失敗
僕は心地よい黒色の空間に包まれながら、一つ大きく息を吐いた。
その様子を感じたのか、相棒が『だいじょうぶ?』と心配してくれているようだ。
「……大丈夫、と言いたいけど。……ちょっとね。……いま何時かな?」
相棒は現在『午後3時47分39秒』で、前に時間を聞いたときから『33時間53分20秒』経過していることを教えてくれた。
「そうか……ありがとう。午後4時30分になったら教えてくれるかな?」
球体型の相棒は、僕に寄り添うと、こくこく頷いている。
僕はそんな相棒を、胸に抱くようにして撫でた。
『暖かいね。相棒は……。ううん、心が暖かいんだよ。……僕の失敗、聞いてくれるかな?』
僕はアリシャさんに出会って、逃げ出したまでの話を、ゆっくりと始めた。
自分で言うのも何だが、僕は馬鹿だ。
だから、取り返しのつかない失敗をしてしまう。
二美の事もそうだし、今回の事もそうだ。
そんな馬鹿な僕も、失敗で学んだことがある。
どんなに願っても時間は戻らないし、どんなに祈っても物事は解決しない。
失敗が解決しないままでも、時間は勝手に過ぎていくのだ。
その事を、二美が僕に教えてくれた。
そんな経験を味わってしまった僕は、一つ心に刻んだ方針がある。
それは過去よりも未来を、未来の為に現在を頑張るということだ。
実際、僕が過去を嘆いても、二美は喜ぶどころか怒るに違いない。
未来を夢見て、現在を大切にしなくても二美は怒るだろう。
そんな行動は、僕の大切な人達を傷付けてしまうのだ。
ごめんなさい。
アリシャさん……
僕の失敗は、いますぐ解決できないし、これからも解決出来ないかもしれない。
だからといって、アリシャさんの問題に、掛かりっきりになることは出来ない……
怒られて当然だ。
恨まれるかもしれない。
見ていてくれ、なんてとても言えない。
でも……
失敗は解決できなくても、アリシャさんが……
みんなが幸せに少しでも近付けるように、頑張ろう。
僕には、それぐらいしか出来ないのだから……
「うおぉぉぉぉぉ!!」
僕は叫んだ。
心の鎖を引き千切り、前に進むために……
僕はがむしゃらに走った。
体に心が付いて来てくれると信じて……
「ハァ、ハァ、ハァ……ふぅ、よし! くよくよしてても皆を心配させるだけだ。やれることをやろう!!」
僕は無理に笑顔を作ると、相棒を片手で抱いて、元気よく『夢所』を飛び出した。
僕は外に出ると、久しぶりの顔と景色に、ゆっくりと目線を動かす。
咲さんと新菜ちゃんを除く、みんなが僕を部屋で待っていたようだ。
うーん、部屋にいる皆の視線を独り占めにしているみたいだね。
「……ただいま?」
僕は、恐る恐る帰ってきた挨拶をした。
「ただいま? じゃないわよ! お兄ちゃん!! 死にそうな顔して帰ってきたら、説明もなしに引き込もって、みんな心配するに決まってんじゃん!!」
車椅子を前に移動させながら、ぐいぐいと迫る二美が説明を求めて怒っている。
「い、いや、それは……」
僕が二美の勢いに押されて答えにくそうにしていると、父さんが助け船を出してくれた。
「まあまあ、無事に帰って来たんだ。一にも事情があるんだろ? 気持ちは分からなくないが、責めるのはよしなさい。二美」
「……だって言わなきゃ、死ぬまで止まらないから。お兄ちゃんの前世はマグロに違いないよ」
前世がマグロって……
それを聞いた父さんが笑って、僕に訪ねてきた。
「マ、マグロ、くっ……ごほっごほ、ふぅー……一。二美の意見も一理ある。マグロは別として、時間があるなら説明をしてくれるかな?」
説明はするつもりだが、今回は結構な部分をぼやかす必要がある。
僕は頷き、『夢所』で考えてきた説明を思い出しながら、僕が出ていってからの話を語り始めた。
「――『夢所』で修業をなぁ。……いや、本当に漫画か何かの主人公だな」
父さんが感心したような、呆れたような顔で、僕が語った話の感想を口に出した。
「その『夢所』って、時間が1000倍に引き延ばされるんだよね。何日ぐらい修業してたの?」
漫画やアニメが大好きな二美は興味津々に訪ねてくる。
僕が滞在時間を相棒に聞こうとすると、『かんていさん』が先に教えてくれた。
「161日と15時間23分41秒です」
「……やっぱ、マグロだわ」
二美はやれやれと、首を振りながらため息を吐いた。
……好きで修業してた訳ではないのに。
僕が癒しを求めて相棒に手を出そうとすると、一路君が目を輝かせながら、僕に話しかけてきた。
「やっぱりイチお兄さんはすごいや! ぼく、一人でそんなに頑張れないよ! かっこいいなぁ」
どうやら一路君の少年心を刺激してしまったらしい。
けど、悪い気はしないな。
もう一人チョビ髭の大人が、少年心を刺激されて『夢所』に入りたそうだが、それは後で一路君と交渉してください。
「いやー、ありがとう。一路君。でも、一人じゃなかったんだよ。ほら、僕の相棒を紹介するね」
僕は『周知』を使い、みんなが相棒を見えるようにした。
僕は球体型の相棒を優しく撫でながら、相棒の説明をする。
「いや、修業をしていたら、相棒と心が通じ合ったんだよ。この子、凄いんだぞ。何でも知ってるし、何よりも可愛いんだ。ほら、撫でると喜ぶんだよ?」
僕は相棒の可愛さを見せつけるように、『夢所』で撫で続けた技術の全てを駆使して、相棒を撫でた。
「ぅぅぅ、はうっ! ぅぅぅ……」
そんな僕の耳に、少し艶かしい声が聞こえてくる。
僕は不思議に思い、頭を上げる。
どうやら『かんていさん』の方から、声が聞こえてきたような……
僕は再び相棒を撫でた。
『かんていさん』がビクッとした。
……僕はもう一度だけ相棒を撫でてみる。
『かんていさん』は、耳を真っ赤にしてプルプルしている。
僕は目線を、錆び付いた機械のように、ギギギと動かして相棒を見る。
相棒から出ている光の糸が、『かんていさん』に繋がって…………
あっ、これ、失敗したかも……
心の中で、僕はそう呟いた。




