嫉妬を穿つ
大罪武器は一つ一つがバランスブレイカーです。チートです。
「リコリスー……まだあのオカマを尾行し続けるのか?」
「尾行じゃなくて護衛――いや監視? じゃなくて依頼遂行中ですか?」
「なんでもいいけど、僕もうログアウトしていいかな」
僕とリコリスはここ数日、ログインしてからずっとダーリィについて回っている。なぜならダーリィから、不審な人間につけられているという依頼があったからだ。ちなみに報酬はあの弁当。
普段滅多に見かけることのないプレイヤーをずっと見ているというのは奇妙なもので、大体の行動パターンは把握してしまい正直飽き飽きだ。
「あ、あの人とか怪しそうじゃないですか?」
「……」
どうやらリコリスは違うらしく、未だに張り切り続けている。
今も、ダーリィから死角となる木の傍で息を潜めている男を指した。
「うん、あれは怪しいな」
男はダーリィとは違う意味で男らしからぬ風貌だった。
おしとやかな女性の雰囲気。墓無げなその横顔は、物静かにダーリィを見ていた。武器は斧一つ。
「ちょっと話を聞いてみるか」
「ちょっとミンティさん、急ぎ過ぎですよ!」
男の方へと歩き出す僕のマントをリコリスが引っ張った。
さっさと終わらして落ちたい。
「引っ張らないでくれ。僕はこんなことに付き合ってられないんだよ!」
「ひどい!」
そんなことしてたらあちらさんがこちらを見ている。そして、接近。
「血染めの、ミンティさんですか?」
「え? ……はいそうです。いかにも僕が血染めのミンティですが」
僕は断罪の剣ではなく、フルンティングに手をかける。すると男は半歩後ずさった。
「そ、そんなに警戒なさらないでください。怪しい者じゃありません」
「ストーキングしてる時点で十分怪しい」
僕はフルンティングを抜き、男に突き付ける。
「僕はゼタと言います。大罪武器を知る者です」
「……お前、裏攻略組のプレイヤーか?」
と言ってから、リコリスに聞かせて良いのかと思い口をつぐむが、時すでに遅し。
「ミンティさん、お知合いですか?」
「いや……違うぞ。赤の他人」
「ただこのゲームの裏を知ってるだけだぞぅ」
おいネタバレ使い魔。その口縫いつけてやろうか。
「裏……?」
「おや、お連れの方は知らなかったのですね」
男、もといゼタは、美しい動作で地を指さした。
「大罪迷宮という高難易度ダンジョンが、この世界の地下に存在するのです。これはトッププレイヤーのみが知る情報です」
「あんた……どこで知った?」
剣を突き付けられているというのに、ゼタは不敵な笑みでこちらを見た。
「そんなものだけで僕を止められませんよ。もう一つ抜いたらどうです」
「……」
僕は動揺を悟られぬようすぐさま断罪の剣を抜き、二刀を構えた。
「なぜダーリィを追う」
「弁当が欲しいのです」
ゼタは至って真面目な顔で言った。
僕は剣を落としそうになり、慌てて掴む。
「何言ってんだこいつ……」
「ゼタさんは、弁当があればダーリィさんの尾行をやめてくれるんですね?」
ゼタが頷きを返した途端、リコリスがアイテムをオブジェクト化させる。
「どうぞ、非売品のうまうま弁当です」
「本当ですか。これはどうも」
ゼタは弁当を受け取るとダーリィのストーカーをやめることを誓い、すたこらと行ってしまった。
「え、そんなあっさり?」
「ミンティさん」
リコリスの声が響く。
「隠してることを話してください」
尋問が始まってしまうようだ。
* * *
大罪迷宮第九十三層からは、階段がない。
全七つの層に一つずつ扉があり、それらは横並びに存在している。
最初に行けるのは「色欲」。そこから先は、選ばれた者しか入ることができない。
エルガー、ウィステリア、ラプラスは、たった三人でこの場所へ来ていた。
「こんなダンジョンがあったなんて信じられないわ」
「ラプラスもレベルが高けりゃ裏攻略組に誘われてたんだろうがなぁ」
ラプラスは初めて訪れるこの場所を見回していた。
それは、隣の青年も同じである。
「ここに大罪武器っつうのがあるんすね?」
ウィステリアは色欲の扉を見て、触れる。が、反応はない。
「適合したら扉に入れるそうだが、各大罪につき一人までだ」
「てことは、色欲じゃなかったってことか……よかった」
「こっちの扉は?」
ラプラスは言いつつ、もう一方の扉を指す。
「ああ、その扉に触れると、他六つの扉にいけるらしい。俺はどれも適合しなかったが」
「えい!」
ウィステリアはすぐさま扉に触れた。今度も同じく反応はない。
「私も……」
ラプラスも扉に触れる。何も起こらず、二人の方を振り返ろうとして――。
「あら?」
誰も、いない。
それどころか、風景が違う。
空にかかる虹。一面を覆う花々。小鳥が囀り、のどかな情景を醸し出していた。
「ウィスも、エルガーもいないわ……」
辺りを見ても、人はいない。どこまでも続くと思われるような花畑が、丘の傾斜にそって存在している。
「あなたは、何故嫉妬するの?」
「!」
背後から聞こえた声に振り向く。
何もおらず、風景があるのみ。
「誰を妬むの?」
「ッ……!?」
また聞こえる。聞き覚えのある声。それは自分の内側から聞こえるようだった。
「何を嫉むの?」
「やめて!」
ここはゲームの中だというのに、生生しいリアリティがあった。ログアウトしてしまいたいと思ったが、体が動かなかった。
「私とあなたは同じよ」
そこで、気づく。これは自分の声だと。
自分の本当の声というものは自分では分からない。微妙な違和感がラプラスに他人の声だと認識させていた。
「醜い、嫉妬に狂ったあなたとね」
「……違う! 私はそんなこと……!」
ラプラスは言葉を続けることができなかった。
自分自身で声を発しようとしていないことが理解できた。
「私は嫉妬。さあ、嫉妬に選ばれし罪人。私にその大罪を示しなさい」
気づかぬうちに目の前に現れたモンスター。
巨大な蛇の姿のそれは、鋭い目つきで、紛れもなくラプラス自身の声で言った。
ラプラスはしばし呆然としていたが、半ば自動的に弓を構える。
「しょうがないわね……嫉妬なんて、どうせ血染めより弱いわ」
* * *
一方その頃。
「おいラプラスが消えた!」
「え、それじゃあ……適合したってことか?」
「うおおお! なんですかね!?」
「知るか! でも帰ってきたら大罪武器と一緒にお祝いだ!」
二人は勝手に盛り上がっていた。




