心を込めて
相棒の姿は『周知』によってみんなに見えている。
つまり、僕の相棒と『かんていさん』が糸で繋がっているのは見えているってことだ。
そして、僕が相棒を撫でると、連動して『かんていさん』が反応する。
少し艶かしい反応を……
僕の中で、時間が止まった。
背中に汗が吹き出るのを感じる。
声を出したいが、何を言ったら良いのか分からない。
それに、一言でも声を出したら、再び時間が進みだしそうで、正直いって怖かった。
短いけれど、長く感じた沈黙を破ったのは一路君だ。
「『かんていさん』の顔が赤いからカゼでもひいたのかなって思ったんだけど……イチお兄さんがなでていたから、こそばかったんだね。ぼく、心配しちゃったよ」
その純粋な言葉を切っ掛けに、二美が再起動をしだした。
「……そういや、一時間ほど前から『かんていさん』が変な反応してたけど……。熱でもあるのかなって……。 ま、まさか、お、お兄ちゃんっ!?」
ま、まずいっ!!
このまま糾弾される前に、何か言わなければっ!!
「あ、あのっ!!」
僕は二美の言葉を遮るように、大きな声でみんなに呼び掛けた。
みんなの視線は、僕に集中している。
何か、何かないのか!?
僕は脳細胞をフル回転させながら最適解を模索する。
どんなに神様に祈っても、時間は戻らないし、失敗は解決しないのだ!
僕は、僕に出来ることを……
僕は相棒を糸電話のコップのような形にして、それを耳に当てた。
「も、もしもし、かんていさん? いや、この糸が『かんていさん』に繋がっていること、完璧に忘れてたんだけど……。だ、大丈夫?」
必死に考えた結果出てきたのがコレとは……
その選択に自身が一番困惑しているが、出たものは仕方がない。
いや、まだ『かんていさん』の返事次第では挽回のチャンスも……
みんなの視線が『かんていさん』に集中する。
かんていさんは、顔をうつ向かせたまま耳を真っ赤にして、小さな声で答えた。
「も、問題はありません……。可能なら……今後は時と場所を選ぶ方が良いのではないか……と進言します」
質問に答えてくれた『かんていさん』を見て、みんなの視線がギョロリと僕の元へと帰ってきた。
僕は崩れる様に床に両膝をつくと、流れるように両手を膝の前に置いた。
そして、そのまま勢いよく頭を下げる。
「たいへん申し訳ありませんでしたっっ!!」
僕は平謝りすることを選択した。
……神様
可能なら時間を戻してください……
「――まったく、お兄ちゃんに悪気がないのは分かってるけど、気を付けなきゃ駄目だよ!! 『かんていさん』は許してくれたけど、訴えられてもしかたないんだから!」
「はい。全くをもって、おっしゃる通りでございます。弁解のしようもありません」
平謝りの結果、僕は許された。
いままで築いてきた信用という名の繋がりが、僕を守ってくれたのだ。
『人との正しい繋がりは己の力になる。これも護身術の一つだ』
猪熊先生の護身術、とっても役に立ってますよ。
僕は猪熊先生に師事して、本当に良かったと、心からの感謝を込めて猪熊先生を熱い眼差しでみつめたが、猪熊先生は僕を見ると何故かため息を吐いた。
……不出来な生徒ですみません。
そんなやり取りには気付かなかった二美は、僕に一つの提案をした。
「でも、本当のところ、その糸を撫でるとどんな感じなの? ……お父さん、撫でられてみたら?」
突然に話を振られた父さんは驚いたように、二美に返事をした。
「ええっ!? 父さんがかい?」
「だって、女性にするわけにはいかないでしょ? 危険は無いみたいだし、この中ではお父さんが一番問題がないかなって……どんな感じか気にならない?」
「それはそうだが……」
「ちなみに、かんていさんに聞くのは無しだよ」
たしかに、その質問はセクハラになりそうだ。
かんていさんなら正確に答えそうだけど……
「よし、わかった。父さんが受けてみるよ」
父さんが胸を叩いて、実験台に志願した。
「……いいのかな? あまり気が進まないけど」
父さんを撫でるのか……
本当に気が進まない。
「いや、父さんも乗り気じゃないんだからね?」
「ごめん、ごめん。わかったよ。駄目だったら言ってね?」
たしかにこの中では父さんが適任だろう。
僕は父さんとの繋がりを強く意識して、光の糸を出現させた。
そして……ゆっくりとその糸を撫でる。
「おっ、これは……」
父さんが体の感覚を確かめるように肩を回す。
「これは?」
僕はゆっくりと光の糸を撫でながら、質問した。
「うん。これはとても気持ちがいいマッサージだね。なんか肩こりが楽になってきたよ」
その答えに二美が、疑いの眼差しで疑問を投げ掛ける。
「ほんとうにただのマッサージなの?」
「そうだね。心地よいお風呂に入っている感じもするけど、いたって健全な感覚だと思うよ」
「そうなんだ……お兄ちゃんもっと強くしてみて?」
「わかった」
その後も糸の形を球体に変えたり、撫でる技術を駆使したりしたが、父さんは「とても体が楽になった」と言うだけだった。
興味をもった猪熊先生や母さん、一路君にもしてみたが、みんな父さんと感想が似たようなものだ。
そして、次は二美の光の糸を撫でている。
「うーん。たしかに健全なマッサージだね。体の芯から効く感じだよ? あっ、そこもう少し強くしてみて……」
みんなの感想を聞くたびに、僕の心も軽くなる。
僕は『かんていさん』に健全な行為をしていたんだ!
本当に、本当に良かった……
僕は糸を撫でる強さを少し強くしながら、一つの可能性を口にした。
「そうか、なら『かんていさん』が、マッサージに極端に弱い可能性もあるな」
それを聞いた一路君は、元気にお手伝いを志願する。
「それなら、ぼくが『かんていさん』をマッサージしてあげる。いつも、助けてくれているし、そのおれいだよ」
一路君はかんていさんを座らせて、肩を揉む。
実に微笑ましく、健全な行為だ。
「どう? 気もちいい?」
「肩こりは存在しませんので、強く揉むよりは優しく擦る方が効果的だと推測します。ただ……」
それを聞いて、優しく擦りだした一路君は、『かんていさん』の話の続きが気になったのか、言葉を急かした。
「ただ、なに?」
適切な言葉を探すかのような口調で、かんていさんが質問にこたえる。
「ただ……正確な言葉で表現できませんが、その気持ちがなんだか、暖かい? ……光の糸の影響か、情報が乱れているようです。移動距離を消費して、私の身体に『超越鑑定』を使用してもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「では『超越鑑定』を使用します」
かんていさんは自分の胸に両手を当てると、目を閉じた。
「……鑑定の結果、私の中に感情のようなものが確認できました。その感情のようなものが、情報を乱す原因だと推測します」
かんていさんが言うには、本来のかんていさんは非常に高性能なAIのような思考をしているらしい。
一路君や新菜ちゃんの希望を叶えるために、人間らしく振る舞ってはいるが、自ら生まれる感情と呼ばれるものはなかったとのことだ。
「――そのような情報の乱れは、今日の正午には存在しませんでした。したがって、一さんの『夢所』での行動が原因であろうと推測します」
うーん、AIに感情を持たせる能力?
いや、特殊能力が元々人間だとしたら、感情を繋げて引き出すといった方がいいのかな?
それに、かんていさんの中で感情が生まれたらどうなるんだ?
「感情が存在することで、何かメリット、デメリットはあるのかな?」
「デメリットとして、『情報から推測する精度が低くなる』『情報の処理速度が遅くなる』などがあります。メリットは不明です」
デメリットが確定しているみたいだが、謝るのも何か違う気がする。
かんていさんに感情が生まれたことを、否定することになりそうだもんな。
「よかったね! かんていさん。ぼく、オズの魔法使いで、心を手に入れる話をきいたことあるんだ。イチお兄さんは魔法使いだね」
「……そうだな。かんていさん、おめでとう!」
感情が生まれて、どうなるかの不安はあるが、たぶんとても良いことなのだろう。
「……良いのでしょうか?」
『かんていさん』は、少し不安そうに訊ねる。
「うん! ニナも喜ぶよ」
「……はい」
かんていさんと一路君を見ていると本当に微笑ましい。
かんていさんに感情が生まれて一番嬉しいのは、一路君達なのかもしれないな。
「あっ、もしかして、あの反応は感情が生まれてきたからなのかな?」
もしかしたら、感情が生まれる時の戸惑いが、あの反応をさせたのかもしれない。
しかし、『かんていさん』は、きっぱりとその予測を否定した。
「いえ、『光の糸』の使用方法が、異なるのではないかと推測します。再現したいのでしたら、サポートしましょうか?」
「使用方法? わかりました、お願いします」
僕は『かんていさん』が差し出す手を握る。
「では、光の糸を一さんの体内に充満させて、同調してください。……はい、結構です。そのまま、外にある光の糸を球体にして『可愛い』などの気持ちを込めて撫でてください」
僕は言われた通りに、球体を「相棒は可愛いな」と思いながら軽くなでた。
「はわっ! う、ス、ストップッッ!!」
なでた途端に二美が慌てて止めてくるので、すぐに球体から手を離す。
「……ふう。お兄ちゃん、これ禁止」
「……駄目だった?」
「……うん。これは駄目なやつだよ。これで軽く撫でただけでしょ? 下手すれば撫で殺せるかも……」
二美が恐ろしいものを見るように、僕を見てきた。
「そ、そこまで酷いのか……」
僕は自分の右手をじっと見る。
修業のすえ身に付けた力が『撫で殺し』だとは……
僕は再び、『かんていさん』に平謝りすることを選択するのだった。




