糸の先
それは闇だった。
光も塗りつぶす暗闇。
明かりで照らしても、火を灯しても、その漆黒は照らしてあるはずの光も……灯したはずの火も含めて、黒一色に染め上げる。
その暗闇の中で一筋だけ、光り輝く糸が伸びている。
僕はその暗闇の中を、輝く糸だけを頼りに歩いていた。
「……どこまで続くんだろう?」
このダンジョンに入ってから、一時間以上は歩いている気がする。
時計が見れるはずもないので、体感で判断するしかないのだが……
いや、スマホを使えば音声で確認できるかも?って駄目だ、駄目だ。
僕は大きく息を吐いて、肩や首を動かした。
集中力が切れてきているな。
このダンジョンは、特殊能力が使えないのだ。
意識を集中しないと、1発でゲームオーバーになりかねない。
特殊能力を使えないようにするのも自由自在か……
たぶんそうだろうとは思っていたが、スマフロの力で神様に対抗するのは、まず不可能だろう。
「……この糸だけが頼りか」
命綱というには細すぎる糸を見ながら、「そりゃ、陀多も不安になるよ……」と、つぶやいた。
それから、体感で30分ぐらい歩いていると、『光の糸』の先に何かが見える。
思わず、『遠視』を使って確認しようとするが……使えない。
しかたないので、少し歩く速度を落として、注意深く歩を進めた。
近くに寄っていくと、遠くに見えたそれが扉だと気付く。
重厚感がある木製の扉だ。
波打つような美しい木目を生かした、優しくも存在感のある彫刻。
細部まで装飾された、クラシックな取っ手。
その扉は、ヨーロッパのアンティークってこんな感じだろうな、と思わせるようなものであった。
その扉の中心に光の糸が続いている。
僕は気合いを入れなおすと、取っ手を握り、ゆっくりと扉を開けた。
まず、目に留まったのは、少し高めの天井から吊るされた豪華なシャンデリアだった。
蝋燭で明かりを確保してあるのだろう、暖かな光によって部屋中の影達が揺らされている。
シャンデリアから目を下にやると、白いテーブルクロスに覆われたテーブル達が、ゆとりのある配置で並べられていた。
そして、その足許に広がる、目立つことはなくとも高級感溢れる深い赤色をした絨毯が……って、これ高級レストランだっ!!
あまりの想定外に口を少し開き、その光景を眺めていた僕は、光の糸が向かう先に一人の男が立っていることに気付いた。
その男は、スマフロから発せられた説明と同じ声色で、僕に挨拶をしてきた。
「ようこそ、一文路一君。歓迎するよ」
高級レストランに似合わない白衣の男が、僕に向かって仰々しく頭を下げる。
その男の胸元には、光の糸が繋がっていた。
「……歓迎していただいて、ありがとうございます。まさか、このような素敵な場所にご招待して頂けるとは思わず、このような服装で失礼します」
僕は震えそうになる声を気合いで止めて、『蜘蛛の糸』を切らさぬよう挨拶を返した。
「ふっ、それを言うなら私の服装の方が場違いだよ。ここは貸しきりだ。気兼ねなく席に着きたまえ」
白衣の男は、指先で眼鏡を上げながら、僕をテーブルに案内してくれる。
「ありがとうございます。……神様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
「くっくっ、そうだな。君には呼び名を教えても良いか。私の呼び名はカリヤだ。様は付けなくても許そう」
その男は、何が面白かったのか、笑顔で呼び名を教えてくれた。
「わかりました。僕の名前は好きなように呼んでください。カリヤさん」
「ああ、そうさせてもらうよ。一文路君」
僕はカリヤさんの案内に従い、席に着くのだった。
「――――いや、一文路君。君は想像していた通り、面白いねぇ」
カリヤさんは何がそんなに楽しいのか、終始ご機嫌だ。
「恐縮です。本音を言えば、この素晴らしい料理とお店にも、恐縮し続けていますが……」
影で出来たような人達が料理を運んでくれた時は驚いたが、その料理は本当に素晴らしいものだった。
僕は料理とカリヤさんの言動に集中して、余計な思考を排除していく。
「くっくっ、いやいや、なかなか落ち着いているように見えるよ? 楽しんでくれているのかな?」
カリヤさんの食べ方は几帳面だ。
コップなどの置場所も、ほぼ定位置からずらさない。
「はい。全ての料理が、とても美しく美味しいので、お腹はびっくりしてますが、とても楽しんでいます」
「くっくっ、嘘はいけないなぁ。……これでもブレないのか。わかった、わかった。心を読むのは止めておこう。君のことが知りたかっただけで、他意はないんだがね」
「……恐縮です」
これ以上、思考を隠すと逆に印象が悪くなる。
いつもより少し丁寧で上品な思考に心掛けながらも、僕は素直な考えを脳内に描いた。
カリヤさんはワインを口に含むと、僕に向かって微笑む。
「いや、感心しているんだよ。馬鹿と話すのは不快だからね。質問があるのだろ?」
「お伺いしても、よろしいでしょうか?」
僕の『蜘蛛の糸』が、素晴らしい耐久性を持っていることを願いながら、僕はその糸を『糸電話』に変化させていくのだった。




