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暖かい繋がり


 僕の謝罪も無事おわり、とりあえず一息ついたのを感じたのか、猪熊先生が「そろそろ晩御飯にするぞ」と提案した。


 今日は猪熊先生たちや一路君たちと一緒に食べる予定だ。

 どうやら、今日の晩御飯は鍋にしたらしい。

 夜が冷えるようになってきたし、みんなで仲良く食べるのにもってこいだな。


 最初に招待した飾りつけのしてある部屋に移動すると、テーブルの上にとても大きな土鍋が一つあった。

 猪熊先生の道場仲間と一緒に食べるときに、何度も見たことがある特注の土鍋だ。


 「今日は鳥鍋だ。つみれも入っとるから子供にも良いだろうしな。咲さん。もう食えるんだろ?」


 「ええ、いい具合ですよ」


 みんなが席につき、土鍋の蓋をあけると……ミカンだ!

 ミカンが入ってるぞ!


 「あっ、ミカン。かんていさん、ニナのすきなミカンだよ」


 新菜ちゃんは隣に座るかんていさんの腕を引っ張って、興奮したようにミカンを指差す。


 「瀬戸内海の周防大島みかん鍋用のミカンだと推測します」


 「かっかっか、本当なら魚の鍋らしいが旨けりゃ良いだろ。咲さんの味付けなら心配ないからな」


 「ニナ、ミカンたべれるよ。いっぱいたべるから」


 食卓が笑顔で包まれる。

 そんな、素敵な晩御飯だった。




 夜の闇も深くなり、そろそろ子供が寝る時間になった頃、僕はお風呂に入る為に廊下を歩いていた。


 「あっ、イチお兄さん、おやすみなさい」


 「うん、おやすみなさい。何か気になることがあったら、いつでも言ってね」


 一路君達は先にお風呂に入って、新しいパジャマに着替えている。

 かんていさんのパジャマは用意していなかったので、浴衣に半纏はんてんを羽織っている。

 その腕の中には、一路君と同じく新しいパジャマを着た新菜ちゃんが、スヤスヤと寝息をたてていた。


 「……イチお兄さん。ニナ、おふろでも、とってもはしゃいで……すごくよろこんでたんだ。本当に……ありがとうございます」


 一路君は深々と頭を下げてそう言った。


 「こちらこそ、いつもありがとうございます。でも僕はみんなに頼んだだけで、何もしてないけどね」


 僕のしたことに対して、大き過ぎる感謝をもらい、僕は少し照れながらこたえる。


 「でも、イチお兄さんが言ってくれたから、あんなに良くしてくれて……」


 一路君は少し申し訳なさそうに、顔を下に向けた。


 「一路君。猪熊先生はああ見えても、人によってはとても厳しいんだよ。それは、僕が何を言っても変わらないと思う。たぶん一路君のいままでの頑張りを感じたんだよ、きっと」


 膝を曲げて、一路君の顔を見ながらゆっくりと手を握る。

 不安定な一路君の視線が僕をとらえた。


 「それに猪熊先生も僕もカッコつける方だからね。格好いい男の子は応援したいんだよ。可愛い女の子もね」


 僕は新菜ちゃんに少し視線を動かすと、一路君に向かってニヤリと笑う。


 「……うん。……ぼく、がんばるね」


 「それ以上頑張られたら、僕の格好いいところがなくなっちゃうよ。……無理はしなきゃ駄目なときもあるかもしれないけど、無茶はしなくていいから。いつでも相談してね。とりあえず僕は一路君に相談するから」


 「……うん。いつでもそうだんにきて良いよ?」


 僕達は顔を見合わせて、クスクスと笑った。


 「それでは、かんていさんもおやすみなさい」


 「……おやすみなさい。一さん。……ありがとうございます」


 かんていさんは、新菜ちゃんを起こさないように小さく頭を下げて、一路君と一緒に寝室へ移動した。


 一路君や新菜ちゃんも、この家を気に入ってくれたようで良かった。

 今度は、僕も新菜ちゃんと一緒に遊ぼうかな?

 僕はそんなことを考えながら、脱衣所への扉を開けた。




 「ふぅ~、いいお風呂だった」


 猪熊先生の家のお風呂は、大人が5人ぐらいは一緒に入れる大きさだ。

 足が伸ばせるのと、温度が冷めにくいおかげか、大きいお風呂はとても気持ちいい。

 そうだ、猪熊先生に今日のお礼を言っておこう。

 僕は猪熊先生の部屋にいくと、ふすま越しに声をかけた。




 「――――今日は本当にありがとうございました」


 僕は深々と頭を下げる。

 

 「なんべんお礼をすりゃ気がすむんだ? ま、無事に事が進んで良かったじゃねぇか」


 猪熊先生は呆れた顔をしながらも、終始笑顔で対応してくれている。


 「いや、思ってたよりも新菜ちゃんも明るいし、上手く行きそうで良かったです」


 僕も笑顔でこたえると、猪熊先生はため息をついて、お猪口に入ったお酒をくいっと口に運んだ。


 「おう、近頃めっきり寒くなってきやがったから、風邪を引かなきゃいいんだがな。ま、なんだ……」


 猪熊先生の雰囲気が微妙に変わる。

 これは、真面目な話をするときの雰囲気だ。


 「こう寒けりゃ、たき火もしたくなるわな。たき火をすれば煙も出るし跡も残る。特に庭の草の上でたき火をした時は、隠しようがない。だが、わしは隠した。何故だと思う?」


 これは……謎かけだ。

 猪熊先生はたまにこんな風に、言いたいことを謎かけにする。

 ほとんどが、咲さんに知られたら怒られることに使うのだが……


 「……怒られるからですか?」


 「そりゃ、そうだな。では、燃えた草はどうやって隠したか分かるか?」


 「……もしかして、植え替えたのですか?」


 猪熊先生はニカッと笑うと、お猪口のお酒をまた飲んだ。


 「ま、結局バレてしもたがな。咲さん、火が燃えてる時に見てたらしい。そりゃ、上手くやってもどうしようもない。跡が残っていねぇのは逆に不自然だ」


 「ははは、それは逆に怒られたでしょう?」


 「ああ、怒られた。人間、素直が一番だな。でもわしが素直過ぎるのも、また怪しい。いち坊もわしを見習って、少しは素直をやめとけよ」


 「……はい、ご忠告感謝いたします」


 僕は深々と頭を下げた。


 「かっかっか、こりゃ駄目だな」


 ……猪熊先生、本当にありがとうございます。

 ……たき火は一路君達の境遇、草は新菜ちゃんだろう。


 そうだ、不自然なんだ。

 一路君や渡の証言を信じるなら、ネグレクトは確かにあったはず。

 体の痩せ方も、そのことを物語っている。

 その上、お父さんが最近モンスターに殺されているのだ。

 新菜ちゃんも死にそうな怪我をしたって、一路君は言ってた。

 なのに……新菜ちゃんのあの明るさは……


 一路君はまだ分からなくはない。

 だが、新菜ちゃんが……あの歳の子供が上手く隠せるはずがない。

 なら、記憶を……植え替えた?

 隠す理由は……怒られるから?

 誰に?

 何を?


 ……油断だな。

 物事を素直にとらえすぎた。

 このことは、きちんと肝に命じておこう。

 そうでないと……いつか不幸なことになるかもしれない。


 一路君にとっても……

 僕にとっても……

 


 夜も更け、大人もそろそろ寝る時間になってきたが、まだやることがある。 

 ハムスターの着ぐるみを脱いで、僕は借りてきたノートパソコンの電源を入れた。


 『石居長子さん』について渡に質問しとかないとな……


 カリヤは言っていた。

 

『石居長子の件はスマフロ側でなく、君の特殊能力の効果だ。わからなければ友達に聞きたまえ』


 聞くべき友達とは、まず渡のことだろう。


 『石居長子さん』は誰なのか?

 僕の特殊能力で何が起きたのか?


 あまり良い事は起きてなさそうだが、聞かないわけにはいかない。


 僕がノートパソコンをよちよちと操作すると、何とか渡に繋がった。


 『イチか。何の用だ?』


 渡は少し疲れているような顔で、こちらを見ている。

 ……無理させているんだろうな。


 「ごめん、こんな時間に。ちょっと変な質問だけど、『石居長子さん』って知ってるかな?」


 僕が質問をしたとたん、画面越しでも分かるぐらい渡の雰囲気が変わった。


 『……どこで知った。その名前』


 「……知ってるんだな。出所は言えないけど、僕の特殊能力ひかりのいとが関係しているらしいんだよ」


 渡の雰囲気に合わせて、僕も姿勢を正しながら、知ってる内容を話す。


 『……そうか、いずれ時期を見て話そうとは思ってたんだが……。イチ、システムの壁を乗り越えた時に、魂が消えたって言ってたよな』


 「ああ、魂が消える感覚がしたのは確かだよ」


 あの時は痛みもそうだが、喪失感が酷かったのを覚えている。


 『なぜ魂が消えても意識があったか……考えたか?』


 「……いや、初めてだったから、こんなもんかなって思ってたけど……。もしかして、この特殊能力が助けてくれたのか?」


 渡との繋がりを意識して、光の糸を出現させる。


 『その可能性が高い。そして……消えた魂を繋ぎ止める為には、それなりの代償が必要だった可能性がある』


 渡は、胸から出てきた光の糸を指でいじりながら、自分の推測を口にした。


 「……どんな代償が?」


 『親しい人との繋がりを無くしてしまう代償、だな。石居長子はお前の幼馴染みだよ。イチ』


 渡は……

 僕と渡を繋ぐ光の糸を、優しく両手で包むと……ぱちんっと潰した。


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