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灰色の王国  作者: いちい
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灰色の物語4

 翌朝朝食を終えると、皆が慌ただしくホールに移動し出した。


(とう)さん、何かあるのですか?」


 呼び止められた橙さんは、細い目を僅かに見開いた。


「あれぇ、聞いてない感じ? 赤君、何も言ってないの?」

「はい」

「そっかそっかぁ。よっし、僕が案内してあげるよ。着いといで」


 なぜか必要以上に密着して肩を抱こうとする橙さんの腕を払いのける。

 今朝が初対面の彼こそ、藤さんのもう一つの顔だという橙さんだ。

 彼は本当に昨日のことを覚えていないようで、朝食の席までに10回ほど鎌をかけてみたところ一度もひっかからなかった。相当な策略家か、そうでない限りは記憶がないことは事実らしい。

 面食らったのはこの軽さ。朝一番、向かいの部屋の扉が待ち構えていたかのようなタイミングで開くと彼は叫んだ。


「うっわぁ、藤の言った通り! 女の子だー。初めまして、僕が橙だよ。よろしくねぇ」


 藤さんと橙さんは姉弟、という設定らしい。昨日の藤色の巻き毛はなくなり、さらりとした長めの橙色の髪をなびかせた彼は男性だった。

 てっきり変装疑惑がかかっていたと聞いたから橙さんは女性なのだとばかり思っていて、あれには少し驚いたものだ。

 赤色は橙さんと藤さんは性格が全く違うと言っていたけれど、私の目からすれば二人はよく似ている。明るい雰囲気も、ムードメイカーである所も、さりげない気遣いを重んじる優しい所も。

 喉仏はチョーカーで隠れていたようだけれど骨格は同じだし、大元の性格は橙さんの方だと思う。

 本人が何らかの理由で信じ込んでいるだけで、藤さんの方は後付けなのだろう。

 仕草というのは重要で、骨格や体格が近ければ、あとは服装と振る舞いで男女の差を偽るくらいならできなくはない。


「とーうちゃーく」


 明るい橙さんの声で、思考から現実に意識を戻す。

 昨日は灰色一色だったホールには、いくつもの虹がかかっていた。およそ一日ぶりの鮮やかな色彩に目が眩む。


「……色がついていますね」

「そうだよぉ。ここじゃあ色っていうのは僕たちみたいなのの髪か、その持ち物の一部にしか残らない。でもあれは別」


 昨日私が立っていた場所の灰色のモニュメント。円形に幾何学模様の刻まれた床の中央に座すそれからは、勢いよく水が噴き出しては、床の模様の溝に吸い込まれて排水されていく。

 小さな虹がいくつもかかり、ホールの奥には床から5センチくらいのところに銀色の扉が浮かんでいた。


「灰色の王国の灰の雨は、朝にだけ止む。そうすると入れ替わりに外に虹がかかって、噴水から出た水でここにも虹が出る」


 他の人たちは先に集まって何か話しているようだったが、赤色がこちらに気づくと輪を抜けて来た。


「橙さん、おはようございます」

「赤色、駄目じゃないか。担当の新入りの女の子を置いて先にいっちゃったら」

「あー……悪い」


 ちらりと私を見てから、彼は橙さんに弁解する。


「でも橙さんだって。こいつが女じゃなかったら案内してやらなかったんじゃないですか?」

「あっ、ばれた?」


 茶目っ気たっぷりに橙さんがへらへら笑う。

 赤色は苦笑すると、私に向き直った。


「どこまで説明された?」

「朝雨が止んで外に虹が出ると、ホールの噴水が動いてここにも虹が出る、とだけ」

「それじゃほとんど説明してないようなもんだな。ここでは現実に帰るのに鍵がいる。それをあそこに浮いてるドアをくぐった先で探すことになるんだ。ドアは虹の噴水が動いてる間しか現れない」

「それでは、中で時間切れになったら閉じ込められるのでは?」

「そのうち勝手にホールに戻されるから心配はいらない。ドアは一つでも、人によって飛ばされる場所は違うから中では一人だ。気をつけろよ」


 白茶さんと黄色が銀色の扉を開けた。向こう側は光に包まれて、どうなっているのか見えない。

 二人は順に扉をくぐってホールから姿を消した。


「……とりあえず、死ぬようなことはないはずだ。お前も行ってみたら?」


 銀色の扉を注視する。

 危険なものには見えない。兄様と再会するためにこの場所から脱出する必要があるから、行くしかないことも理解している。

 しかし、躊躇いなくそれを開けるかというと──。

 私は橙さんをちょっと見て、赤色の腕を引っ張ってホールの隅まで一緒に移動させた。橙さんに聞かれないように、小声で話しかける。


「扉の向こうはどうなっているのですか? その……具体的に」

「具体的って……だから、人によって違うんだって」

「それでは質問を変えます。あなたの場合はどうでした?」

「見た方が早い────って、ん?」


 赤色の視線が私に掴まれたままの腕に向かった。よりはっきり言えば、おそらく彼の腕を掴んだまま強張る私の手に。


「もしかして」

「…………」


 何となく察されている予感はするが、私は黙秘する。


「もしかしてさ……お前、怖いのか?」

「…………それは」


 はいともいいえとも答えられず、私は中途半端な呻き声を出した。


「大丈夫だ。命の危機があるような場所に飛ばされることはない、はずだからな。一応。生理的に気持ち悪い、とかいうのはありえるが」

「一緒に来てもらうというのは……無理ですよね」


 赤色に残された猶予はほとんどない。付き合う余裕などないだろう。

 案の定、彼は肯定した。


「当たり前だ。そもそもそいつの鍵はそいつの飛んだ先にしかない。災難だとは思うが、まだ行き先がどんな場所か決まったわけじゃないだろ?」

「それでは、最初の一回だけ私が赤色についていくというのは?」

「形振り構わなくなってきたな。まあ、正直煮詰まってたしそれならいい。でも同じ場所に飛ぶのってできるのか?」


 その時、ホールに幼い声が響き渡った。


「可能だ」


 赤色とほぼ同時に、ホールの入り口を見る。開け放たれた右翼棟と左翼棟へとそれぞれ繋がる扉のうち、右翼棟に繋がる方に人の姿があった。

 それは、黄色よりもさらに幼い男の子だ。黄色はあれで小学校の高学年くらいの見た目だが、この子はもっと下、低学年くらいに見える。

 床に引き摺る厚手の濃灰色のマント。鈍色に輝く、子供の絵のように拙いデザインの王冠。そして、白に近い灰色に染まった髪。床を打つ王笏だけが大人用の大きさで、ひどく不釣り合いだ。

 開け放たれた重厚な扉に寄りかかったまま、彼はこちらを見もせずに続ける。


「複数人がうち一人の行き先に飛ぶことは可能である。しかしながら、一度他のものの行き先に飛べば、その日はもう他の行き先にはいけぬ。虹の噴水をくぐるは日に一度。それは絶対」


 彼は扉に寄りかかったまま、感情の読めない濃灰色の目でホールを一瞥すると去って行った。

 橙さんがこちらに駆け寄ってくる。


「いやー、出現率が超低い王様がこんなとこに来てるなんてラッキーというか災難というか」

「あの方が灰色の王なのですね」


 橙さんが頷いた。


「まあ、あの人が言うことは真に受けない方がいいよ。いっつもあの調子で意味わかんないことしか言わないからね。……と・こ・ろ・で」


 彼は右手を腰にあてて、やや前かがみになって目を細める。


「何か面白そうな話してたんだってー? 橙さん聞いちゃいましたよ? 仲間外れなんて酷いと思いまーす」

「俺は好きでそうしたわけじゃないです。こいつが強引に引っ張ってったんですよ」


 あくまでも冷静に赤色が言った。


「申し訳ありません。橙さんにお願いをしたら、代わりに何か要求されそうな気がしましたので」

「あー、確かにな」

「酷いなぁ。一体僕をどんな人間だと思ってるの。要求って言ったって、せいぜいデートくらいだよ?」

「ありえません」


 許嫁でもないのにデートなんてはしたない。


「ばっさりしたお返事ありがとう。前から思ってたけど、君ってお堅いよねぇ」


 言葉に反して橙さんは楽しそうに含み笑っている。

 出会ったばかりだけれど、彼はいつもこうだ。ニヤニヤ猫のように笑っていて、他の表情を見せない。私をしても、その内心を推し量ることは非常に難しい。


「わかっていらっしゃるなら、こういう言動を控えてくださるつもりは」

「ないよー」


 朗らかに宣言すると、橙さんは「お先」と言って扉をくぐった。

 彼がいなくなると、急にホールが広くなったような錯覚を覚える。


「俺たちも行くか。にしても、同じ場所に飛ぶにはどうすればいいんだ?」

「考えられるのは同時にくぐる、手を繋ぐなどでしょうか。精神的なものでは判別ができないでしょうから」

「とりあえず両方同時に試してみるか。ドアは俺が開ける」


 磨き抜かれた銀色の扉は、ホールの虹を映し込んで七色に輝いている。

 赤色がドアノブに手をかけて回すと、かちゃりと軽い音がした。


「ほら、手かせ」


 反対の手を差し出され、私はそれを握った。


 赤色が扉を引き、眩い光が周囲に満ちる。手を引かれ、私はその中に進んでいった。





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