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心機一転

 長子……何故ここにいるんだ?

 渡の指示か?


 家の扉を開けたまま突っ立っている僕の目を、真面目な顔の長子が真っ直ぐに見つめている。


 「久しぶりだね……。いっくん」


 「……ああ」


 ここは居心地が悪い。

 まるで叱られる前の子供のように僕は長子から目をそらした。


 「部屋に……行くよ」


 「……」


 こんなことしてる場合じゃないのに……


 僕は何も知らない長子に腹を立てていた。

 焦る気持ちとイライラと……

 胸を締め付ける何かを振り払いたい衝動に駆られる。


 全てをぶちまけて僕の正しさを、皆の過ちを長子に……

 いや、全ての現状を理解していない人々に向かって叫びたかった。


 僕の部屋に入った長子がこちらに振り返る。

 僕は無意識に長子を睨み付けていた。

 言い訳をしたい子供のように……


 「私はこのままでもいっくんの望みは叶えられると思ってるよ」


 長子から出てきた言葉は、僕の想像と違っていた。

 思わず茫然と立ち尽くす僕に、長子は話を続ける。


 「いっくん、頑張ってるからね。歯をくいしばって頑張ってる……。何を頑張ってるかは知らないけど、二美ちゃんの……みんなの為に頑張ってるんだよね?」


 「……」


 何故か僕の目から涙がこぼれた。


 「いっくんは……このままでもたぶん望みのものを手に入れることができる。それでいっくんは充分幸せになれると思う。だから……これは、いっくんの為じゃなくて私のわがままなんだけど……」


 長子はこちらを見ると笑いながら


 「私はいっくんに、もっと心の底から笑って欲しいな」


 と言った。


 「それに二美ちゃんもそれを望んでいると思うよ。いっくんが二美ちゃんを大切に思うように、二美ちゃんも大好きなお兄ちゃんがとっても大切で……心の底から笑っていて欲しいって。二美ちゃん、よく言ってるんだよ。お兄ちゃんは凄い、お兄ちゃんはえらい、お兄ちゃんはヒーローだって……。ナイショだって言ってたけど……」


 「……」


 僕はうつ向いていた。

 流れ出る涙と共に、胸を締め付けていた何かが少しずつ消えていく。


 「ついでに言っちゃうけど……二美ちゃん、一時期悩んでたんだよ。お兄ちゃんの将来を私が狭くしてるんじゃないかって。私のせいでお兄ちゃんが自由に好きなことできないんじゃないかって……泣いてた。

 ……大丈夫。二美ちゃんは強いよ。だから私は車椅子でも幸せだって証明してみせるって、建築家になるんだって。そんな二美ちゃんだから、いっくんにスマホのゲームを無理やりやらしたんだよ。何かが変わるんじゃないかと思ったんだね……きっと。

 凄い直感だね。さすが、二美ちゃんはいっくんのことを良く知ってるよ」


 そうなのか? そうだったのか?


 僕は顔を下に向け涙を流す。

 長子はポケットから清潔なハンカチを取り出すと、目の前にそっと出してくれた。


 「二美ちゃんが建築家を選んだのは、二美ちゃん自身の幸せのためだから、気にしちゃだめだよ。二美ちゃんに失礼だからね」


 僕は返事もできずにコクコクうなずいた。


 「いっくんが皆のことを助けたいって思ってるように、皆もいっくんを助けたいの。だから……助けさせてくれないかな?」


 「…………」


 僕は黙って頷いた。


 「以上、石居長子による暴露スピーチでした。二美ちゃんには一緒に謝ってね」


 長子は僕にイタズラが成功した子供のような笑顔を向けた。


 ありがとう長子。ありがとう二美。

 僕の胸の締め付けはいつの間にかすっかりと消えていた。


 長子は僕の隣に来ると、優しく背中をさすってくれる。

 子供かよ…… 本当にありがとう……


 カーテンの隙間から光が入っている。

 目覚まし時計を確認すると朝の9時過ぎだった。

 ……僕はいつの間にか眠っていたらしい。


 カーテンを開け、鏡で自分の顔を確認すると少し目が腫れている。

 でも心は軽い。

 僕はみんなに事情を説明することを心に決めていた。

 僕は階段を下りるとリビングに向かい、母さんを見つけた。


 「おはよう。ごめんよ、母さん。実は……」


 母さんは手のひらをこちらに向け、待てのポーズをとる。

 そして笑顔でこう言った。


 「おはよう。いっちゃん。話の前にご飯を食べなさい。ちょっと頬が痩けてるわよ」


 僕は顔を洗い、遅めの朝食を食べる。

 何度も母さんに事情を話そうとするが、母さんは「ご飯を食べてから」の一点張りだ。

 父さんと二美は会社と学校に行っている。

 仕方なく朝食を食べ終え、テーブルで母さんを待つ。

 母さんがテーブルに着いた所で話を始めた。


 「まだ確定していない、仮の話なんだけど……この街、いや世界で危険なことになりそうなんだ」


 母さんは僕の言葉を真剣に聞いてくれている。

 僕なら遅めの黒歴史が始まったとハラハラするのにね。


 「それで……まあ、その危険に対して何とかするための力を付けてたんだ、こんな風に……」


 僕は体を空中に浮かべながら、テレビもついでに『念力』で浮かべる。

 流石の母さんでも驚くだろうと顔を見てみると、普通の顔で「そうだったのね」と言っている。


 「えっ! 浮いてるんだよ?」


 逆にこっちが驚きだよ!!

 なんで驚かないの!?

 鉄の心臓どころじゃないぞ!


 「とりあえず、テレビは下ろしなさい。できればいっちゃんも。真剣な話をしてるのよね?」


 「……はい」


 ……僕が間違っているのか?

 手品だとしてもちょっとは驚く筈なのに……

 この母さんがパスタを吹き出した僕の動画って……


 そんなことを考えていると僕のスマホがポーンと音を鳴らし、窓から差し込む光が青紫色に変化する。

 僕は急いでスマホの画面を確認した。


 『アップデートを開始します』


 青紫色の空に学者風の男が写し出される。

 街中の人々がそれを見上げる中、その男が喋りだす。


 『みなさん初めまして。私はスマフロという名前の位置情報ゲームの開発者だ。これから君たちには私の創ったゲームをしてもらうよ。では、スマフロを楽しむ為のルールをいくつか教えるので良く聞いておくように。始めに……』


 予定より5日早いスマフロのアップデートが開始され、スマフロへの扉がこの世界に開かれる。


 この日、世界の法則は一転した。


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