整理
長子さんとの特殊な再会を終えた僕は、『隠密』を使用しながら寝室の前まで移動した。
「……ただいま」
小声で扉を開き中に入ると、ハム助が回し車で走っている。
「まだ走ってくれてるのか……もう1時過ぎなのに。いつもありがとな」
「キュッ、キュッ……」
僕はハム助にお礼を言うと、最高級のひまわりの種やミックスフードを用意してベッドで横になる。
「今日も色々あったな……」
目の上に置いた腕の隙間から、ボーッと天井を見ながら言葉が自然と口から漏れだす。
そう、色々あった。
二美にダンジョン経営を頼んで、一路君達と会って、カリヤに出会った。
『夢所』で修行して、アリシャさんに出会って、長子さんと再会したんだ。
「……過密スケジュールにも程があるな。でも……」
それでも、まだ足らない。
やるべき事は山積みだ……
『夢所』でも何度も考えたが、寝る前にもう一度整理してみるか。
一番重要なのはカリヤとの関係だろう。
下位世界……カリヤは僕達の世界をそう呼んでたな。
下位世界に対する話し振りは、まるで家畜……いや、まさにモルモットに対する対応のようだった。
そんな多くのモルモットの中に住んでいる、有益そうな細菌が僕、か。
……倒すことは、ほぼ不可能だな。
僕の『光の糸』を上手く利用すれば、一泡ふかすぐらいは出来るかもしれない。
奇跡が起きればカリヤを打倒できることも……だが、それだけだ。
金持ち連中って言ってたから、カリヤは独りじゃない。
たぶん僕達と同じか、それ以上の人数の社会が構成されてあり、その住人の一人と考えるべきだ。
その社会の一員をモルモットが危害を与えたらどうなるか。
……対決は最後の手段だな。
せめて、その世界での僕達を守ってくれる勢力を見つけないと、その手段はない。
もしくは、隠蔽できる手段……だな。
やはりここは交渉をメインに考えるべきだろう。
交渉を有利に進めるために出来ることは何だ?
僕の価値を高める事は有効だ。
実際、カリヤはカリヤなりに友好的に接してきたみたいだった。
あくまでも下位世界の住人にしては、だが。
少しでも、『光の糸』の価値に胡座をかけば、そっこうでバッドエンドに突入すると思う。
同情を誘うのはどうだ?
どうやら僕は、社会的に力のあるご婦人に気に入られているらしい。
そこに付け入る隙が……ないな。
僕の女性を扱う技術に、世界の命運をかけるなんて出来るわけがない。
……どうしようもなくなったら芸でも何でもしようかな。
それもバッドエンドの気がするが、みんなが死ぬのに比べれば……
とりあえず、みんなが不快になるような行動は避けよう。
したくもないけどね……あっ、歯磨きを忘れてるぞ。
僕は静かに洗面台へと移動して歯を磨く。
歯を磨きながらも思考は続けたが、全てが推測の域を出ないものだった。
寝室に戻った僕は、ハム助に「電気を消すね、おやすみ」と声をかけて横になる。
……とりあえず『光の糸』を極めよう。
考えることは多いが、実際にやれることはそんなに多くないんだ。
その中で何を優先するか?
選ぶとすれば、『光の糸』だと思う。
『光の糸』を知ることは全てに繋がる。
上位世界のカリヤ達はもちろん、長子さんやアリシャさん……
想像したくはないが一路君に対抗するとしても『光の糸』が鍵になるはずだ。
今度、一路君の職業を聞いてみよう。
一路君が、何を隠しているのかのヒントになるかもしれない。
別に不自然な質問ではないしな。
僕は光の糸を球状にして、胸にそっと抱いた。
「……ごめんなさい、かんていさん。一路君を守るためにも、僕に力を貸してください」
力が欲しい。
みんなを守れる力が……
僕の胸で光る相棒から『……うん』と、返事が聞こえた気がした。
僕はそのまま目を閉じて……
朝日がベッドで寝ている僕の顔に差し込んでくる。
その光を避けるように体をねじらせていると、だんだんと頭が覚醒し始めた。
ベッドの上で今後の事を考えていたが、いつの間にか眠ってしまったようだ。
あのアップデートから三日目か……
枕元でハム助がスヤスヤ寝息をたてている。
僕は少し笑うと、ハム助が起きないようにゆっくりと体を伸ばした。
「今日も頑張ろう」
自分に言い聞かせるように呟きながら、ベッドから起き上がり最初にスマホを確認する。
お、渡からの連絡が届いているぞ。
僕はスマホを操作して、渡に電話をかけることにした。
「おはよう、渡」
『……イチさん、昨晩はお楽しみでしたね』
「いや、楽しくないことはなかったけど、絶対に違う意味でいってるよね? それ」
怪しい言葉に指摘を入れる僕を無視して、渡は普通に話を進めてしまう。
『連絡の件だが―― 「え? スルーするの?」 今日からイチの両親、おじさんとおばさんの二人がスマフロをするってさ』
「……何の話だ?」
『イチの親を中心に、スマフロでレベル上げ等をするって言ったんだよ。理解できたか?』
……言ってる意味は理解できたが――
「なんでだ? なんでそんなことになったんだ?」
『みんな人格があるってことだ。個人個人でいろいろと考えがある。そうだろ? イチ』
……突然のことで思わず反発しそうになってしまったが、もし僕が家族の立場だったなら、家族を守るために行動するだろう。
父さんや母さんがスマフロをするのは当たり前か。
でも……
「危険はないのか?」
『危険なら山程あるぞ。外を歩くだけでも交通事故の可能性もあるしな。毎年、何件の死亡事故があるか知ってるか?』
「……過保護かな?」
『気持ちは分からんでもないが、親の立場を考えるとな。イチは自分の子供にそういう赤ちゃんプレイを希望する派か?』
「そんなわけないだろ!……わかったよ。ちょっと神経質になってるみたいだね」
『朝からメロドラマも良いが、一路たちには少し刺激が強すぎるからな』
「……そうだね」
昨日から一緒に泊まり始めた一路君達の聞こえる場所で、言い争うのはやめといた方が良いのはわかる。
喧嘩ではなくても一路君達が気遣うだろうし、居心地が悪くなるかもしれない。
『ああ、それと今後はすぐに返事が出来ないこともあると思う。ちょっと立て込んでてな。緊急の連絡先を渡しとくが、余程でないと使うなよ』
「ご苦労お掛けします。その連絡先は使ったら減ったり、困ることが発生する奴なのか?」
『そんなことはないが、無理して取った通話がつまらないものだったら流石に、な』
「了解。あっ、今日も『光の糸』を中心にやっていこうと思うんだけど、どうして糸の切れる選択先が長子さんだったか分かる?」
昨晩もいろいろ考えてたが、そこは全然分からなかった。
なんせ、長子さんに対する記憶も覚えたてだし、感情もない状態なので想像がしにくいのだ。
『……あの状況でイチが優先的に意識するのは二美ちゃんだと思う。両親もだな。なんせ、目の前にいるんだ。けど、石井はどうだ? 場所も離れてるし、意識の外とまでは言わないがイチが強く意識したとは思えん。だが、石井は違ってただろうな』
「……ありがとう。その線はありそうだね」
それ以外でも距離的な関係もあるかもしれない。
昨日も長子さんが触れた途端に光の糸は発生した。
『まっ、憶測だからアテにはするなよ。検証するわけにもいかんしな』
「それは勘弁して欲しいな」
渡はくっくっくと笑うと、通話を切ろうとする。
『話はこれぐらいだ。後は自由にやっとけ。もう切るぞ』
「あっ、ちょっと待って……」
僕はスマホを操作して、指定の場所をタッチした。
『……おい、緊急連絡が来たぞ? 何のつもりだ?』
「いや、繋がるかなって」
スマホの向こうから『はぁ~やれやれ』とため息が聞こえてくる。
『ほら、取ったぞ。他の通話中でもいけるようにしたから、声が二重になってるかもな』
「渡。本当にありがとう」
僕は頭を下げて、心の底からお礼を言った。
『おま……はぁ、はいはい。やっぱ、バカだな。行動が予測できん』
「この騒動が終わったら、またゲームセンター行こうな」
『ぶっ、お前、普通に死亡フラグ立ててるぞ……。くっくっく、わかったよ。ノーダメで完勝してやるから期待して待ってろ』
「いや、僕は隣で見てるだけだから」
『お前は彼女かっ!!』
僕達は久しぶりにスマフロをプレイする前の会話に花を咲かせた。
まあ、5分ぐらいだけど……




