目的とご褒美
喉が渇く。
しかし、水を飲むことはない。
一息なんかついて良い状態ではないのだ。
『蜘蛛の糸』の軋む音が聞こえているように感じる。
僕は下げていた頭をあげて、姿勢を正した。
「先程も言ったが私は君を気に入っている。失うつもりはないよ。死を望んでもね」
「……はい」
「だが、君の家族は違う。興味がない。友達に少し面白いのがいるようだが、こちらも同様だ。わかるかね? 君は特別なんだよ?」
「……はい」
「ふっ、少し脅しすぎたようだ。軽い意趣返しのつもりだったが、面白かったかい?」
「……肝くんが、敬礼して笑っています」
「はっはっは、なるほど上手い返し方だね。私のことを少しは理解してくれているようだ。よろしい、話を続けよう」
カリヤさんは笑いながら話を続けてくださった。
「慈悲の話は理解できたかね?」
「……私達人類では世界の死には対応できないので、対応可能な力を慈悲で与えられたと受け取りました」
カリヤさんはテーブルに肘をつけると、両手を組んでニヤリと笑った。
「ちゃんと理解していてくれて嬉しいよ。ただ対応可能な力ではなく、その切っ掛けを与えたと表現すべきだ。その切っ掛けを無駄にするかどうかは、君達次第だね」
「はい、肝に命じておきます」
「くっ、肝くんが大忙しだねぇ。大丈夫かい?」
「はい、寒がっているので、忙しいぐらいが都合が良いらしいです」
肝くん、頑張れ!
超頑張れ!!
「そうか、そうか。それは結構なことだ。では、もう一つの目的について話をしよう」
「カリヤさん達の発展ですね」
カリヤさんは嬉しそうに頷いた。
「そうだ。それこそがスマフロの真の目的といえる。ま、こう言っては何だが、我々の世界は平和になりすぎたのだよ」
「……平和になりすぎたのですか?」
「ああ、平和は愛すべきものだが、同時に発展を阻害する要因にもなる。事実、我々の世界では、ここ一万年に渡って、たいした論文など無いに等しい。まったくながら、遺憾だよ」
「……そうなんですか」
「そこでだ。我々はどのようにして発展をしていると思うかね。一文路君?」
スマフロ、平和がもたらした発展阻害、下位世界への慈悲……
導き出される答えはそう多くはない。
「……下位世界に慈悲を与え、たまに現れる発展に繋がるものを供物として捧げさせる事によって、発展しているのではないかと愚考します」
カリヤさんは我が意を得たりと、手を叩いて喜んだ。
「そう、その通りだよ。そして、その供物を絞り出すには平和じゃ困るんだ。わかるかね?」
「……はい。それで僕の特殊能力を気に入って頂けたのですね……」
「そういうことだ。殆どの下位世界は使い物にならないから、新しい特殊能力は本当に貴重なんだ。特に君の『光の糸』はとても興味深い。君に目をつけた昔の私を、誉めてやりたい気分だよ」
「……気に入って頂けて、嬉しく思います」
僕は顔に笑顔を張り付けて、頭を下げた。
「ああ、勘違いしないでくれよ。君の装備やダンジョンは私の趣味ではない。金持ち連中の娯楽だよ。まったくあの馬鹿共にも君の爪の垢を飲ませてやりたいよ。おっと、奴らには内緒だよ」
「……わかりました」
「まあ、馬鹿共が君の冒険劇を見るのは、私が最終チェックをしてからだから、たいした問題ではないがね。編集が面倒なので控えておいてくれ」
「……わかりました」
「君の冒険劇はなかなか評判がよくてねぇ。資金面でも助かっているよ。ご婦人方にも人気が高いんだ。『限界突破』を用意したのも、たいへん裕福なご婦人なんだよ。それなりの恰幅とお歳ではあるがね。多分よい待遇になると思う」
「……それは、光栄です」
「まだまだ君を売るつもりはないから安心したまえ。君にはまだまだ可能性がある。試練は続くが、乗り越え成長できるはずだ。君なら出来る」
「……死ぬ気で頑張ります」
「はっはっは、死ぬ前に回収するさ。地球での記憶は消すがね。おっと、口が滑ったようだ。失礼した」
「……お気になさらずに」
「ふむ……」
カリヤさんが手をアゴに当てて少し考えながら、僕の様子を観察した。
「元気がなくなったかな? やはり、ここでの記憶は消しておくべきか……」
「いえ! 大丈夫ですっ! 知的な会話が多かったので、少し頭を整理していただけで……この記憶があれば、この先も頑張って試練を乗り越えれます!!」
僕は飛びっきりの笑顔で元気よく返事をした。
「そうかい? やる気になってくれたなら、話した甲斐がある。……今度の試練を乗り越えられたならご褒美をあげようか?」
「えっ? ご褒美ですか!? いいのですか!?」
「ああ、その方が意欲も沸くだろう。そうだな、つかの間の平和が次回のプレゼントだ。危険も慣れてしまえば進化が滞るし、それが良いだろう。その間は君のスマフロ攻略を禁止にするから、家族サービスに励むといい」
「ありがとうございます!! なによりのプレゼントです!!」
「……ちょっと煩いよ」
カリヤさんの眉間に皺がよる。
「申し訳ごさいません」
僕は、声量を調節して素早く頭を下げた。
「ああ、気を付けたまえ。……君の妹、二美だったか?」
「はい、二美です。……二美が何か?」
「私は常々、思っていることがあるんだよ。特定の人は大事な何かを守ろうとするとき、自分でも信じられない力を発揮することがある。では、その大事な何かを失ったときは、どのような力を生むのだろうね」
「……ろくでもない力だと、僕は思います」
僕はカリヤさんの目を見て、素直な感想を述べた。
「いままでは君の意見が正しかった。でも君なら違うかもしれない……と、期待してしまう私がいる」
カリヤさんの目が、僕の心を覗き込んでいるのを感じる。
「……買い被りすぎですよ。僕は守ることと、逃げることだけ誉められる人間です。守るものがある方が力が出ます」
僕は、はっきりそう言った。
「……そうかな?」
「……そうです」
音が止まった。
時間が粘度を持って、僕の体に絡み付く。
一秒が遠い……
「君がそう言うなら、それで良いとしよう。そろそろ、お別れだが楽しかったよ」
「こちらこそ、ありがとうございました。料理も美味しかったです。ご馳走様でした」
僕は席から立つと、頭を深く下げてお礼を言った。
「気に入ってもらえて嬉しいよ。そうそう、今後は『光の糸』で私を繋ぐのは辞めるように。今回は良いが、あまり愉快なものではないからね」
「わかりました。肝に命じます」
「くっくっ、肝を聞くと笑うようにしてくれたお礼に、もう一つだけサービスしとこう。『石居長子』の件はスマフロ側でなく、君の特殊能力の効果だ。わからなければ友達に聞きたまえ。では、君の進化を期待する」
「はい。ありがとうございました」
僕が何度目か分からないぐらい下げた頭を上に戻すと、そこにはダンジョンを攻略したときにある、黒い球体が存在していた。
僕は座り込みそうになる体を無理矢理動かして、黒い球体に触れる。
ダンジョン攻略のメッセージが頭に流れだし、僕は転送用の光に包まれていた。
「あれ? お兄ちゃん、帰って来たの?」
いつの間にか白い部屋、マスタールームに移動していた僕に、二美が話しかけてくる。
僕はその場に座り込み、肝くんや臓器くん、脳くんの奮闘に感謝した。
「お兄ちゃん!? 大丈夫っ!? 顔、真っ青だよっ!!」
二美は急いで車椅子でこちらに移動し、僕を揺さぶる。
「ああ、なんとか大丈夫……。なあ、二美。石居長子さんって知ってるか?」
聞き覚えのないその名前を、僕は二美に聞いたのだった。




