戦いの始まり
僕は夕飯を終えた後、自分の部屋に戻ると机に向かって職種と特殊能力を書き出した。
以前『再生』を獲得した後に、二美に「何でも30秒前に『再生』できたとしたらどうする?」と聞いたことがあった。
間違いなくスマフロに関する内容なのに、そのときは楔は反応しなかったのだ。
ならばスマフロ攻略を効果的にするための相談も、やり方次第では可能かもしれない。
その発想を思い付いたとき、僕の頭に初めに浮かんだのは渡の顔だった。
渡なら……いろいろ頼りになるに違いない。
ちなみに二美の答えは「プリンを永遠に食べ続ける」だった。
……こちらに相談することはたぶん無い。
保険をかける意味で『仮に、本当に仮に、絶対仮に、こんな職種や特殊能力があったら渡ならどうする? 仮に』みたいなメールを渡に送信した。
それから3分ぐらいで渡からのメールが届いた。
『了解。考えとく。隠密の効果を調べとけ。仮に多すぎww』
僕は『了解』と打ち込み送信すると、『隠密』を発動してリビングに向かった。
僕がリビングに入ってもこちらを見ない。
試しに「にゃ~」と猫の泣き声を真似てみる。
父さんがこちらに振り向いたが、すぐにまた視線をテレビに戻す。
音には反応するのかも……
僕はその後もばんざーいばんざーいと手を上げてみたり、プラスチックで出来たボックスを落としてみたりした。
結果は音や物の移動には気付くが、僕自身には気付けないようだ……
これは凄い!
そこで僕は調子に乗って、リビングで反復横跳びをしてみた。
一応、激しい動きでもバレないかの実験であって、ふざけてるわけではない。
時速40kmで部屋の中を走り回ることはできないからね。
……しかし……なかなかに苦しいぞ。
精神的に……
食器の片付けも終わり、「今日もごくろうさま」と声を掛ける父さんと、その言葉に笑顔で応える母さん。
ドラマの最終回に夢中で、テレビに釘付けの二美。
そんな普通のリビングで、僕は真剣に反復横跳びをしているのだ。
みんな気付いてないよね?
気付いてて無視してたら僕、立ち直れないよ?
反復横跳びも97回目に到達してラスト3回になったとき、僕のスマホからメールの受信を知らせる音がする。
僕はリビングから飛び出した。
……大丈夫だな。
『隠密』君はなかなかの優等生だ。
僕は木の葉の形をした蝶に再度感謝しながら、渡から来たメールを確認する。
『駅前のカラオケ店で待ってる。カメラの心配はしなくていい。人に見つからないようにできる限り早く来い』
僕は『了解』と打ち込み送信すると、母さんに渡の所に行くことを伝え家を出た。
母さんは少し心配そうな顔をしてた……
地図を見ると家から駅前のカラオケ店まで、直線で10kmぐらいだ。
できる限り早くと書いてあったので、僕は『隠密』と『地形無視』を発動する。
カラオケ店を目指して僕は一直線に走り出した。
『地形無視』君も非常に有能な能力で、屋根でも壁でも、数歩なら空でも走れる。
僕が家を出て10分後には駅前のカラオケ店に着いていた。
僕は人の目がない場所を探し『隠密』『地形無視』を解除した。
僕はカラオケ店に入り店員に確認してもらうと、メールで教えてもらった番号の部屋に入った。
「お待たせ、渡」
「いや、なかなかの見世物だったぞ。イチ」
渡がこちらに画面を向けたノートパソコンを見てみると、壁を走り、空を駆ける男がいた。
当然僕だった。
「今度のは二美に送らないのか?」
僕がそう聞くと、渡がくっくっと笑いながら言った。
「現実感があるから笑えるんだよ。これは…… 楽しい映像じゃないだろ?」
まったくだ。
こんな映像は二美に不安しか与えないだろうな……
いや、もしかしたら二美なら喜ぶかも?
少し落ち込む僕を見て、渡が慰めの言葉を掛けてくれた。
「まあ、気にするな。映画会社が土下座しながらスカウトしにきてくれるかもな。サーカス団員でも充分に金を取れるぞ?」
僕は熊怪獣か!
このカラオケ店はフリードリンク制を取り入れている店で、僕はカルピスを選び席についた。
「で、仮の話はどこまで話せる? ……仮にな」
渡が砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲みながら、くっくっくと笑っていた。
「いま確かめているとこ……仮の話なんだけど、危険な可能性が高い気がする。情報だけでも充分だよ?」
僕は渡をこの厄介事に深く巻き込むつもりはなかった。
しかし渡はにやりと笑うとこう言った。
「貸し一だ。面白かったらサービスしてやる。さあ、一つ一つ話せる所まで話してみろ。仮の話を、な?」
こうして、僕達の長く短い戦いは始まった。




