灰色の物語11
菜園の植物がひとりでに動き、枝や蔓を絡ませてあって緑のトンネルを作る。
「緑さん……?」
トンネルの向こうで緑さんは、いつもの穏やかな微笑を浮かべてバイバイ、と手を振った。強い向かい風が吹き、目を閉じる。
次に目を開けた時、私がいたのは固く閉ざされた扉の前。『スタッフ専用』と印字されたプレートが、上の方に掲げられている。
緑の楽園から私は追放されたのだ。ここは私の行き先。いや、緑さんの言う邪魔物である水族館のレストランだ。
厨房から見えるフロアでは、壁の代わりの水槽に、さっきまではなかったぼんやりした光が灯っている。
ゆらゆら水の流れに身を任せて揺蕩っているその光は海月だ。レストラン全体が暗かったのは、海月の発光を映えさせるためだったのだろう。鳥でなく海洋生物が水槽に収まっているという至極当たり前な光景に、ほっとする。
私は先に進む通路を探すため、厨房を出た。
緑さんに呼ばれたため、あまりこのフロアはじっくり観察できていない。まずは海月の出現という、わかりやすい変化をした水槽に近付いてみる。
人の頭くらいの大きさの、お椀をひっくり返したような胴体。そこから何本かの白く半透明な触手を伸ばし、ゆっくりと水中を漂う海月たち。
レストランのフロアとは強化ガラスの板で仕切られているようだ。
しばらく観察しても、特に何も起こらない。他に何かないかと薄暗い室内に目を凝らすと、降ってきた螺旋階段があるのと反対側のフロアの隅にエレベーターがあるのを見つけた。
黒と緑に塗られたエレベーターの上には階数表示があり、B1、B2、Dという表記がついている。Bは地下という意味だから、今いるレストランが地下1階で、さらに下があるということだろう。Dの意味はよくわからない。地下2階より下なのだとは思うけれど。
ここが最上階らしく、エレベーターの右脇には、下向きに泳ぐ銀の魚のマークが一つだけついている。マークはエレベーターの呼び出しボタンになっており、押すとすぐにエレベーターが口を開いた。
中に入って、行きたい階数を選ぶ。B1の次はB2だろう。ボタンを押した直後、静かにエレベーターが下降していく。女性の合成音声でアナウンス。
「地下2階、お土産売り場と展示フロアでございます」
鋼鉄の扉が開き、地下2階に降り立つ。
お土産売り場は、一目でそうとわかった。奥の会計レジや壁紙は、海をイメージした深い青と水色。ドーム状の天井の一角には、可愛い子供受けしそうなパッケージのお菓子の箱が棚にぎっしりと積み上げられ、置物やストラップが綺麗に陳列されている。
しかしレジはまったくの無人で、客も私ひとりきり。何より気になるのは、水族館の土産物売り場にも関わらず、定番のシャチやイルカ、ペンギンといった海の生き物を模したお土産が一つもないことだ。
売り場の中に入って、適当なお菓子の箱を手に取る。水色の包装紙はシンプルで、泡や貝の絵は書き込まれているが、中央がぽっかり空いてしまっている。まるで、メインの絵だけが消え去ってしまっているような……。
箱を戻し、今度はストラップの下げてある壁際の売り場に移動する。吊りさがったストラップは、どれも先端の飾りがなく、銀色のねじ込み式の金属部品が揺れるばかりだ。
中央の円形のブースに至っては、そもそも商品がない。設えられた台の上はぽっかり抜けている。本来なら目玉になるものを置くような場所、なのだとは思うけれど。
お土産売り場の先には通路があるが、腰くらいの高さのポールが2本立てられ、間に赤いベルトが渡されている。進入禁止の意だろう。
私はポールの前まで移動して、持ち上げてどかそうとしてみた。だが、見た目は華奢な作りなのにびくともしない。ならば乗り越えようとしてみると、何か足が壁にぶつかったようになってしまって無理だった。
手を伸ばし、ぶつかったあたりの場所を探る。どうやら、ポールの少し後ろに見えない壁のようなものがあって通行が阻害されているようだ。
これ以上の探索を諦め、私はエレベーターの隣の壁の前で座り込んだ。主役のいない土産物売り場をぼんやり眺め、呟く。
「帰りたいなら、残りは3人」
赤色、黄色。緑さんは先ほどのレストランでいいはずだから、後は彼女の言っていた藍君、という人だろうか。
灰色の王は、どうして私を帰したくないのだろう。そこまで人に執着される心当たりはない。家の問題だとしても、あんなに幼い子供には関係ないだろう。
糺兄様……。兄様にこんなに会えないのは久しぶりだ。遠方へ出張に行かれた時が最後だっただろうか。
帰ってきた兄様からもらったお土産。それが何だったのかは、まだ思い出せない。
だいぶ不規則になってしまってすみません。以降も、しばらく間隔が空いたり不規則になる可能性が高いです。
50話までには完結する予定です。




