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リコリスの場合

 これからリアル面はあんま出ないかもしれません。

 月風彩香(げつふうさいか)は今年で16歳になった、一般的な女子高生である。おとなしい性格であり、小さめの交友関係を築いてひっそりと暮らしている。現在の趣味はVRMMO、シックス・センス。といっても、まだプレイして1日だが。シックス・センスは16歳以上が完全対象年齢になっているのでダウンロードすることができなかったのだ。昔と違ってCEROにも法律制限がかけられている。

 彼女は昨晩、自らのアカウント――リコリスでログインした。

 

 リコリスはログイン早々、弁当を三つ持った男性に話しかけられ、その男にテレポートさせられるという不運が起こったわけだが。不幸中の幸いというべきか、ついたのは村。それものどかな農村。

 とりあえず話を聞きまわっているうちにパン屋を見つけ、所持金で買えるだけ同じものを買った。

 しばらくやたらとおいしいパンを食べ続け、最後の一個を食べている最中、目の前に人が現れた。

 

 赤黒く染まったマントを翻し、これまた赤黒い剣を抜いて血走った目でこちらを見つめる少年。

 リコリスは純粋に畏怖し、とにかくその場から逃げた。

 それからその青年は悪い人間ではないと知り、初心者であるリコリスに手ほどきをしてくれる約束をしてくれ、強そうな短剣までくれた。


 「いい人だなぁ……」


 彩香はベッドに寝転んだままつぶやく。

 彼女はVRMMO初心者であり、またそれ程、人とは接さないタイプである。したがって本来の顔ではなく、自分好みに塗りたくった、偽りの顔のVR内では、普通よりも人柄というものが察しにくいだろう。

 だが、それでも彩香には、ミンティの本性というものは、分かっていた。


 次の日。リコリスはミンティとの待ち合わせ時間である午後七時にログインした。リコリスは部活動をしていないし、遊ぶような活発な友達もいないのでもう少し早くてもいいのだが、ミンティの予定に合わせることにした。

 

 リコリスは昨日のログアウト場所である、第十二の町――正確には村――の宿屋の一室で目を覚ました。窓を見やると、現実と同じく星空が見えた。ここの空は彩香の住む町と違って満天の星空だが。

 

 ちなみに宿屋で寝泊まりしてログアウトしてから何日もログインしないでいると、宿屋の主人に追い出されたという設定で、ログイン時に外で目を覚ますことになる。もしもそこにごろつきのNPCや悪質なプレイヤーがいれば、即殺されるだろう。

 

 リコリスは簡素な皮の防具を指の操作一つで装備していき、待ち合わせ場所のパン屋へ向かった。道中村人が挨拶をしてくるので、リコリスは律儀に返していく。

 そうこうしているとパン屋の主人と、パン屋の前で何か喚いている少年を見つけた。


 「だからぁ! もっとバリエーションを、種類を! 増やせって!」

 「じゃあ買うな! うちはこのフランスパンひとつでやっていたんだ!」

 「ミンティも店主さんも落ち着けや。つーかフランスとかないぞぅ、この世界」


 少年、店主、黒い毬藻がしゃべっている。リコリスはそれを見て元気だなあ、等と思った。

 

 「ミンティさーん!」

 「メロンパンを! メロン……ん? リコリスか」


 リコリスが手を振りながら呼びかけると、少年――ミンティはすぐさま気づいてこちらを向く。

 そして実体化させた仮想通貨を背が異常に高い店主に投げ渡すと、パンを二つひったくって歩いてきた。黒い毬藻――ヘッズもそれに続く。


 「ほい。えせフランスパン」

 「わ、ありがとうございます」

 

 ずいっと差し出されたパンをひとつ受け取ろうとすると、なぜかパンは動かなかった。

 

 「金」


 ミンティは真顔で言った。

 リコリスは、この少年は彼女ができないだろうなあと思いつつ仮想通貨を取引しようとして、丁度パン一個分に1G足りないことに気が付いた。

 

 「あ、すみません、ないです」

 「え」

 「まあいいじゃねえか。ほれ、お嬢ちゃん」

 

 呆けた面をしたミンティから、ヘッズがパンを奪い取ってリコリスに渡した。リコリスはおずおずと受け取る。


 「……思ってたんですけど、ヘッズって何なんですか?」

 「使い魔。ただの」


 平然と答える。が、もちろん正規の方法で契約していない。マスターアカウントの特典だ。

 ミンティは誤魔化すようにわざとらしく咳ばらいをすると、足早に歩き出した。


 「ほら、さっさと行くぞ。愛別離苦に慣れる練習だ」

 「ま、まってくださいよー!」


 二人と一匹は村の外へ出た。

 

 「パーティ組むとこんな風になるんだな」

 

 ミンティは視界右端の二つあるステータスバーを見ながら言った。ひとつは自分自身の、もう一つはパーティを組んだリコリスのものだ。ミンティは今までパーティを組んだことがないため、他人のステータスの表示を知らなかったのだ。

 ちなみに、使い魔であるヘッズにステータスは存在せず、HPのみをミンティと共有する。

 

 「じゃあまず、あれから」

 「アレ……ですか」


 ミンティが指をさしたのは、岩。大きさは2メートルほど。


 「スケアロック。動きは遅いし最初の町のゴブリンみたいに怖くない」


 スケアロックというこの岩型のモンスターは、フィールド上でひたすらじっとしている。外部からの刺激で目を覚まし生物を攻撃するが動きは鈍重で、避けるのも逃げるのも苦労しないだろう。ミンティの言うゴブリン程弱くはないが、戦いやすい。


 「うう……こ、こわいですよう」

 「大丈夫だって、僕の譲渡品を舐めるな」

 

 そう言われてリコリスは手に持っている短剣、愛別離苦を見やる。禍々しい黒の、奇妙な形の短剣だ。柄と刃の境目が分からない。

 よし、と心の内でつぶやき、リコリスはそろーっとスケアロックに近づいた。へっぴり腰だ。


 「そんな姿勢じゃ動く標的には殺されるぞ」

 「は、はい……」


 リコリスは力なく返事をし、一気に距離を詰め、逆手に持った短剣の刃先を岩肌に一気に突き刺した。

 愛別離苦の刃は中ほどまでスケアロックの体内に侵入し、その身を黒く光らせた。

 スケアロックはゆっくりと動き出す。リコリスを轢き殺そうとしている。


 「も、もう無理!」

 「もっと力を込めて突き刺せ!」


 悲鳴を上げてその場から逃げ出したかったが、ミンティのアドバイスは聞かなくてはならない。その間にも岩は眼前に迫ってきている。

 そして、岩が突然静止した。愛別離苦を一瞥すると、刀身から黒いオーラが漏れ出るように赤く光っている。その光は岩肌の内部に侵入していく。

  

 「な、なんですかこれ……」

 

 思わず凝視していると、いつの間にかミンティが隣に立っていた。


 「愛別離苦は、10秒間突き刺していると相手のHPを追加で削っていくんだ。普通ならすぐに抜かれるけど、こういう相手には効果てきめんだ」


 ミンティはスケアロックの表面をこつん、と突いた。


 「そういえば、リコリスのセンスって何?」


 そう聞くと、リコリスは絶命した岩から短剣を引き抜き、申し訳なさそうに言った。


 「すみません。私、自分のセンス分からないんです……偶然使ったこともないし……」

 「そうだったのか……じゃあ、11の町に行こう」

 「11の町、ですか?」


 第十一の町、エインスケア。ネット上での通称、館。

 ミンティがこんなにリコリスに甘いのには秘密が……!

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