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なくしもの


 石居長子さんが僕の幼馴染み?

 僕の魂を繋ぎ止める為に、その繋がりが消えた?


 「……何でそのことを言わなかったんだ?」


 『一番の理由は、それより優先順位が高い事がいくつかあったからだな。後は確証がなかった。記憶が消えたのか、石居長子なる人物情報が捏造ねつぞうされたのか……それすら分からん状態だ』


 ……解決策があるならまだしも、この情報を伝えることは、無駄に僕を混乱させて優先順位の高い問題に集中できなくなる、か。


 「そうだったんだね。ごめん。情報、もらっても大丈夫かな?」


 『ああ、いまなら大丈夫だろう。中途半端にしといても、気になるしな』



 渡が石居さんの異変に気付いたのは、アップデート後に動画を編集しているときだった。

 僕と繋がりのないはずの石居さんが、僕と親しそうに話している。

 ネットを駆使して過去にさかのぼると、親しいどころかクリスマスの予定まで入れているではないか!


 「……それってマナー違反だよね?」


 『いや、事件の究明にはしかたない犠牲だった。でも、すまん。正直、楽しめた』


 「……ここまで心のこもっていない謝罪は初めてだよ」


 『それなりに確認はしたんだぞ。前に「全部終わってクリスマスになったら……二人で遊びに行かないか?」って聞いただろ? あれ、イチのセリフだから』


 「……ほんと、勘弁してください」


 そんなこんなで、渡は石居さんの異変に気付いたが、とうの本人は寝てるし、解決案も浮かばない。


『――画像などに細工はないみたいだが、スマフロの技術を考えると捏造の可能性もありえる。そうなると、俺を含めた、そうとうな数の記憶の改竄かいざんも必要だ。クラスメイトに石居長子がいることを、俺は覚えているからな』


 そう言いながらも、渡は石居さんに関する様々な情報を、パソコンの画面に表示させている。



 石居さんは、僕より一日早く生まれた女の子だった。

 僕の家の隣に住んでいて、乳幼児頃からの付き合いらしい。

 記憶のない写真、記憶のない動画、記憶のないメール……

 確かに僕はそこにいて……そこにいた記憶もあるのに、石居さんだけが異物に感じる。


 ……気持ち悪い。


 これだけの情報を見て、これだけ仲が良かったであろう石居さんを見たのに……

 石居さんに対して心一つ動かない自分自身の異様さが、なにより気持ち悪い。


 『アップデート後という時期、出所のわからない証言、魂の消滅、全部合わせるとイチの特殊能力が原因だと思わないか? 仮にスマフロ側が原因としたら、やり方がいままでと違いすぎるしな』


 「……そうだね。いや、たぶん間違いないと思う」


 石居さんは結構可愛い女の子だ。

 はっきりいって好みのタイプである。

 性格も良さそうだ。

 そんな女の子に甲斐甲斐しく世話をされている自分を……

 動画越しとはいえ見ているのに、僕の心は一つも動かない。

 情報は理解できるし、論理的に好感をもっているはずなのに、感情が生まれてこないのだ。

 この特殊能力が『かんていさん』の感情を引き出したなら、逆に感情を閉じ込めることだって出来るだろう。


 「……石居さんに会うことって出来るかな?」


 『可能だ。早い方がいいなら、今から連絡を入れる。すでに接触はしているからな。……石居の部屋にはイチの情報が多い。記憶にない人との写真とか、部屋にあったら驚くだろ? ま、そういうことだ』


 「……いろいろ、本当にありがとう。苦労かけるね」


 『……まったくだ。ま、首を突っ込んだのは俺だがな』


 渡は右手で、自分の左肩を揉みながら首を回す。


 「カラオケでも「危険だと思う」って言ったのにね。……サポートしたこと、後悔してる?」


 『ん? 後悔か……。仕事量がはっきりいってブラックだが、まだまだ途中経過だからな。それに、こんだけ騒ぎになれば時間の問題だろ? 後悔するにしても、後にしとくよ』


 「……なら、後悔させないように、僕もお仕事頑張るよ」


 『くっくっく、頼むぞ、社長。お、連絡きたぞ。今なら部屋に来ても良いってさ。部屋はイチの部屋の向かいだな』


 「わかった。着替えたら行ってくるよ。渡も一緒にくるか?」


 『いや、告白現場に同行するのも悪いから』


 「どんな流れで告白するんだよ!」


 『えっ? その気もないのにクリスマスのお誘いをしたのか!?』


 「状況! 状況が違うから!!」


 『なるほど、状況次第では告白もありえると。まかせとけ、夜景の綺麗な告白スポットは……』


 僕は結局、ノートパソコンを置いて石居さんの家に行くことにした。


 外に出ると夜空に月が輝いている。

 僕は『隠密』を使用して空を駆ける。


 光の糸マッサージ、渡にしたけど喜んでいたな。

 今度、バカリアにもしてやろう。

 撫で殺しバージョンで……


 そんなことを考えて移動していると、あっという間に家が見えてきた。


 夜になると自動で明かりを灯す玄関外の電灯以外は、全て暗闇に包まれた懐かしい家。

 その隣にある家の二階で、カーテンを開けたまま明かりをつけている部屋がある。

 僕の部屋の向かい側、あれが石居長子さんの部屋だろう。

 窓の前に立ち、『隠密』を解除してノックをする。


 「夜分しつれいします。一文路一です」


 けっこう小声で言ったのたが、たぶん待っていてくれたのだろう。

 すぐに返事が聞こえて、窓が開く。


 「初めまして、じゃないんですよね。一文路一です」


 そんな変な挨拶に石居さんはくすっと笑う。


 「はい、一文路一さんですね。石居長子といいます。どうぞ、中にお入り下さい」


 「どうもすみません。お邪魔します」


 靴を脱いで部屋の中に入ると、部屋の中が少し暖かくなっており、なんとなく少し前にエアコンを入れてくれたのが分かる。

 部屋の内装は清潔で整理されているが、どこか女性らしい可愛らしさがあった。


 「……僕と石居さんは幼馴染みらしいのですが、話は聞きましたか?」


 僕は石居さんを見つめながら話を始めた。


 石居さんは渡から話を聞いており、大体の状況は理解していた。

 当時は戸惑いも強かったが、いまではだいぶ落ち着いてきたらしい。


 「――当初は知らない人が一緒に写真に写っているし、その人がテレビに出ていて、しかも私達を助けてくれた人だしで、少し驚いてしまって……」


 石居さんは少し落ち込むように、僕を忘れていることを話している。


 そりゃ、驚くだろうな。

 でも、テレビに写る加工された自分への評価が気になる僕もいる。


 「そ、それは驚いて当然だと思いますよ。僕も今さっき知って、物凄く驚きましたから」


 「……はい。それで一文路さんはお忙しいらしいので、渡君に時間がある時でいいので、連絡をお願いしていたんです」


 「そうですか。……すいません。その記憶については、僕が原因だと思います。一度、確かめてみてもよろしいですか?」


 石居さんの承諾を得て、僕は石居さんとの繋がりを強く意識する。


 ……光の糸はでてこない。


 やはり……


 実際に会った石居さんは、想像通りとても好感をもてる女性だった。

 そんな女性と深夜に、しかも石居さんの部屋に二人っきりになっているのに……


 石居さんに対して、何の感情もでてこない。


 どんな馴れ初めを聞いても……

仮に石居さんがどんな変な行動をしても、情報としては僕に届くが、感情には響かないだろう。

 僕の心はまるで機械仕立てのロボットのように動いている。


 ……これが、以前のかんていさんの思考なんだな。

 思考はとてもスムーズに動いてくれる。

 やるべきことは理解できるし、なんの躊躇ちゅうちょもなく出来るだろう。

 論理と情報……石居さんに対しての僕の心は、全てがそれらのかたまりだった。


 でも、僕には他の事柄に対しての感情がある。

 その感情が……消失感を感じさせてきて、無性に寂しい。

 ……涙が出そうだ。


 「……すみません。もう少し挑戦させて下さい」


 僕は鼻をすすり、下を向いた。


 よし、『限界突破』を重ね掛けしてみよう。


 ……×『限界突破』


 痛みで冷や汗が溢れ出す。


 ……でも、無くしたものを取り戻したい!


 ……×『限界突破』


 思わず苦悶の声が漏れだした。


 「……う、ぐっ……」


 「だ、大丈夫ですか!? 無理したら駄目ですよ?」


 それを見た石居さんは、慌てて僕に駆け寄って手を握った。


 あっ!

 光の糸が!


 石居さんが手を握った途端に、光の糸が出現した。


 僕らの目に写った二人を繋ぐはずの糸。

 その糸が途中でバッサリと切れている。


 その糸を見た僕らは、何故か大事なものを失ったことを確信した。


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