マグロとカツオ
渡との話も終わり部屋の外に出てみると、廊下の壁や床、天井など……ありとあらゆる場所がピカピカと輝くほどに綺麗になっている。
「……なんだ、これ」
なにが起きたのかしばらく理解できなかったが、時間とともに昨日の話し合いを思い出した。
そういや、猪熊先生が一路君に「掃除は出来るか?」って聞いてたけど……
床を何度か踏みしめてみるが、ワックスでもかけたようなピカピカの床は、その見た目と違って滑りやすくはないようだ。
……特殊能力かな?
綺麗になりすぎた家の中を歩き、僕はリビングへと移動した。
「おはようございます」
「あ、イチお兄さん。おはようございます」
「おう、おはよう。いっくんの掃除はえれぇもんだな。新築より輝いているじゃねえか」
猪熊先生と一路君はテーブルで向い合わせで座っていた。
一路君の隣では、かんていさんが立って、こちらにお辞儀をしている。
「やっぱり一路君が掃除したんだね。あまりにピカピカでびっくりしたよ」
笑って声をかけると、一路君は照れくさそうに頭をかいた。
「ねる前にかんていさんに相談してみたんだ。そしたら、こんなになってボクもびっくりしちゃった」
「特殊能力『快適』『美化』『範囲指定』を使用しました。過ぎた輝きは、あと一時間程度で一般的な美しさになると推測します」
かんていさんは相変わらずの表情で、スラスラと説明してくれた。
「ま、ずっとピカピカするのもなんだが、たまにはこんな朝も良いわな。咲さんと美紗さんは朝御飯の準備をしてるから、顔でも洗ってこい」
僕は返事をすると洗面台へと顔を洗いにいくことにした。洗面台につくと顔を洗った後の父さんが、タオルで顔を拭いている。
「あ、父さん。おはよう」
「お、おはよう。洗面台もう使えるよ」
「うん、ありがと」
父さんは洗面台を僕に譲ると、顔を洗う途中で話しかけてきた。
「……昨日も夜遅くまで起きてたんだな?」
「ちょっとやることがあってね。それに昼間、夢所でいっぱい寝たから」
「そうか、二美も昨日は夜遅くまでダンジョン経営? を頑張ってたよ。「スタートダッシュしたら、あとが楽になる」ってね」
「……そうなんだ。無理してないといいけど」
「まだ寝てるから、顔を洗ったら起こしてあげなさい。それと……内緒にしていたが、お父さん達もスマフロをしているんだ」
「……うん」
鏡越しに少し笑っているが、真剣な目をした父さんの顔が見える。
「それで……これからは猪熊先生達と一緒にスマフロを攻略していこうと思っている。渡君や一路君の力も借りてね」
「……そうらしいね」
「もう聞いていたのか?」
「今朝、渡から聞いた……」
「そうか、聞いてたか……渡君にはお礼を言わないとな」
「僕には過ぎた友達だよ」
僕は笑って素直な感想を口にした。
「一……一もお父さんには過ぎた息子だよ。だが、間違いなくお父さんの子供だ。……みんなで幸せな人生にするぞ」
「そうだね。頼りにしてるよ。父さん」
「! ああ、いくらでも頼ってこい! これでも昔はゲームが得意だったんだぞ。インベーダーとかな」
「いや、それは役に立たないと思うけど……」
少し間をおいて、父さんと二人で声を出して笑う。
そこに、寝ぼけ眼の二美がやって来た。
「ふぁ~、なんか楽しそうだね。どうしたの?」
「いや、父さんがさ。スマフロを――」
いつもとは違うけど、いつも通りのやり取りをすることに、僕は幸せを感じていた。
「「「いただきます」」」
新菜ちゃんも起きて、みんなで朝御飯を食べている。
咲さんのだし巻き玉子は絶品だ。
「――イチお兄さん、また『夢所』に入るの?」
一路君が驚いた表情で僕を見ている。
「うん、だから一路君の手が空いている時間があれば教えてほしいんだ」
それを聞いた二美が、ジト目で僕を見ながら口を開いた。
「お兄ちゃん、また無理するつもりでしょ。なんでそんなに突っ走るかな」
「したくてしてるわけじゃないよ。けど、出来るときに出来るだけしとかないと後悔するだろ?」
「……まあ、いいけど。それなら私や父さん達が無理しても、今朝みたいに口出ししないでよね」
「そ、それは……善処します」
洗面室で夜遅くまでダンジョン経営してたことを注意したのだが……
二美はまだ根に持っているようだ。
「……この前、お兄ちゃんのことマグロっていってたけど、カツオにしとくよ」
「……なんでカツオ?」
僕の言葉を無視してご飯を食べる二美。
新菜ちゃんが不思議そうにかんていさんに質問した。
「どうしてカツオなの?」
「……戻りカツオを意識して選択したと推測します。無理して動いてしまうイチお兄さんに、『無事戻ってきて欲しい』といった気持ちを込めてカツオにしたかと」
「へぇー、そうなんだ。なかよし?」
「たいへん仲良しです」
新菜ちゃんがかんていさんと、とても楽しそうに会話をしている。
実に微笑ましい。
僕がニコニコしていると、二美は何故かプルプル震えているようだ。
「どうかしたのか? 二美。兄ちゃんはカツオでも気にしてないから大丈夫だぞ?」
「……あとでタタキにしてやるから」
僕達は美味しく朝御飯をいただいた。
一路君は夕方から時間が取れそうなので、一時間だけ『夢所』を使わせてもらうことにした。
かんていさんの説明では『夢所』は3年間しか入ることができないらしいので、そのぐらいが丁度いい。
一年ぐらいは保険で残しときたいしね。
午前中は二美のダンジョン経営を少し覗いて、ダンジョンの攻略をしていく予定だ。
一路君はこれ以上ダンジョンの攻略はしないらしい。
なんでもレベルを上げ過ぎても支障が出るとのことだ。
そして……一路君の職種は『願うもの』だった。
かんていさんの説明では、この世界の因果律に干渉できる職種らしい……
いやはや、恐れ入ります。
でも、職種は一つだけだった。
『超越鑑定』を獲得する前に職種を選んでしまったから、無職で15レベルまで上げると得られる『職種2』を獲得することは出来なかったそうだ。
そんなことを考えているうちに、二美の目の前にある黒い球体が操作盤へと変化を遂げる。
二美が操作盤を触ると、操作盤の奥にある白い壁にに大きなディスプレイが現れた。
「とりあえず、確認しながら説明するね」
二美が操作盤を触るたびに、様々な数値が表示される。
ぱっと確認してみたが、問題ないどころか僕が経営してたときよりも上手くいっているようだ。
あれ? 一日でダンジョンポイントが5倍になってるぞ!
ダンジョンの内部とダンジョンポイントの変化を画面に写しながら、二美はダンジョン経営の状況を説明を始める。
「ほら、一ツ星のダンジョンでも利益が出てるでしょ? ようするにダンジョンじゃなくて、バーチャルリアリティーのアミューズメントパークだと考えれば良かったんだよね。人数と滞在時間でダンジョンポイントを稼げば、一ツ星のダンジョンでもしっかり元は取れるんだよ? あとは経費を押さえる方法だけど……」
二美が手を加えた何ヵ所かの一ツ星ダンジョンは全て黒字だった。
そのダンジョンの中身は一言でいうならリゾート地。
常夏の海辺や絶景が広がる高原などで人々は優雅な時間を楽しんでいる。
「二ツ星までのダンジョンは特に物価が高いから、外から仕入れをしてるんだけど……あとはクライミングとか危険なスポーツも人気だよ。死んでもダンジョンの外に出るだけだし。現実では命をかけた危険な挑戦でも、ダンジョンの中なら外に放り出されるだけだから」
映像ではクライミングで滑落をしていた人が、五分後に照れ臭そうな笑顔で崖に向かって再挑戦をしている。
なんか崖の上からムササビみたいに飛んでる人もいるぞ!
宣伝は渡が担当しているらしい。
「ようするにモンスターや罠で対応しようとするから、経費がかかり過ぎるってこと。自然に近い建造物は維持費が少ないんだから、それでお客を満足させてダンジョンポイントを稼いでいるってわけ。山や海を倒そうとする人は、まずいないでしょ? けど倒される人は結構いるんだよね。ほら、また落ちた」
二美が黒い操作盤をスライドすると、次はモンスターと戦う人達が画面に写し出された。
「レベル上げや冒険を安全にしたい人は、それなりの対価を求めるようにしてみたんだ。ダンジョンマスターのレベルが上がって、ダンジョン内ならスマフロの画面にいくつか追加表示できるようになったから――」
スマフロの画面には、その人が放出したダンジョンポイントが2割引で表示されるようにしていた。
そのポイントでモンスターと戦える数などを決めているようだ。
「……もうダンジョンじゃないよな。コレ」
「ダンジョンを探索したかったら、三つ星と七つ星に行けば良いじゃない。怪我はするけど、怪我を治す為の施設も渡さんが手配してるし。ダンジョンポイントかお金が必要だけど、それは仕方ないよね」
怪我をする可能性を知っていて入るなら、それぐらい許容範囲だろう。
別に慈善事業をやっているんじゃないしな。
それより渡の体調が心配だ。
「あと、ゴミ処理場は徐々にゴミの量を増やしていくでしょ。……殺傷処分が決まった動物達の輸送もOKだし、鶏も飼い始めてるけど……大丈夫そうだね。あとは――」
二美は次々といろんな案を試していた。
あまり成功してなかったものもあったが、そういったものは小規模で試していたので問題はないようだ。
二美の方針は大きな儲けを目指すよりも、ダンジョンを攻略されないことを重視したダンジョン経営のように感じる。
攻略自体に目を向かせない、仮に攻略しようとする者がいれば、徹底的に酷い目に合わせる布陣だった。
「……大したもんだな」
「ん? いま褒めた?」
「ああ、本当に大したもんだ。僕がやるより、ずっと良い感じだ。うん、凄いよ。二美は」
様々な数値の変化が表示された画面を見ながら、僕は素直な感想を述べた。
「ま、まぁ、それほどでも……あるかな?」
二美は照れ臭いのを隠すかのように、顔をそむけて操作盤を触りだす。
「えー、とりあえず、こんな感じで進めていく予定。……何かあったら連絡するけど、何か意見とかある?」
「そうだな……もし問題が起きたら、絶対に隠さずに知らせて欲しいぐらいかな」
「わかってるって。そんなとこで意地を張るつもりはないから安心してよ。わが社の社訓はホウレンソウと心得ております! ってね。社長は秘密主義だけど」
「……誠に申し訳ない」
二美は笑って「ま、仕方ないよね」と呟いた。
そして現在、僕はハム助と一緒に一番近かったダンジョンの攻略に来ている。
そのダンジョンの入り口はとある無人島にあり、その扉はどこか神々の神殿を想像させる重厚な扉だった。
ダンジョンに入った僕達を待ち受けていたのは、そびえ立つ金の巨像の数々。
それらはまるで神話の神々をたたえる為に作られた巨像達……だったら良かったのに……
……それらは記憶から消去したはずの、呪われし装備達を身に纏う僕の巨像だった……
そいつらが、群れをなして僕達を追いかけてきている……壊したい。
だが、こいつらは非常に硬いのか、何度攻撃してもびくともしないのだ。壊したい。
その上、このダンジョンでの『地形無視』は使用不可にされているみたいなので、無視もできないオマケ付き。
新たに前方から現れた巨像は、かんていさんがプリントされたTシャツを着て頬を赤らめている。
その足元をちょこまかと走り抜ける僕とハム助。
「このダンジョンをつくった人は、絶対に頭がおかしいよおぉぉぉ~~!!」
カリヤが言っていた「趣味の悪い金持ち連中」の言葉に、全力で同意しながら僕達はダンジョンを攻略するのだった。




