シックス・センスは劣化版
ミンティはNPCに指名手配されているので、数少ない活動領域でもあります。
第十一の町、エインスケアは、黒と紫を基調とした怪しい町である。が、中でも異彩を放つのは町のど真ん中に位置する館。何も知らないプレイヤーは不用心に近づかない。
が、その館には重要な役割があった。
センスの判定。それが、館のNPCに頼んでしてもらうことができるのである。
シックス・センスの世界には、全部で50の町がある。そして、各町は素数番目ごとに何らかの役割を担っているのだ。
五番目の町にも同じような役割があるのだが、そこはセンスの判定――つまり能力の確認ではなく、能力の傾向を知るのみであった。
なので、ミンティはリコリスのセンスを知るため、このエインスケアの町にやってきた。現在、中心部である。
「ミンティさん……この町の人たち、怖くないですか……?」
「ああ。この町は呪いがあるっていう設定で、町民はみんな疑心暗鬼になってるんだよ」
リコリスは僕のすぐ後ろを肩を縮こまらせてついてきている。よほど怖いみたいだ。
「坊主。設定とか言わんといてくれや……いっぱしのNPCとして悲しいぞ」
ヘッズのその発言自体どうなんだろうか。
ってヘッズの声がマントの中から聞こえない。どこにいるんだろうか。
「ヘッズって声渋いんですねー」
「まぁな。おれぁもう年だからよぅ」
ヘッズはリコリスの肩に乗っていた。可愛い子にゴミがついてるみたいだな。
そんなこんなで道の端を足早に歩く。ここで真ん中を歩いてはいけない。学校の廊下で真ん中を歩いていたら集団が前から迫ってきてやむを得ず脇に寄らなければならない現象が起こるからだ。長い。
「アレが占いの館だな。嬢ちゃん、下向いとけ」
ヘッズがそう言って僕のマントの中に隠れる。そして僕はぽかんとしているリコリスの頭を下げさせた。
「ここの連中は四六時中気がたってて、目が合ったり何かアクションを起こすだけで突っかかってくるんだ。だから静かにしろよ」
「は、はい……」
まったく館周辺のNPCは厄介だ。僕が全員殺してもいいんだが、大事になって指名手配されるのは嫌だ。死んだらログインできないし。
こういうところも相まって、館の利用者は少ない。センスが分かりやすい奴が多いというのもあるが。
なので、努めて下を向いて歩く。登下校の学校周辺を歩く時のように。人多すぎるんだよ。
その時、リコリスが顔を上げて横を向いていた。
「ミンティさん……あの子……」
「上を向くなって……! ……どの子だよ?」
慌てて顔を俯かせたリコリスが、さっき見ていた方向を見る。どうやら、子どもがチンピラに絡まれているらしい。普通なら助けに行くべきだろう。
行かない。他人に与える善意はない。偽善もないから何もしない。
「い、行かないんですか……!?」
当然、という意志を込めて歩く速度を上げる。
そもそもあれはNPC同士だ。プログラムとプログラムがプログラムってるだけだ。人間の介入する余地はない。
――でも、なぜだろう。あの子供に、見覚えがあるのは。
理不尽な悪意に晒され続け、只ひたすら耐えていた、弱者。
彼に戦えと言って、背を押したと思って、刃を突き付けていた。
力が欲しいと、思った――。
僕はハルバードを振り上げ、AGLを七倍に上げていた。
現実世界でも、この仮想世界上でもありえない動きと速さ。
戦斧の槍先はチンピラの見開かれた目を貫き、スピードのエネルギーを力に変え、斧ごと顔に押し込んだ。たちまちチンピラは絶命し、僕のマントに赤い色彩が描かれる。
「リコリス。悪党成敗に必要なのは、武器と速さだけ。覚えておいてね」
「……!!!」
リコリスは青ざめた顔で必死に頷いている。
よし、予想通り観衆の視線を浴びちゃってるな。
「リコリス! 時間切れの前に行くぞ!」
「えっ! ええええええぇぇぇぇぇぇ……!」
七倍になった俊足で、僕はリコリスを引っ張って館までの道を駆け抜けた。
* * *
「ひ、ひどいです……死ぬかと思いましたぁ……」
「ご、ごめん……7秒しか持たないからさ……」
無事、館にたどり着いた。僕は。
リコリスは大粒の涙を流しながら、館の床に座り込んでいる。
「リアルに風に煽られて、水平になってたんですよ……ギャグですか!」
「ま、まあ、館に着いたしさっさと行こう!」
こういう時に人を気遣うすべも、気持ちのこもった謝り方も僕は持ち合わせていない。つくづく嫌な奴だと思う。
「嬢ちゃん。うちのキモオタがすまん。どうやら性根が腐ってるらしくてなぁ……、許してやってくれ。さ、嬢ちゃんのセンスを知りに行こう。きっと強いぞぅ」
ヘッズ、その慰め方はどうだろうか……。あと僕はキモオタじゃない。
「うん。ありがとう……ヘッズ……」
リコリスは満面の笑み。ぐっじょぶヘッズ。
館の二階に上がると、僕は足を止めた。
「リコリス。行け」
「えっ!? ひ、一人で、ですか……?」
うむ、と僕が無言で頷くと、リコリスは無理無理と首を横に振る。
「こ怖いです、無理です、死んじゃいます……! だってボロボロだし、絵画が笑ってるし、蝋燭しかないし……」
「一人で行かないと占い師が出てこないんだ。だから、がんばれ」
「しょうがない、俺がついていこう。そしたら嬢ちゃん大丈夫だろ?」
するとリコリスは幾分か安らぎの表情を見せ、へっぴり腰ながらも扉へ向かっていった。
ていうか、何気にリコリスの中でヘッズの株が上がって僕ちょっと辛いよ。その黒い毬藻の主、
僕……。
一人と一球はぼろぼろの扉の中へと入っていった。
数分後。
「……こわかった……」
がたがたと震えているリコリスは一体何を見てきたんだろう。確か占い師はしわくちゃのb……うっ頭が。
それとは対照的に、ヘッズがその悪い目つきを今度はにやけさせて喜んでいる。
「おい坊主。嬢ちゃんのセンスが判明したぞ!」
「そりゃ判明するだろうな。その為に来たんだし。で、何だったの?」
そこでヘッズが勿体ぶらせるためか、僕のマントに隠れた。そして、ヘッズの低い声で奏でられるドラムロール。ヘッズはマントから顔がある、上半身だけマントから出てきた。
「ジャン! 対象のセンスの半分の効果をコピー! だ!」
「……え?」
それ、いらん。
自分のセンスは基本発動するまで分かりません。