御神爽の日常
爽が通っているのは公立の普通科です。偏差値高め。
目の前に、三人の少年。不服そうな顔で、何やら喚いている。
僕はそれを鼻で笑おうとしたら、何故か顔は俯いたまま、涙が流れた。三人は何が楽しいのか、口々に僕を罵る。――眉を寄せ、怒ってる表情なのに、楽しんでいるのが見て取れる。なぜだろう。
一人が僕を殴った。みぞおち。痛みはないが、もやもやとした気持ち悪さが腹の中で目まぐるしく動き回る。
僕の視界に移るのは、床。あまりにも見つめすぎて、そこに何か見出そうとしているのかも、と自分のことが分からない。
嫌だ。この空間も、時間も。
――誰か、助けて。
* * *
「……夢か」
ベッドから起きる。なんだか嫌な夢を見た。数秒……いや、1秒前には覚えていたのに、もう忘れてしまっている。
もういいや。考えても仕方がない。僕は部屋を出る。
まさか「……夢か」なんて主人公っぽい台詞をリアルで言うとは。まあ僕はこの地球の主人公だが。主人公が孤独設定なんてよくあるよね?
家に人はいない。父さんは会社で寝泊まり、母さんは海外。三階建ての普通の家には僕だけだ。どうせならメイドとか雇ってくれたらいいのに。
雇っても陰でひそひそ言われて、家の中で出くわした時に一瞬苦い表情を露骨に作られるかもしれない。
「いってきます」
僕は誰もいない家に一言言ってから扉を開く。
外には予想通り人がいる。いっぱい。ぼくそとでたくない。
なるべく早歩きで学校へ。走ってもいいが、汗は掻きたくない。
二人組ないし一人後ろについてる三人組がおしゃべりに夢中の中を掻い潜り、僕は学校へたどり着いた。早い。さすが徒歩24秒。
校門を潜り、自転車通学のやつに学校内で轢かれそうになりつつ、下駄箱へ。今日もいつも通り朝の洗礼ことmy写真in上靴。これを見て、かっこいい写真……惚れそう! と思うようになった僕は上級者。
写真はポケットに大切にしまい、教室へ。
授業が始まります。
終わります。
放課後です。
いやーっ……今日も平和だったな……。とここまで僕が声を発した回数、2回。音楽の準備体操を一人でやる意味と、古典で分からない文法に限って答えさせてくる理由を教えてくれませんか。
僕は校門を出た。部活動なんてやっていない。もちろん入学当時僕は勧誘され、あらゆる場面において才能を発揮したが、どれもこれも一日でお引き取り願われた。ただ詳しくアドバイスしただけなのに。
「おーい! ぼっちゃーん!」
僕が年功序列爆発しろとか思っていると、まるでいじめっ子のような声が聞こえる。そういうの勘違いしちゃうよ。被害者が。
「……誰だっけ」
「うぉい! 藤人! 松山藤人!」
うるさい奴め。松藤くん? そんな奴いたっけ。
「なんだよ……松藤くん」
「藤人だって! 待てよ御神!」
どうでもいいけどこいつの御神のイントネーションが気になる。御神がみかんになってるぞ。
僕は歩き続けているが、こいつは確か部活に入っている。学校から出てきていいのか?
「おまえゲーム詳しいだろ!? シックス・センスっていうゲームやるんだけどさ、教えてくれ、できたら一緒に」
シックス・センス……現在進行形でやっているが、他人と関わるのはもうやめておこう。つい最近人との縁を切ったところだ。
「シックス……? 知らないな。ごめん」
われながら完璧な演技力。元演劇部を舐めるな。続けた時間は一日です。
「いや知ってんだろ? だってほら、これお前だろ」
「……?」
松藤くんはスマホの画面を見せてくる。いいなスマホ、僕なんてガラケーだぞ。ガラクタケータイの略。電話とメールが機能しない。
画面に映るのは、ゲーム画面と思しき画像。真っ赤な趣味の悪いマントを映している。
……僕だ。いつ撮られたのか。あ! これ虐殺事件の時のやつだ!
「調子に乗ってはならない」
「何戒めてんだよ……とにかく、今日8時集合な!第一の町!だっけ?」
そう言って松藤くんは学校へ走り去っていった。
ミンティは町には入れないんだけどなー……無駄にリアルな警備システムのせいで。
* * *
そして第一の町郊外である。僕は律儀にも約束を守ろうとしている。
第一の町「名もなき町」は、活気づいているわけでもなく、寂しいわけでもなく、ただただ平凡な町だ。初めてログインした時に見れば、普段の現実と違う石と煉瓦の町はテンション上がるだろう。
だが、僕からすれば何のひねりもない、クラスでは真面目な方なのに目立たないのと喋らないせいで疎遠がちになる男子生徒を見ているようで嫌悪感を覚える。行動しないと何も始まらないからね?
「……まあ、僕なんですけどね」
「小僧、誰かと待ち合わせしてんのか?」
うおっ、いきなりヘッズがマントから飛び出してきた。まったくこの黒い毬藻は心臓に悪い外見をしている。
「ヘッズ久しぶり」
「いや、お前がリコリスから逃げたあの日で落ちただろうが。俺はちゃーんと話したぞぅ」
ヘッズは僕の肩で足をぶらぶらさせながら言った。お前足あったのか。
「あれはただ逃げたんじゃなくて、戦略的撤退だ。理由がある」
「どんなだ?」
「それは……言いたくない」
自分の過去をやたらと人に話したがるのは中学生と定年近いおっさんですよ! 僕は常人。
「いいか、坊主。所詮俺は人間に創られたAIだがよぅ、いっちょまえに感情持ってんだ。だから話してみろ……人間に話すのとは、違うぞ」
「……」
シックス・センスに生きるヘッズらAIは、人間と遜色ない中身を持つ。だからといって僕の過去を話すものか。人間と遜色ないなら、人に話してるようなものだ。
痛みが分かるのは、同じ痛みを味わった者だけだ。
「まあ、昔女の子を泣かせちゃったんだよ」
「……で?」
これ以上は言わない。その場しのぎの言葉だ。いいだろう。
「おい、教えろよぅ気になるよぅ」
「渋い声でねだるな気持ち悪い!」
「おーい! 御神ー!」
え? 何だって? なんだかリアル本名が聞こえたような……町の中から……。
「無視すんなよ、御神」
「ここではミンティと呼んでくれると嬉しいんだけどなー……」
ヘッズが誰? みたいな顔をしている。しょうがない、説明しておくか。
「こちらリアル知り合いたくなかった知り合い松藤……キャラネーム、ウィステリア? 変な名前だな」
「うぉい! 知り合いたくなかった知り合いってなんだよ! 名前は藤の英語読みだ!」
知り合いたくなかった……頭が悪くて運動ができるモテ男なんて……オタクの天敵みたいな生物だな。
「そしてこちら僕の使い魔ヘッズだ」
「おぅ、よろしくなウィス」
「声ひっく……ってウィスってなんだよ」
ヘッズは低すぎる声だが、なぜか綺麗に聞き取ることができる。ゆえに、普通よりも驚いてしまうのだろう。
「ウィスはウィスだ。お前さんのウィステリアという名前からとった」
「いいなウィス。言いやすいウィス。うぃーっすウィス」
「おい! 馬鹿にすんな!」
おそらくヘッズに悪気はない。僕だって一年経っても坊主呼びのままだし。
「とりあえずパーティ組むか」
「なあミンティ、お前なんで町中にいなかったんだよ! ずっと探してたんだが!」
「ああウィス。坊主はPKプレイヤーでな、町には指名手配されてて入れんのだ」
「え……ええ!?」
そんな驚くなよ。ミンティ傷ついちゃう。
そろそろミンティくんが強敵を殺すことになります。