始めた理由
とある位置情報ゲームの利用者全体が2ヶ月足らずで歩いたトータル距離は46億キロ……
地球から冥王星まで行ける距離らしい。
そんな話を二つ年下の妹の二美から聞いた僕、一文路一は素直にその距離に驚いていた。
日曜の夕食にカツカレーを食べながらTVを見ていたら、道路に溢れんばかりの人々を写すニュースが流れた。
なんでもレアなモンスターを捕まえることが目的らしい。母さんがちょっと驚いた顔で話し始めた。
「あらあら、人気のあるゲームなんですね」
「そうみたいだね。父さんの会社にも、このゲームをしている人が何人かいるよ」
父さんが母さんの方に向いて笑いながら話しかける。
自分の同級生に何人ぐらいこのゲームをしているか数えていると、妹の二美がスプーン片手に話しかけてきた。
「私の友達も結構してるよ。友達のお父さんとか、今までスマホのゲームをやってない人もやってるって聞いたし……
そうだ!お兄ちゃんもやってみたら?」
「え?いや、いいよ。スマホとかあんまり使わないしな」
「だから言ってるの。お兄ちゃんスマホなのに電話とメールぐらいしか使ってないでしょ?もったいないよ」
僕は先月に携帯電話をスマホに替えたばっかりだった。
どうせ連絡ぐらいにしか使ってないので替えるつもりはなかったのだが、二美が「スマホにしたい!」と母さんを説得することに成功。
夏休み最終セールとかキャンペーンとかで、「僕も一緒にスマホにした方がトータルで安くなる」と言われ替えられたのだ。
しぶしぶスマホにした僕が、いくらスマホを活用してなくても心苦しくない。
そうだ!
ここは父さんを身代わりにしよう。
「僕はいいよ。父さんやってみたら?」
「父さんか?父さんは母さんの心をゲットするのに時間を使いたいかな」
「あら?私の心は昔からお父さんのものですよ?」
「いやいや。母さんも知らないような隠し要素やボーナスステージが山のようにあるんだよ。僕は君を一生をかけて解き明かしていきたいと思ってるんだ。美沙」
「……一彦さん」
「「…………」」
おい、妹よ。
どうすんだよ、これ?みたいな顔でこっちを見ないでくれ。
前回は二美の方が地雷を踏んだろ?
……わかったよ。
こんどアイス買っとくから許せ。
そんなことを目で語り合い、使い物にならなくなった親を無視して食事を終わらせた。
「ごちそうさま」
「あっ、お兄ちゃん。さっきの話だけど本当にゲームしないの?」
「うーん、あんまり乗り気はしないかな」
「そうなんだ……友達もやってるし少し興味があるんだけど、ちょっと移動が面倒かなって……」
そういって二美は笑いながら車椅子を軽く叩いた。
二美は5才の頃に大怪我をしてしまった。
その後遺症で足が動かない。僕のせいで……
「それにお兄ちゃ……」
「やる。いや、兄ちゃんが足になってどこまでも連れて行ってやる!」
「いや、恥ずかしいから!……それにお兄ちゃんのプレイ内容を聞いた方がおもしろそうだし」
「そうか?よくわからんがゲームした内容をレポートにして報告すればいいんだな?」
「いやいや。どこかの研究じゃないんだから。やってみて楽しかったことなんかを何かのついでに教えてよ」
「わかった。兄ちゃんに任せろ。楽しいことをいっぱい見つけてやる」
「だから……もう、じゃあ楽しみにしてるよ。ダウンロードの仕方とかわかる?」
「わかる。全て兄ちゃんに任せろ」
二美は何故かやれやれといった顔でこっちを見ていたが、僕は食器を流しに置くとすぐに自分の部屋に入った。
ベッドに腰掛けるとスマホを取りだしカラフルな丸マークを押す。
するとG〇〇gle の文字が書かれた画面が表示された。
「えーと、確かこのマイクのところを押せば……」
『お話しください』の文字が見えたが少し手間取っていると、すぐに『聞き取れませんでした』の画面になってしまう。
僕は焦って少し早口でスマホに声をかけた。
「えーと、位置情報ゲーム!」
何回か失敗してついに音声入力が成功する、と同時に充電をしてくださいの表示が出た。
驚いた僕はいろんな場所をタッチすると『充電してください』の表示は消えた。
そういえば何日か充電してなかったと思いながら、僕はスマホを充電器に差し込んだ。
操作の途中だが仕方がない、充電できるまで他のことをしようと僕は部屋を出た。
検索画面が『チート位置情報ゲーム』になって、よくわからないアプリがダウンロードされているのに気付かないまま……