過去を知るもの
運営であるミンティの父の会社はワケありで、シックス・センスに対する苦情なんかも聞き入れません。それでもユーザーが減らないのはひとえにクオリティのおかげなのです。
「……つまりコピー能力ってこと?」
「はい。なかなかいいんじゃないでしょうか!」
リコリスは自信満々に意気揚々としゃべる。
「自分だけのスキルとか、そういうのってオリジナリティがあっていいですよね……!」
「あ、うん。そーね……」
正直言って、リコリスのシックス・センス――対象のセンスを半分の効果だけコピーというのは、強くない。まず、相手がセンス持ちじゃないと使えないので、魔物相手には限定される。そして、半分だけということは、成功率やら威力やらが半減ということだ。確実性のない技は多用できない。
「なあヘッズ。あまり使えないスキルなんじゃないのか?」
「坊主。あまり本当のことを言ってやるな。まだゲームを初めて三日目の初心者だぞ。ここは一つ、戦闘でもさせてやったらどうだ」
二日か。超初心者だな。初日にテレポートして、二日目にセンスを知って、三日目。規格外の進行スピードだ。
「リコリス。センスを試しにフィールド行く?」
「はい!」
これまた満天の笑み。
* * *
11の町郊外。
「センスコピー!」
リコリスがそう叫びつつ、両手を前方の猿型のモンスターに向ける。すると、淡い光が猿から漏れ出て、リコリスの手へと吸収されていく。
別に叫ぶ必要は無いんだけどな。
「ペンキーモンキーのセンスは高度隠蔽だからなー!」
ペンキーモンキー。極彩色の体毛を持つ猿のモンスターだ。センスは周囲に溶け込む、高度隠蔽。完全に風景と同化するが、微妙にオレンジ色が浮かぶのが特徴だ。さて、半減するとどうなるのか。
「よ、よーし。隠蔽!」
別に叫ぶ必要はないんだけどな。気分なのかな?
リコリスの体の色が、風景と同化。
しなかった。薄いオレンジどころではなく、朱色が浮かんでいる。
「うわぁ……」
「ま、真っ赤ですよー!?」
本人は困惑してるけど、ペンキーモンキーも困惑している。
「しょうがない」
僕は血で染まった赤黒い片手剣――迷剣フルンティングを猿に突き刺した。ペンキーモンキーは瞬時に絶命し、身を横たえた。
「うう……私のセンスって、あんまり使えないんですか?」
「うん。ゴミ」
「そんなぁー……」
リコリスには気の毒だが、彼女のセンスは弱い。何か使い道はないのか。
「ヘッズ。リコリスのセンス、使い道ないかな」
「すまんが俺は大して思い浮かばん。嬢ちゃん。俺に使ってみな」
リコリスがいわれた通りにセンスを使い、ヘッズのセンスをコピーする。半分だけ。
「俺のは生命感知だが、魔物の方向とか分かるか?」
「えっと……ぼんや~り、魔物かなー? 人かなー? っていう感じがする、かも」
かなり曖昧な答えだな。ヘッズも「……」ってなってる。
どうやら数値的なセンス以外は、コピーすると大幅に弱体化してしまうらしい。
「本当に使えないな」
「だな……」
「ひ、ひどいです!」
二対一の空気に耐えられないのか、リコリスは突然僕の肩を掴んだ。結構強い。
「なら、ミンティさんのを!」
「……いいけど」
リコリスの方へ淡い光が吸い込まれていく。なんかこれ、気持ち悪いな。脱力感というか……気持ち悪い。
「コピーしましたよ! えい! 攻撃力アップ!」
リコリスの声に反応するかのように、ATKアップの文字が画面右端のリコリスのステータスバーに表示される。数値は3。つまりATK3倍だ。
その文字は5秒ほど経過するとすぐに消えた。
「僕のセンスをコピーか。悪くないけど、3倍じゃ劣化版だな」
「劣化版でも、ミンティさんと違って何度も使用可能ですよ!」
ふふんと誇らしげにリコリスは言う。ちょっと腹が立つな。
「それは僕を煽っているのか?」
僕はフルンティングを抜いた。リコリスが血相を変える。
「ち、違いますよ、みんな違ってみんないいってことですよ!」
「まるで意味が分からんぞ」
ヘッズの冷静なツッコミ、まったくだな。
僕は剣を収めた。
「じゃあ、武器もあるしセンスも分かったし、次は防具だな」
「す、すみません。何から何まで……」
そんな恐縮することないのに。もうお別れだし。
「じゃあ、この金貨あげるから。じゃあね、さいなら」
「えっ、ちょ、ま、待ってくださいよ!」
僕が12の町に向かって歩き出すと、リコリスはすぐに駆け寄ってきた。
「何?」
「いや、え? なんていうか、もう、お別れ、ですか……?」
「うん、そういうことで。11の町の北入り口付近に良い防具屋があるから、そこで買うといいよ。あとその金貨、十万Gだから」
僕は何か言われる前にAGIを7倍し、一気に駆け抜けた。
* * *
その後。リコリスは仕方なく11の町の周りをぐるっとまわって北のほうへ。
この町は全体的に黒い。昨日訪れた館もそうだが、陰鬱とした雰囲気を漂わせる。それがリコリスの見方であった。
だからミンティのいう防具屋も、きっと同じなのだろうと思っていた。
でも、それは間違いだった。
黒だと思っていた外壁は白く、小洒落た高級住宅街かのようだ。行きかう人々はどこか気品を感じさせる。
「ナンダコレ……」
ナンダコレというよりもこの町は北と南で貧富の差が激しい、という設定なのだが。
とりあえずリコリスは商業地区の方へ行ってみる。そこはプレイヤーやNPCが盛んに商い、賑わいを見せていた。防具屋、といっても店も露天商もある。どうすればいいのか。
リコリスがきょろきょろ世話しなく視線をさまよわせていると、急に肩を掴まれた。
「あなた、恰好から見るに初心者ね。初心者はカモになるから、こっちに来なさい」
「え? ちょっ……」
声の主の顔を見る前に、ぐい、と路地方向へ引っ張られる。まずい、とリコリスは思った。
VRMMORPGであるシックス・センスは、リアリティゆえに問題も多く発生する。中でも多いのがハラスメント行為。もちろん制限が設けられ、男性プレイヤーが女性プレイヤーに接触すると、一定時間で強制ログアウト&永久アカウント停止になるのだが、変態というものは努力を惜しまない。なんとか規制外の方法を考え出すのだ。
例えば、ずっと拘束するのではなく一瞬の隙に連行、狭いスペースに放り込んで出口をプレイヤーで防ぐ、など。女性側から男性プレイヤーに接触しても制限が発生しない為、脱出するにはPKをせざるを得ない。
「やめてください……!」
リコリスは必死の体で脱出を試みる。すると、手が離され、リコリスは尻餅をつく形となった。
同時に顔を見る。金髪、碧眼。まさしく外国人という印象。だが、口からは流暢な日本語が出てくる。
「ごめんなさい、無理やり連れていくという気はなかったの……」
「い、いえ、私こそ乱暴に振り払っちゃってすみません!」
金髪女性の申し訳なさそうな声に、リコリスは何故かこちらが謝らなければならないよな気がして、即座に謝る。いつものことである。
「立てる? 防具を買いにきたのよね。軽装だったら知り合いにいい店があるから、力になるわ」
差し出された手は、リコリスにとって願ってもない言葉とセットだった。
自分は初心者だ。素直に従った方が良いだろう。そう思って、即座に手を握り、立ち上がる。
「よいしょっ……お、お願いします」
「ふふ、任せて。じゃあ、行きましょうか。私はラプラス。あなたは?」
歩きながらの質問に、一瞬リコリスは答えられなかった。彼女の装備に見惚れていたのである。華奢な体に似合う茶の防具。その背で確かに存在感を放つ弓とあいまって、クールな狩人を連想させる。見事にこの世界の住人だ。どこぞの黒マントとは違う。
「……はっ! リコリスと言います!」
「リコリス……彼岸花かしら」
「はい、そうですよ。ラプラスさんは……?」
「私は有名な学者からよ。買うのって防具だけ……よね。その短剣、貰い物?」
言われてリコリスは自分の腰に携帯している短剣を見やる。
「はい……貰い物です」
「そう。ならいいわ。あ、そろそろ見えてきたわね」
ラプラスの見やる方向には、これまた小洒落た店だ。いたるところに動物の装飾があって、昔見た動物を探す絵本を思い出した。
ラプラスがドアを開けると、威勢のいい声が聞こえた。
「いらっしゃいませー! ウェルダン武具店にようこそー!」
「ウェルダン。この子に合う防具を」
ラプラスが間髪入れずに店主に告げると、店主もまた間髪入れずに返事をする。
「ラプラスかい! よしきた可愛い少女さん! このウェルダンがいい装備見繕うよー!」
ウェルダンと名乗る店主は、どう見てもリコリスより小さい。完全に年下の少年だ。
そんなことは気にしないかのようにウェルダンは畳みかけてくる。いや畳みかけている気はないだろうが。
「予算は!」
「えっと、10万Gで」
「金貨じゃん! 初心者なのにすげえ! 何か要望は!」
「じゃあ……白の、可愛いのを……」
「ふふん! 任せときな! よっしゃ待ってろ!」
言うなりウェルダンは店の奥へと引っ込んだ。
ラプラスは他の客がいないのをいいことに、店のカウンターに腰かける。
「元気すぎてうっとおしいでしょ……でも、レアな防具鍛冶センス持ちなのよ」
ラプラスは心底気だるげに言う。だが、本当にそう思うならば来ないだろう、とリコリスは思った。
「へぇ……ラプラスさんはどんなセンスなんですか?」
「私? ……視力が上がるだけの、はずれセンス。あなたは?」
そんなセンスもあるんだな、とリコリスは思った。製作者の意図が分からない。どうしてこんな差がつくようなことをしたのだろうか。
「私は、相手のセンスをコピーするって言う……」
「すごいじゃない。応用力に長けるわね」
「ででででも、効果が半分になっちゃうんです……」
効果半分がなければ、リコリスの能力はこのゲーム内で屈指のセンスになっただろう。
「妥当なところね。あなた、私とパーティ組まない?」
「えっ……」
リコリスは突然のパーティの誘いに戸惑った。
すでにミンティとのパーティは解散され、今は一人だ。これからのことを教えてもらうためにも、ここは組んでおくのが無難だろう。
「でも……」
ミンティとはもう組まないのだろうか? そもそもなぜ彼はすぐに去って行ってしまったのだろうか。そんな考えが逡巡した。
ラプラスは慌てて付け足した。
「もちろん断っても全然かまわないわ。あなたの意志は自由なのだし……。ただ、私は見ての通り弓使い。ウェルダンの選んだ防具ならあなたは前衛になれるわ。そしたら役割分担ができる」
「……」
ラプラスは親切だ。自分のような初心者には神の如き存在。
だというのになぜ、二つ返事ができないのか。
「……ラプラスさん。お願いがあります」
「……? 何かしら」
押しつけがましい、わがままだ。
「ミンティ、ていう人も一緒でいいですか……?」
受け入れてもらえないのならば、諦めよう。そういった決心だった。
「ミンティ……まさか、血染めの?」
「血染め……? 真っ赤なマントですけど……」
「やめておいた方がいいわ」
返答は、予想外のものだった。
「な、なんでですか? 良い人でしたよ?」
「良い人ね……アレを良い人としたら、世の中は善人で溢れかえるわ」
ラプラスは冗談じゃないマジ顔だ。本気で言っている。
「始めたばっかだから知らないのかもしれないけど、一か月くらい前に、ある大量PKがあって……その犯人が血染めだったのよ」
「そんな、事が……」
「話せば長くなるわ。他にもあるのだし。それでも聞く?」
「はい」
リコリスは、初めてミンティの過去に触れる。
新ヒロインか……!?
ミンティは嫌いっぽい。