未来と逃避
高らかに笑うお姉さんの姿に、驚きを隠せない二人。
一時は同じ気持ちだったが、その後の立場が違っている。
一は、傍観者の上に他人だが、アリシャさんは当事者の上に姉妹だ。
お姉さんの言動に、ある種の狂気を感じても、逃げることは出来ない。
「あ、あの、お姉ちゃん? 命まで掛けなくても、いいんじゃないかな? 王都のときみたいに、逃げた方がいいと思うんだけど? ね? そうしよ?」
アリシャさんは腫れ物に触るように、お姉さんの肩に手を伸ばし、説得を始めた。
「ん? 王都から逃げた? 何を言ってるんだ、アリシャ。私達は王都から逃げたのではない。王都に価値がなくなったから出ていったのだ」
お姉さんは心外だと眉を上げた。
「えっ? そうなの? てっきり貴族様がお姉ちゃんに手を出しそうだから、その前に逃げたのかと思ってたんだけど……」
「手なら出してきたぞ? アリシャにも手を出そうとしてたな。芸術を独り占めしようとするとは、強欲な奴等だ。私の踊りを見て、皆が満足して引き返したがな」
お姉さんは胸を張って、質問に答える。
「お、踊りを見るだけで満足しちゃったの!?」
「む、私の踊りは芸術であり、表現だ。観た者の魂すら動かす表現に不可能はない。アリシャも自信と自覚を持て。お前は天才だよ」
「そ、そんなぁ、天才だなんて……」
説得をしていたはずのアリシャさんが、速攻で説得されかかっている。
こんなに誉められることに弱い人、初めて見たぞ。
その後も、お姉さんの誉め言葉に翻弄され続けたアリシャさんは、いまでは神をも歌って倒す勢いだ。
「みてなさい! そして、聴きなさい! 私の歌は世界を救うのよっ!」
「うむ、良いぞ。アリシャ。私達の歌と踊りに不可能はない! 神とやらの魂も虜にしてやろうではないか! フハハハ……」
お姉さんの笑い声に、アリシャさんの笑い声が加わって、この草原いっぱいに響き渡っている。
その光景を馬車にいる人達は、『またやってるよ』といった感じに、こちらを見ていた。
『……結局、似た者同士なんだね』
アリシャさんは、お姉さんの真似をしているのだろう。
背をぐっと伸ばし、右手を天に突き上げ宣言する。
「私は誓う! 歌で世界を救うことを! さあ、伝説の始まりよ! ……神様、この歌をあなたに捧げま、ぐべっれ!」
突然、祈るかのような美しい立ち姿を『く』の字に変えて、アリシャさんは横に倒れた。
僕はその光景に一瞬驚いたが、お姉さんと一緒にアリシャさんに駆け寄った。
「う~う~」と唸りながら、痛みを分散させるかのように、地面をゴロゴロと転がっているアリシャさん。
「大丈夫か?」
『だ、大丈夫?』
お姉さんは周囲を警戒しながらも、アリシャさんを優しく抱き上げた。
「おい、アリシャ。何があった。傷は……打撲程度だな。死にはしない、安心しろ。少年、聞こえるか? 場所を移すぞ」
簡単にアリシャさんの体の状態を確認したお姉さんは、そのままアリシャさんを肩に抱き抱え馬車に向かい走り出した。
「う~、神様、ごめんなさいぃぃ。今度からひっそりと歌いますからぁぁ……」
アリシャさんはお姉さんの肩の上で揺さぶられながら、懺悔の言葉を口から漏らしている。
地面を転がったせいで、アリシャさんの服や髪が汚れているようだ。
その髪に付いた草や服の汚れなどを見て、僕は夢の一場面を思い出した。
……汚れている場所が夢と同じだ。
その事に気付いた僕は、次の景色に飛ばされた。
――その後もあらゆる手段で未来を変えようとするが、何故か結果は同じになった。
突然の雨で濡れることを伝え、先を急ぎ宿に到着するも、気づけば室内でびしょ濡れに……
歌に興奮した鳥達に囲まれることを伝えて、木箱の中で歌っていたのに、木箱の蓋を外したらアリシャさんと鳥達が一緒に出てきた。
スマフロでの戦闘もそうだ。
戦わなくても、モンスターは勝手に消滅するし、怪我もする。
この世界は記憶を変えることは出来るが、結果を変えることが出来ない世界だった。
そんなことが続き、段々とアリシャさんから元気が無くなってきた。
アップデートの日が近付いて来ているのだ。
夢の中で、お姉さん……
サーシャさんの片足が消えたアップデートが……
サーシャさんは笑う。
いざとなったら、片足は義足で踊ってみせると……
アリシャさんに安心しろと、高らかに笑ってみせた。
アリシャさんは歌えなくなった。
……もし、ここが異世界だとしたら、僕は何をしに来たのだろう。
変えられない未来を教え、無駄な希望を見せ、恐怖と絶望を待つだけの苦しみを与えに?
もし、ここがアリシャさんの記憶の世界だとしたら、僕は何をしてしまったのだろう。
勝手に記憶を覗き見て、大切な思い出を濁し、本来の過去を奪ってしまった。
夢の中でのアリシャさんは、失敗しながらも明るい未来を信じて、元気に楽しく歌っていた。
僕が未来を教えたから……
アリシャさんはもう、未来を信じることができなくなった。
僕がここに来たから……
アリシャさんは、本来の記憶を塗り潰された。
僕はどうやって、この罪を償えばいいのか分からずに……
ただ、この世界から消えてしまいたいと思った。
――温かく優しい黒色の空間が、僕を包む。
どうやら、僕は『夢所』に帰ってきたみたいだ。
僕は、あの世界から……
僕の罪から逃げ出してしまったことを、ゆっくりと理解し始めた。




