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ログアウトできるデスゲーム  作者: 245
トッププレイヤーズ
20/40

ラプラスの思惑

「ありゃ、もうボス倒しちまったんだな……そっちの可愛い子は?」


 迷路から出ると、エルガーとメヒティヒに出くわした。


「ああ、リコリスって言うんだ。僕の……友達、じゃないし、仲間でも、恋人でもない……同級生でもないし、一個下の知り合い」

「ひ、ひどいです……」


 リコリスは憤慨していた。彼女からしてみれば、僕との関係性はどのようなものなのだろうか。


「じゃあ、何」

「え……えーっと……」


 リコリスは何やらもごもご言いつつ、考えようとしている。


「ミンティ、貴様……メヒティヒ以外に女の知り合いがいたのか……」

「いや知り合いならいっぱいいるから。フレンド登録してないだけで」


 普段喋らないけど行事の時だけ喋る子とかいたよね。一言話せば知り合いでしょ? 知り合いと友達の基準が違い過ぎる。


「ふ、ふふ……」


 メヒティヒは不敵に笑いだした。

 不気味な笑みは邪悪極まりなく、僕達を若干引かせるには充分だった。


「メヒティヒというものがありながら……浮気とは感心せんな」

「誰がいつお前なんかを本命と決めたんだ?」


 そう言い返した途端、メヒティヒは背の大剣――確か希望を齎す者(ナイトメアキラー)――を抜いた。


「おい、大剣を振りかぶるな」

「……剣を収めて欲しくば、その少女との関係をはっきりしてもらおうか」


 メヒティヒは大剣でリコリスを指す。リコリスは若干戸惑っているようだったが、すぐに持ち直した。

 一つ咳ばらいをしてから、僕は話し始める。


「リコリスは僕のフ……」

「恋人、です!」


 高らかに。

 意味不明。

 唐突すぎる。


「いや、何言って」

「貴様……!」


 メヒティヒは僕に剣を向ける。なんで怒りの矛先が僕なんですかね。


「嬢ちゃんも言うようになったなぁ……」


 腰元から声がする。ヘッズが十四番目の縄を体に食い込ませながら言ったようだ。


「ミンティこの野郎、隅に置けねえなあ」


 エルガーはにやけた顔で僕の肩を突っついた。その腕切り落としたい。


「リコリス……冗談はやめてくれ」

「冗談じゃ、ないですよ?」


 リコリスは目を逸らして言った。困ります。

 こういうので何人の男子中学生の純情が弄ばれたことだか。女子の皆さんには気を付けてもらいたいですね。


「はいはいお二人さん。それ系は二人きりでやってくれ」


 エルガーに茶化され、二人して黙り込む。こういうの。こういうの駄目なんだよ。


「ところでオレから提案があるんだが……」


 エルガーがひどく真面目な顔で言った。

 地に座り込み、続きを話す。


「ギルドを立ち上げようと思っている。一緒に入っちゃあくれねえか」

「ほう……?」


 ギルドとな。確かにエルガーはどのギルドにも属していない。だからといってリーダーになるというのは短絡的すぎやしないだろうか。


「やめといた方がいいぞ。このゲームは開始して一年も経ってるんだ。誰も新規のギルドなんかに入ろうと思わない」

「だから初期メンバーとしてお前らを誘ってんじゃねえか」


 エルガーは本気のようだ。一人でもギルドを立ち上げるという眼をしている。なら、どうも言わない。


「僕とリコリスはギルドに入ってるから無理だぞ」

「な!? お前ギルド入ってたのか!?」

「つい先日に創設した」

「ま、まじでか……」


 エルガーには悪いが、黒の旅団をやめるつもりはない。

 

「話は終わりか? じゃあ、僕はこれで」

「待て、ミンティ!」


 僕を引き留めたのはメヒティヒだった。


「……なんだよ」

「メヒティヒをギルドに入れてくれ」


 * * *


 闇夜に影が一つ。

 が、それは間違いというものだった。今は夕暮れ時。そして場所は地下――大罪迷宮九十一階層である。


「ここが、大罪へと至る道……」


 男は、静かに壁を撫でた。ひやりとした冷たさが、男の手のひらを伝う。

 装備は軽めのプレートアーマーに、一本の両手斧。長髪の、女性と見間違うような顔立ちの戦士。


「そんなにゲームに入り込んで楽しい?」


 その男の後方に、影。ピンクのローブを身に纏う、槍使いの女性プレイヤー。その眼は、まるで廃棄物を見るようであった。


「楽しい、とは思えません。ただ……世界に同調してしまうのです」

「やっぱり変な奴ね、アンタ」


 女は心底面倒だという表情で、手頃な岩に腰かけた。その視線は宙を彷徨い、ひどく退屈そうだ。

 

「まだ僕達では大罪に適合できないようです。戻りましょう」

「……ほんと、どうなってんのよこのゲームは……」


 男が道を引き返したので、女が怠そうな動作でついていく。


「プレイヤーの深層心理を読み取るなんて、ゲームの範疇を越えてない?」


 女の言葉に男の返事は続かず、迷宮には反響する声だけが響き残った。


 * * *


「やっぱりここのパンは最高だ。欲を言えば種類が欲しいが」

「馬鹿言うな。ここは三十年間こいつ一筋だ」


 僕は手に持った細長い楕円形のパンをまた一齧り。口いっぱいに広がる麦の味と、ほのかな酒臭さが鼻腔をくすぐる。


「これにまさる食べ物はダーリィの料理だけだな」

「まったくですね~」

「いや、俺はこっちの方が好きだぞぅ」


 僕の隣で、リコリスとヘッズがもきゅもきゅとパンを食していた。ちなみに、十四番目の縄は解いてある。


「もう十五の町の地図がつくられてますよ」


 リコリスは半透明のウィンドウを表示していた。


「……何それ」

「ミンティさん知らないんですか? 今朝アプデで追加された機能ですよ? シックス・センスに関連した情報だけを集めるというものです」


 初耳だ。僕は朝からログインしていたというのに、知る由もなかった。


「へぇ、他には何かある?」

「他ですか……あ、十五の町に意味深なNPC発見。大罪を言及……なんでしょうかね?」

「……」


 僕は思わず口をつぐんでしまった。

 一般に、大罪迷宮、断罪迷宮の存在は秘密にされている。それはトッププレイヤー間における暗黙の了解であり、誰一人としてプレイヤーは話さなかった。

 だが、この世界の住人たるNPCも存在を知らない、という確証はない。ヒントとして、或いは伏線として話をするだろう。


「……ミンティさん?」

「ああ、大罪……ね」


 リコリスは当然知らない。

 正直言って、大罪迷宮を仄めかすのはまだ時期尚早だ。レベル50は要求されるあのダンジョンに、20や30の一般プレイヤーが突撃しても無駄死にするだけだ。


「大罪って言えば、七つの大罪だよな」

「傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲……ですよね」

「使い古されたネタだけど、やっぱり良いと思っちゃうんだ」

「そうですかね?」


 リコリスはあまりロマンを求めないようだ。

 ヘッズは黙って話を聞いていた。一介のAIは、僕が隠そうとしていることをどう思うのだろうか。

 ふと、思う。感情とは、微妙な反応の連鎖だと。そうするなら、突き詰めた人工知能というものは、人と変わりない。只、細かさが違うだけ。


 一年間やってきた父の作ったゲームに、漠然とした不信感のようなものを、僕は抱いてきたもかもしれない。


 * * *


 その時、ラプラス――古海凛子は、町を一望できる展望台に一人、佇んでいた。その光景は一つの芸術のようで、彼女自身が普通と違う人間だったのだ、ということを感じさせる。

 静かに、決意をしていた。


「やるしか、ない……」


 ミンティを殺す。

 それが彼女の為すべきことであり、最優先事項であった。

どうなっちゃうんでしょうか。

メヒティヒさんはまだ黒の旅団に入ってません。

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