ログアウトできるデスゲーム
これにて完結。
自然と体が動くようだった。
傲慢が僕ではなかったわけではない。傲慢は全てを内包するのだ。
強欲も、嫉妬も、暴食も、怠惰も、憤怒も、色欲も。
「やっと、父さんの考えの一端が理解できた気がする」
「お喋りは大概にしろ」
ギルディの刀を剣で流し、背後から飛来する弾丸を短剣で防ぐ。
さらに飛来する拳に、僕は両手の柄頭を揃えてぶち当てた。
「チッ……急激に成長しおって」
「僕は優秀だからな」
とは言いつつ、僕は内心焦りを感じていた。
謎効果で(多分ウィステリアのセンスの幸運)ギルディと渡り合えているのは良いが、ずっと平行線だ。決定打が無い。
持久戦になれば集中力の無い僕が負けるだろう。なので、すぐさま終わらせなければならない。
「……そう急くな」
ギルディは鬱陶しい笑みを浮かべた。
コイツ、闘いを引っ張るつもりか。実に鬱陶しい。
「生憎、若者は忙しいんだ」
言った途端、刃が僕の首を掠めた。
ギルディが安い挑発に乗った――わけではなく、わざと僕を調子づかせて生じた隙に終わらせるつもりだろう。
持久戦を匂わせておきながらいきなり勝負を決めにかかる布石とは、面倒くさいこと極まりない。
「ふふ」
ギルディはにやついたまま、浅く二撃目を払った。
僕は左手の短剣で受けつつ、彼女の視線が若干僕の後方を見ていることに気づいた。
まさか――。
という表情を僕は作り、ほんの僅かに首を横に回す。これだけでギルディは超反応し、好機とばかりに殺しにかかってくる。
それを見込んだ上で、僕は反撃の心構え。ここで決める。
というのがハッタリだ。
本当に僕の後ろにギルディの味方をする奴がいるのかどうか分からない。ギルディの敵かもしれない。
ここまで、考え過ぎてしまっていた。
あまりにも短期戦を敢行しようとしたせいで、かつてない集中をしてしまった。一瞬の積み重ねが、トッププレイヤー、ましてや目の前の最強プレイヤーにとっての最高のチャンス。
僕はここまでがギルディの思惑で、本当は誰もいないのだろうと考えたが、もう間に合わない。
「いますよ」
「何……!」
その奇襲は、予想外だったようで。
「……らぁ!」
僕は無心で剣を一振り。
リコリスは僕の背後から飛び出し、ギルディに愛別離苦を突き刺しにいく。
声も出せないような、一瞬の攻防。
それはひどく長く、僕の精神をおおいにすり減らす。
ギルディは正確に愛別離苦を手刀で打ち落とし、虚飾の剣を刀の鍔で受け止めた。
僕がいつの間にか手放していた強欲の短剣を、リコリスが投げる。
それはギルディの腹を貫き、綺麗に刺さった。
「はっ……」
ギルディの息を吐きだす音。僕は間髪入れずに、剣を横薙いでいた。
彼女はその右腕で器用に受け止め、よろよろと後退する。
「せい……!」
「待て!」
止めを刺そうと突進するリコリスの手を、僕は掴んだ。が、思うように握力が働かず、するりとリコリスの手は抜けていってしまう。
ギルディの左手の指が、殺意を持って揃えられ、リコリスに向けられた。
僕が最悪を想像した時。
「あー……無理だな」
「え?」
ギルディはその場に倒れこんだ。
リコリスはつんのめって転び、僕は突っ立っている。
「やるな」
ギルディの声に反応したかのように、虚飾の剣が音もなく砕け散った。見れば、他の大罪武器も同様だった。
「やっと倒れるのか……」
「ああ。覇王女を倒す最高の機会だぞ?」
僕はその場に座り込み、リコリスと目を合わせてから。
「面倒くさい」
かくして最強のプレイヤー覇王女ギルディは、この世界において最初の敗北を味わった。
* * *
「かんぱーい!」
喧騒の中に、ぽつりと僕がいる。
中学二年生の好みそうなちょっと背伸びした椅子に座り、カウンターに肘をついた。
「……何で宴会?」
僕がギルディを倒したというニュースは、瞬く間にシックス・センス中に伝わっていた。
平和の使者は解散、最強プレイヤーはPK常習犯など、様々なことが話題になったりもした。
「我はこのような下賤の戯れには興が削がれるのだがな……」
「お前は確実に楽しんでる」
カウンター内にいるメヒティヒは、バーテンダーの恰好をしていた。普段と違う服装に新鮮味を感じるが、厨二成分は百パーセント含有しているので変わらない。
「何を言う。阿保みたいに騒いでいる輩もいるではないか」
メヒティヒの指し示す方向には、二人の男性プレイヤーがいた。
ウィスとエルガーとヘッズが、中心で何か喚きながら踊っている。
「うわー……何あの人達。見ちゃいけません的な?」
「我としては、ああいう無様な芸は酒場でやってほしいのだがな」
「ここ酒場だろ?」
「違う……この店は、闇に生きる者が集う暗黙のBAR、『ダイイングレイブン』――漆黒の不死鳥は蘇らない、だ」
あ、ここバーだったのね……。確かに酒場みたいではないけれども。狭いけれども。つーか店名変えろ。
「こんなに人呼ぶなよ」
「我が呼んだのではない。数奇な運命に導かれたのだ」
パン屋のおっさん、ダーリィ、ラプラス、アヤとかいるんだけど。何これ僕の敵多すぎない?
「つーか、僕はお前のこと許してないからな」
「すまんが、覇王女にそそのかされたのだ……」
絶対に許さない。
絶対に許さないリストに五回メヒティヒの名を綴っているのを思い出していると、ミンティさん、という声がかかった。
「何だ、リコリスか」
「何だって何ですか……」
「何だは何だよ」
「意味わからないです」
僕も意味わからない。わかんないわかんないわかんないわかんない! わかんなーい!
「それよりリコリスはあの中に紛れ込まなくていいのか? うずうずしてるんじゃ」
「してません!」
リコリスは、グラスを一つ、無理やり僕の方へ押してきた。
「カンパイです」
「えっ……じゃあ、乾杯」
キン、と音が鳴り、中の液体が揺れる。葡萄酒のような見た目と匂いだが、飲んでいいのか。
そんなことを危惧している内に、リコリスは一杯のみ干していた。
イッキは危ないぞ。が、この世界に急性アルコール中毒は無いので、僕も一息に飲み干した。意外にも飲みやすく、ほのかな甘みと酸味が脳髄を刺激する。
「ああ^~」
ステータスには、酩酊の状態異常。まあいっか。
「リコリス」
「何でしょう?」
リコリスも同じなのか、仄かに顔が赤い。店の薄暗い照明では良く見えない。
「大罪武器は全部壊れて、フルンティングは地中深くだ。ハルバードも折れてる」
「そうですね」
「だから、しばらく一緒に旅をしないか?」
「旅、ですか」
真っすぐと目を見据える。すると、向こうも見据え返してくる。
「そう。今は武器が無いから、護衛……いや、仲間としていや、ギルドメンバーとして? 表の攻略を二人でしよう。他の仲間もいない、二人で。楽しい冒険的な。滅茶苦茶ファンタジーに没頭したくなってきたんだ。ヘッズもいれて二人と一匹か……いやとにかく一緒に居よう」
自分でも何を言ってるのか分からん。新手のプロポーズかな? 完全に酔ってる。葡萄酒アルコール強すぎだろ。これが葡萄酒じゃない。
そんな僕の言葉に真摯に声を傾けてくれていた少女は、小さく頷く。
「……はい!」
シックス・センスはログアウトできるデスゲーム。
これから先、困難が待ち受けるだろう。
それでも僕は、リコリスと生きていくのだ。
ここまで読んで頂きありがとうございました(*´ω`)
本当はもっと続く筈でしたが新作を書きたい衝動に駆られ、ログアウトできるデスゲームは完結とさせていただきます。
次回作も是非ご覧になって下さいね!




