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灰色の王国  作者: いちい
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灰色の物語7

 




 すぐに追いかけたにもかかわらず、緑さんの背中はもうどこにも見えなかった。この生垣の迷路の向こうに街があるというのすら初耳なのだ。来た道は戻れても反対側の出口はわからない。

 入り組んだ道を一本一本確認し、頭の中に地図を描きながら踏破していく。その途中で、何か赤いものが視界を掠めた。


 色彩があるのは現実から来た人間だけ。赤といえば赤色だが、彼なのだろうか。曲がり角の向こうに消えた影を追うと、また次の角を何かが折れるのが見える。ちらつく人影を追い、私は生垣の迷路を進む。

 やがて背の高い灰色の生垣が切れ、視界が開けた。出口にたどり着いたのだ。

 灰色の城は高台に位置するらしい。迷路庭園の先には傾斜の緩やかで幅広な坂道が、蛇行するようにして伸びている。帰りの上り坂は辛そうだ。

 坂のしたの方に建物が連なっているのが見える。あれが街だろう。


 赤い誰かの姿はどこにもない。もしかしたら、出口に赤色が案内してくれたのかもしれない。そうだとすれば顔をあわせるのは気まずいだろう。

 私はその人物を探すのをやめ、傘を片手に坂を下りて行くことにした。


 道なりにしばらく行けば、そこはもう城下町だった。夜だというのに賑やかな人の声が飛び交い、活気に満ちている。

 緑さんをこの中から探すのは無理そうだ。折角ここまで来たのだし、代わりに市中見学でもしよう。

 早々に彼女の追跡を諦めて街を見て回る。やはりあらゆるものが灰色なのに違和感を感じたが、それも最初だけだった。案外人間の精神というのは柔軟にできているらしい。見ているうちに、城と同様、徐々に慣れてくる。


 灰色一色の街並みではあるが、個性は様々だ。材質──例えば煉瓦、石、木、漆喰塗りなどで変化を出してみたり。あるいは濃淡で模様を表してみたり。一口に灰色といっても、ベースが灰色であればごく薄く色が入ることもあるようだ。もっともかなり稀で、そういう外装なのは一目で高級店と知れるような店舗ばかりだった。


 傘をやや持ち上げて、看板のない黒に近い濃灰色の店舗に気を取られていると、後ろから声を掛けられた。


「空さん!」


 振り向けば、白茶に灰色が混じった髪の初老の男性が軽く右手を上げていた。


「白茶さん。城を出てらしたのですね」


 白茶さんが息を上げながら、早足に近付いて肯定する。


「ええ。空さんは黄色を見ませんでしたか? 一緒に来たのに恥ずかしながら、(はぐ)れてしまって」

「いいえ。赤色なら見かけましたけれど」

「そうですか……」


 白茶さんは落ち着きなく人混みの中に視線を走らせている。黄色を探しているのだろう。

 この人混みの中からたった一人を探し出すのは、白茶さん一人ではかなりの難事に違いない。


「私もお手伝いしましょうか?」


 私の申し出に、白茶さんは表情を緩ませる。


「ありがとうございます。では空さんは土地勘がありませんので、このお店の前で待っていていただけますか? 待ち合わせ場所なんです」

「はい」


 白茶さんがその場を離れようとしたその時、黄色い帽子が人並みの中から跳ねるようにして現れた。あれは黄色の通学帽だ。


「白茶!」


 声変わり前の女児の声が喧騒を割る。黄色い帽子をかぶった女の子は一目散にこちらに駆けて来て、白茶に飛び付いた。


「白茶、どこ行ってたの……?」


 上目遣いに言う黄色は涙目になっていた。白茶さんは彼女の髪を乱さないように気を付けながら、黄色の頭を帽子の上から撫でる。

 そして腰を折って黄色に目線を合わせると、穏やかな声色で尋ねた。


「黄色こそ、どこに行っていたんですか? 心配しましたよ」


 黄色が目を伏せる。


「……ごめんなさい。あっちのお人形を見てたら、いつの間にか白茶がいなかったんだよ」

「次から気をつけられますか?」

「うん」


 顔を上げ、黄色はコクリと頷いた。

 見つかったようで何よりだ。


「黄色、今晩はもう遅いですから絵本を見るのは明日にしましょう」

「……でも今日がいい」

「明日の朝起きられなくなりますよ?」

「でも、ほんとにちょっとだけだから……!」


 我儘を言う黄色の姿に、白茶さんは微笑ましげな苦笑を見せた。そして、曲げていた腰を少しだけぎこちない動きで伸ばして一言。


「少しだけですよ」

「ありがとう!」


 黄色は顔色を明るくし、店のガラス戸の奥へいそいそと消えた。白茶さんが優しげに微笑んでそれを見送り、それから私に向き直る。


「空さん、ありがとうございました」

「いいえ、私は結局手伝っていませんから」

「黄色はすぐに送りますし、空さんももう城に帰った方がいい。この街は時折来る程度でしたらいいのですが、通いすぎると捕まってしまいますからね」


 捕まるとは穏やかではない。警察組織がまめに見回りでもしているのだろうか。


「ご忠告ありがとうございます」


 元々夜間に出歩くことはなく、読書などをしていることが多かった。外出時も運転手がついて帰宅時間まで告げることが主。

 こうして夜歩きするのは思い返せば初めてだ。少し興味はあるけれど、危険を冒してまでしたいことではない。

 私はその場を辞して、帰路に着いた。


 灰色の街並みが流れていく。

 子供のころ、世界は色鮮やかだった。

 いつもどこに行くにも誰かが付いてくるのは父が自分を心配してくれているからだと思っていたし、周りの人間は何でも言うことを聞いてくれた。願ったことは全部叶えてもらえた。欲しいものは一言告げさえすれば、すぐに用意された。

 私はまるでお姫様だった。有頂天になっていた。

 ────子供だったのだ。


 けれどいつしか気づいてしまった。

 いつも人がいるのは監視するため。家の財産の一部である私を管理し、品質を保持するため。

 周りの人間が優しいのも、そこにお金や権力が絡んでいたから。父は物は惜しげなく与えてくれたけれど、それ以外は何もなかった。

 私はただの物だった。家の役に立つために存在する、お人形でしかなかった。

 ────大人になってしまったその時。真実に気づいたその瞬間、世界が色を失った。

 極彩色の夢は醒め、残されたのは灰色の現実。魔法が解けるように、お姫様は人形に戻った。

 結局この色のない世界は、私にはお似合いなのかもしれない。


 道中探してはみたけれど、緑さんも赤色も、見つけることはできなかった。






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