黄色の実力
山に着いたときには、大きな夕日が山の反対側の海に近付いて、山全体を赤く照らしていた。
あと30分も経たない間に、山は暗闇で覆われるだろう。僕は矢印の方向を確認すると走る足を速めた。
ピピピピ……
虫の音とカラスの声に混じってスマホのアラームが鳴り始める。
細い山道を慎重に進むと、テニスコートぐらいの丸い広場が見えてきた。
その広場の中央に、3m以上は確実であろう赤黒い何かが、夕日に照らされて立っている。
『?????と遭遇』
スマホの画面に吹き出しが表示されると同時に、巨大な何かは4本の丸太のような腕を地面に付けこちらを見下ろす。
僕は一目散に逃げ出した。
ドゴゴォォガッ!!
後ろから巨大な破壊音らしきものが聞こえるが、振り返ることなく一直線に走る。
後ろから砂や土が僕の体に降ってくるが気にしない。
いや、気にしたら死ぬ。
僕は死なない為に、死ぬ気で走った。
2~300mぐらい走って後ろの気配が止まっていることを確認すると、重心を下げながら油断せずに後ろを振り向く。
そこには野獣がいた。
赤黒く巨大な4本の腕をもつ野獣。
そのかたわらにある巨岩とも大差がない、ちょっとした家よりも大きく見える野獣の背後には、闇の霧が湯気のように揺らいでいた。
口からは黄色い唾液が滴り、赤黒い体より深い闇を宿した眼光がこちらを餌以下のように見下ろしている。
グォゥォォォォォオ!!
スマホ越しでない、直接的に響く咆哮。
それはこの獣が山の主であることの証明のように感じられた。
「き、黄色と青の差がありすぎるだろぉぉ!!」
僕はこのゲームを作った人達に向かって、抗議の雄叫びを上げた。
野獣との距離は約100m、画面の右上に表示された地図の情報では広場の中央からは300mぐらいだった。
僕は野獣を視界に置きながら『?????と遭遇』『?????から逃げ出した』の吹き出しをタップする。
『バウアードベア:位置固定モンスター:ランクD』
「ベア……熊なんだ。ランクD?」
いままでのモンスターではランク表示は出なかった。
青色モンスターはランク外なのか?
しかし位置固定モンスターか……
同じ位置固定モンスターのスケルトンは、頭を拾って移動したとき200m以上離れようとしても見えない壁が邪魔をした。
ならこの熊も……
熊から30mぐらい離れた位置から、熊に小石を投げつける。
コンっと熊の頭に小石が当り、熊は狂った様に見えない壁に体当たりを繰り返していた。
「怪獣映画だな……」
熊が追いかけてきた細い山道は、まるで重機が強引に通った後のように木々が折れ、周りを散らかしている。
体の奥で感じるこの原初的な感覚は、目の前にいる死からこの身を遠ざけろと教えてくれているかのようだった。
実際、事前に200mの行動範囲の話を聞いてなければ、山どころか10km以上は逃げていた自信がある。
「200mの壁があるなら、やりようはある……かな?」
まだ体当たりを繰り返す熊怪獣を見ると、頭はそれほど良くなさそうだ。
僕はいつでも逃げ出せるように構えながら、熊怪獣から10m程の距離に近付く。
グォゥォゥォォォォオ!!
それは凄まじい迫力だった。
なんだコレ?
映画会社が土下座しながらスカウトしに来るレベルだぞ。
見せ物小屋でも充分に金を取れるだろう。
多くの人達がトラウマを残すことになるけど。
僕は魔弾石に指を伸ばし、狙いを定める。
すると熊怪獣は胸の辺りを庇うような動きをした。
僕は左右に移動しながら、魔弾石をタップすることを繰り返し観察する。
腕で庇っている場所を良く見ると、胸に少し明るめの心臓みたいなのが鼓動していた。
「頭も良くなさそうだし、普通に考えたらあそこが弱点なんだろうな……」
熊怪獣も弱点を理解しているのか、多少のフェイントではガードは崩せないだろう。
腕4本あるし。
とりあえず魔弾石の効果を確認するために、先程ポケットにいれた小石混じりの砂を顔面目掛けて投げつけ、横に移動しながら魔弾石をスライドする。
二回連続で。
魔弾石は弱点の胸と顔面に向かって一直線に飛んでいった。
ガッガッ!
二つ続けて魔弾石が着弾した音が鳴り、熊怪獣から白銀の煙が上がった。
熊怪獣は砂から顔を守るよりも胸の防御を優先したようで、腕と顔の左半分から煙を上げながら忌々しそうにこちらを睨み付けていた。
「……そうだよね」
これで顔部分にある程度のダメージがあれば良いのだが、たぶんちょっと威力が高いかんしゃく玉をぶつけられたぐらいなんだろう。
とても元気にぶちかまし稽古を再開している。
目にもほとんどダメージなしか……
でも、砂で目を閉じたよね?
僕は怪獣退治の準備を始めた。




