの光の糸を体に編み込んだ影響だろうか、僕の下手くそな歌の練習がアリシャさんに筒抜けだったらしいのだ。
「でも嬉しかった。自分だけのために歌ってくれるなんて初めてだったから……。あんな歌もあるんだね……」
アリシャさんの世界の歌は、神に捧げる神聖なものとして扱われている。
だから特定の人以外は、教会の外で歌うのは禁じられているのだ。
そんな理由もあり、アリシャさんの世界の歌は自由度が非常に狭かった。
神自身を讃える歌や英雄的な行為を人々に伝える歌か、それに類似した歌しか存在しないのだ。
『僕たちの世界で歌は神聖なものだけではないですから。感情や経験を表現したり、ときには笑わすための歌なんかもあるんですよ?』
「へぇー。とっても自由なんだね。私もそんな歌を歌ってみたかったな。人を元気にさせる歌を……どうせ死んじゃうんなら、みんなを笑わせてあげたかったよ」
たはは……と眉を下げて笑うアリシャさんは、僕の歌声を聞いているうちに本来の記憶を思い出してきたらしい。
「記憶がさ。ところどころ抜けてるんだけど……みんな頑張ってたんだよね。私も歌で応援してさ。ほら、私の特殊能力って限界突破でしょ?
みんな本当に魂を削って戦ってたんだよ? 神を……奇跡を信じて……。でも駄目だった。駄目だったんだよ……」
そうして、アリシャさんは語り始めた。
過去の……人類が敗北した記憶を……
「君と別れて10日ほどかな。スマフロのアップデートが始まって、お姉ちゃんと二人で戦ってたんだ。ま、知ってると思うけど、お姉ちゃんの片足を犠牲に何とか生き延びたんだよね。私達だけでなく、町の住人もね」
『……とても美しく感動的な戦いでした』
歌と踊りで巨大な怪物と戦うその姿は、まるで神話を降臨させた舞台のような美しさだった。
「そお? 戦ってる方は必死だから分かんないだよね。でも町の人も涙流して崇めてたし、お姉ちゃんも片足失ってるのに満足した顔だったから、それなりのものだったかもね。まあ、それからも大変でさぁ――」
それからお姉ちゃんの傷の手当てをして、感謝の言葉を伝えようと群がってくる人々に対応して、傷口をふさいだ途端に片足で踊る練習を始めるバカ姉を止めたりと大変だったらしい。
「あれ以来、世界中で怪物が現れるようになったんだけど。まあ、そんなに問題は起きなかったんだよね。なんか逆にいろんな技術が発展して、これから明るい未来に進むぞって感じだったんだ。でも、あの化け物……アムストラルがやってきて……」
『……アムストラルって、真っ暗な空に黄金色の目がある化け物のこと?』
「そう、そいつ。そいつ自体はなんとかしたのかな? うーん……悪いけど、そこからの記憶が曖昧なんだよね。なんか記憶が消えちゃってるみたい。でも……そいつのせいでお姉ちゃんが死んだのは覚えてる」
アリシャさんは上を見上げて、その時の光景をいま見ているかのように口を開く。
「あの時のお姉ちゃんは神がかってたんだよね。なんか『降臨』とかいう神様を体に宿す特殊能力も覚醒したみたいだったし……。
でもあいつはやっつけることは出来なくて……けっきょく相討ちだったのかな? まったく……神様宿したんなら死なないでよね。なにが『幸せになれ』よ。なれるはず、ないじゃない……」
アリシャさんの上を向いた瞳から涙がこぼれる。
「それからは次から次へと現れる化け物達と、ずっと戦い続けてた。世界中の人々が戦ったんだよ。……でもみんな死んじゃった。
知ってるよね? 限界突破ってとっても苦しいでしょ? みんなを私の歌で苦しめるだけ苦しめて……結局みんな死んじゃったんだ。
どうせ死んじゃうんなら、もっと楽しい歌を歌いたかった……みんなを、お姉ちゃんを笑顔にしたかった!」
アリシャさんの両手が強く……強く握られ、言葉に嗚咽が混じる。
「っ……ごめんね。お姉ちゃん。幸せにっ、なれなかったよ。お姉ちゃんの最後の願いを叶えてあげられなかったっ! ごめんなさい。ごめん……なさい」
『アリシャさん!』
膝をつき泣き崩れるアリシャさんを支えようとするが、僕の手は何も触れることはない。
何度も声をかけるが、アリシャさんには届いていないようだった。
……僕はアリシャさんへと繋がる光の糸を、球体にして暖めるように抱き締める。
そして慰めの言葉を……少しでもアリシャさんの心の支えになるような言葉を探すが、僕の出来の悪い脳はそれを取り出せないでいた。
そんな僕が無意識に口にしたのは歌だった。
僕と同じように音痴な父さんが……そしてその歌声を笑いながら母さんが、まだ幼い僕や二美によく歌ってくれた歌たち。
僕は歌う。
なんとかしてアリシャさんを支えようと……
その悲しみを薄めようと……
下手くそだけど気持ちだけは精一杯込めて歌った。
……思い付く限りの思い出の曲を歌った僕を睨み付けるアリシャさんは、いつの間にか泣き止んでいたようだ。
僕は少しホッとしたが、何故かずっと無言で睨まれている……もしかして今度は怒らせてしまったのか?
とりあえず声をかけようと僕は口を開いた。
『あ、あの 「イチ君」 はい!』
「……ありがと。君の歌は温かいね」
アリシャさんは目を閉じて、胸から飛び出る光の糸を両手でゆっくりと押し込めるように抱き締める。
「この糸のおかげかな? 君の気持ちが凄く伝わってきたよ。本当にありがとね」
『い、いえ、僕の歌なんか……』
子供のような笑顔でストレートに褒めてくるので、正直テレてしまう。
「でも! ……泣いてる年上の女性に対して、幼子をあやすような気持ちで歌うのはどうかと思うけど? 君は私のことをどんな目て見てるのかな?」
『え? そこまで分かるの?』
頬を膨らませて怒るその姿は、間違いなく年上の女性に見えない。
「君の感じている私への感情が、いまも凄く伝わってきてるんだぞ! 誰が幼女かお姉さんに言ってみなさい! こら! 目をそらすな!」
泣いて、笑って、怒る、感情豊かなアリシャさんはとても可愛らしい。
そんなことを思っていると、アリシャさんがピタリと止まった。
『あっ、もしかして今の思考も?』
顔を赤くしてフーッと猫のように威嚇するアリシャさん。
僕は目の前の可愛らしい生物から意識をそらすために、光の糸の使用方法について考え込むのだった。




