姉妹
夢の世界。
いや、アリシャさんは僕のことを覚えていた。
なら、記憶や思い出の世界というべきだろうか?
……まだ決めつけるには早すぎる。
けど……もし、そうだとしたら、僕はどうなっているんだ?
僕は定番の『頬をつねって目を覚ます』をやろうとしたが、体がないので頬が掴めない。
……元の世界での時間経過も分からないし、とにかく『夢所』に戻る方法を考えなきゃな。
色々と考えている僕の所にやって来たアリシャさんは、僕の目の前で意識を確かめるかのように手を振った。
「――おーい、イチくーん。聞いてますかー?」
『えっ? あっ、すいません。……聞いてませんでした』
「うーん、君はなんかぼーっとしてるね。頬を掴んでたし……お姉さんは心配だぞ?」
アリシャさんは、心配そうに僕の顔を覗き込んできた。
『す、すいません。お話は何ですか?』
気を抜くと一人で長考してしまいそうになってしまう。
たぶん、『夢所』で長時間一人っきりだった副作用だ。
相棒との会話も、ほとんど心の中でしてたしな。
「もう、しょうがないね。こんな道端で何してんの? って聞いたんだよ。それに、この光る糸なんだけど――」
「おーい! アリシャ。一人で先に行ったら駄目だろ」
「あっ、お姉ちゃん。ごめんなさい。だってこの子が……」
腰に手をあて、子供っぽく頬を膨らましながら僕に話しかけていたアリシャさんが、お姉さんの声を聞いてしぼんでいく。
「ん? どこに子供がいるんだ?」
モデル件ダンサーのようなお姉さんが、キョロキョロと辺りを見渡した。
「え? ここ、私の目の前にいるよ?」
アリシャさんは僕の方を指差し、不思議そうに答えた。
「……アリシャ。目を閉じなさい」
お姉さんは整った眉を少し上げると、真剣な顔でアリシャさんに命令した。
「え? うん。これでいい?」
素直に目を閉じるアリシャさん。
そんなアリシャさんに静かに、だけど素早く近付いたお姉さんは、アリシャさんを拘束すると額に手をあてた。
「えっ、えっ、なに!?」
驚き、目を開けるアリシャさんに対して、お姉さんはアリシャさんを拘束しつつ、その言動を観察している。
「熱はないみたいだし、動きにも異常なし……幻覚キノコを、拾い食いしたんじゃなさそうだな」
「な、なに言ってんの! そんなこと、するはずないでしょ!」
慌てて否定するアリシャさんを、お姉さんは冷静に観察している。
「いや、先月も高揚モミジを勝手に飲んで、下着姿で徘徊を――」
「わあぁぁぁ! あれは罠よ! 罠!」
「……団長の晩酌だったはずだが?」
お姉さんは首を少し傾げて、アリシャさんの話をうながす。
「だって、隣の宝石みたいな果実が、あんなに辛いと思わなかったんだもん! 目の前に飲み物があれば、誰だって飲むよっ!? そう、あれは巧妙に仕組まれた罠だよ! それの被害者が、私だっただけだもん!」
必死で自分に非がないことを訴えるアリシャさん。
それをお姉さんが、『やれやれ仕方ないな』といった顔で見ている。
「前にも説明したが、あれは火酒騙しって呼ばれる物なんだ。お酒にそのまま入れると、酔いを早めてくれるんだよ。さあ、怒らないから言ってごらん。今日は何を食べたんだい?」
お姉さんは優しい声で、アリシャさんに自白をうながした。
お姉さんの目は、完全に子供を諭すお母さんの目だ。
「だから、食べていないってばぁぁぁー!!」
アリシャさんの美しい声が草原に響き渡る。
うん、夢で見たままのアリシャさんだな。
僕に向かって言い訳を続けるアリシャさんを抱えながら、お姉さんは馬車に向かって歩いていった。
少し遅れて、僕も馬車に向かって移動し始める。
どうやら、お姉さんには僕の姿は見えてないのか……
あまりにアリシャさんが不憫だったので、お姉さんにも光の糸を繋げようとしたが無理だった。
さて、どうしたものか……
次に何をするかを考えて移動していると、先を歩くアリシャさん姉妹の上空から、紙が緩やかな風に乗ってヒラヒラと落ちてきた。
あっ、あれは……
アリシャさん姉妹はその紙を拾い上げ、二人でその紙を確認しているようだ。
僕はアリシャさん達に声を掛けながら、急いで移動した。
『アリシャさん! 右、ウサギっ!!』
アリシャさんは、ハッと顔を右に向け、お姉さんを押すように素早く避ける。
押されたお姉さんもウサギに気付いたようで、何もない空間に美しい蹴り技を繰り出した。
少しして、アリシャさんがこちらに手を振る。
たぶん、ウサギを倒したのだろう。
その後もアリシャさんのお姉さんは周囲を警戒したり、たぶん宝箱に飛び付きそうになっているであろうアリシャさんを、掴んで制御したりしている。
「アリシャ、少年が見えるのは本当なんだな?」
周囲を警戒しながら、お姉さんはアリシャさんに質問する。
「うん。あのスマフロってのも、ウサギのことも、その子が夢で見たって言ってたから、分かったんだよ? 本当だって信じてくれた?」
「……夢見魔法か。 だが、隠れているとしても魔力が感じられないぞ? どういう理屈だ? なぜ少年は隠れている?」
「それは……。あっ、本人が来たから聞いてみるね」
僕に過大な期待を寄せて見詰めてくるアリシャさんの瞳には、もはやお姉さんの『お』の字もなかった。
僕は知っていることを、カリヤさんが問題にしない程度に全て教えた。
もちろん、お姉さんの怪我のことも話した。
この二人は言わば同志なので、隠さず言ってみようと決めたのだ。
「――――なるほど、では少年は違う世界で、このスマフロなるこの魔道遊具をしている、と。そして、その中の能力『限界突破』の発生源を辿って、アリシャに辿りついた。しかも、これからの未来をいくつか夢で見ていると、そう言ってるのだな」
僕は『そうです』と言いながら、コクコクと頷いた。
その様子を、アリシャさんがお姉さんに伝える。
「そうか……世界を越える力と敵。それにあがらう人々への神器。まるで神話だな」
お姉さんはフフフ……と笑っている。
さすが冷静沈着なお姉さんだ。
信じられないほどスケールの大きな話でも、笑う余裕があるとは恐れ入る。
隣のアリシャさんは完全にテンパって、「あわわ……」と、言ってるのに。
笑い終えたお姉さんは、いきなり背をぐっと伸ばすと、右手を天に突き上げた。
「喜べ、アリシャ! 私の踊りとお前の歌を、神に伝える時が来たっ!! 歌え! アリシャ! 神が! 世界が! お前の歌を待っているぞ!! 命を掛けるべき大舞台はすでに用意されている!! この舞台は歴史に後世に伝えられるぞ!! フハハハ……!!」
『「え、えぇぇーー!?」』
僕とアリシャさんの心が一つになった。




