たまには僕もでしゃばりたい
トッププレイヤーになるには、何かを犠牲にしなければならない。
九十一階層で決闘が終わると、ギルディは次の階層に向かわずに地上へもどってしまった。
残された裏攻略組は疲労困憊、武器防具も消耗していたので、解散となった。
僕はメヒティヒとエルガ―ーに夕方からの約束を無理やりさせられ、宿屋に帰ってログアウトした。
「ハア……頭痛い……」
今朝よりも悪化している気がする。VR中では現実の感覚はほぼ遮断されているので、こっちの自分の状況が分からない。完全遮断じゃないのかって? そりゃあ倫理的にね?
僕は頭を抱えつつPCの電源を入れ、ネットサーフィンに没頭する。
休日と言うのは学生の幸福だが、実際休日を有意義に楽しむことができる者は少ない。朝の気分で休むことにすると、昼時くらいから無駄な一日になるな……と思ってくるだろう。
僕は趣味を持たない。しいて言うならば人間観察か。あ痛たたー。
「趣味が人間観察の人間なんて僕の周りにいないぞ」
人間観察で検索してみると、結構な報告がある。
どれもこれもが痛烈な批判内容だ。
僕は立ち上がり、外出の支度をする。とは言っても学校に行くわけではない。
「本物の人間観察、やってやるよ……!」
僕はとりあえず外に出た。
真上で太陽がさんさんと輝いている。
「とりあえず、昼食だな」
僕は学校近くのインドカレー屋へ直行した。
平日の昼間に学生がいてはいけないことはない。あ、チキンカレーで。
ナンと共に出されたカレーを流し込むようにして食べ終え、僕は店内を見回した。気疲れしたおっさん、老夫婦、筋肉もりもりお兄さん、外回りの営業の方々。
僕はその中の一人、筋肉もりもりお兄さんに注目した。
白のタンクトップに半ズボン。食べているカレーはキーマカレー。目を引くのは筋骨隆々の肉体だ。
お兄さん、と行ったが生やしている髭は中年そのものであり、その少年のような瞳がなければおっさんの一人だっただろう。
あの筋肉はジムで鍛えた筋肉だ。ここらに一つトレーニングジムがあり、このインドカレー屋とは近い。さらに、このお兄さんが鞄から取り出した一本のドリンクは、見るからに自前の配合のプロテインだ。
はふはふ言いながらそう熱くないであろうキーマカレーを食べているので、猫舌。さらに辛い物好きなのか舌がおかしいのか、水に一切手を付けていない。時折スマホの画面を見ては、カレーを放り込んでいる。
そして左手でスプーンを持っていることから、左利き。しかし右腕はずっとテーブルに乗せたまま左手でスプーンとスマホを使っている。
「……?」
「ぅぉ」
お兄さんがこちらを向いた。何やら不思議そうな顔をしているのが若干わかる。
やべえ、全然人間観察慣れてない。僕は未熟者でしたね。
「おい! お前」
「!?」
僕が空の皿のスプーンを持っていると、お兄さんが立ち上がり声を掛けてきた。
逃げるべきか? いや、逃げれば怪しい奴確定。ここは待機だ。
僕はお兄さんの顔を正面から見た。
なんというか、ゲームをやっている、という感じだった。
「……」
「なんでしょうか……」
お兄さんは少しずつ近寄ってくる。そのたびに僕はどうしたものかと考える。
「……ミンティ?」
「え」
お兄さんはおそるおそる聞いてきた。
え、ミンティ?
「……エルガー?」
「うおお! まじかお前ミンティか!」
お兄さんはエルガーでした。
世間って、狭いね。
「お前まだ子供じゃねーか、学校はどうした?」
「風邪で休んだ。ここには人間観察に来た」
エルガーは爆笑する。お前だって平日の朝からゲームやってるニートじゃねえのかよ。
「ぶははは! お前まじ変わんねーな!」
「そういうお前はこっちじゃ元気だな」
そこで僕は、こいつに敬語じゃなくてもいいのかなと思ったりもしたが、エルガーなので気にしないことにした。
「ま、そだな……よっと、おいミンティ。夕方の、何行くか知ってるか?」
「知らない。お前とメヒティヒが一方的に叩きつけてきたんだろ」
エルガーはキーマカレーを僕のテーブルに置き、椅子に座った。キーマくさい。
「聞いて驚け、十四の町ボス攻略だ」
「あっそう」
僕としてはそんなことよりもこいつがこの町にいたミラクルに驚きを禁じ得ない。僕の知る限りここらには五人シックス・センスのプレイヤーがいます。
「おいい! 解放されて一日で次の町解放っつうスピードクリアをだな……」
「ペナルティあるから僕は嫌だ。夕方の約束はなしってことで」
「おいおいミンティ。メヒティヒが怒るぞ~面倒だぞ~」
「うっ……」
こっちの世界で向こうの名前をつかうことに違和感を感じる。が、そんなことよりもメヒティヒは面倒くさい。かまってちゃんは大嫌いだ。が、僕が誰かに振り回されるのも大嫌いだ。
「……分かった。じゃあ、僕にボスを任せてくれ」
「任せてくれって……俺らは取りこぼし掃除かよ」
エルガーはため息をついた。
僕は唐突に行動を考える節がある。それは一度考えると突き進んでしまい、厄介だ。
「たまには、僕も出しゃばりたいんだよ」
* * *
夕方になり、僕は直前でやっぱドタキャンしよう、と思ったが、後日のことを考え素直にログインした。
すでに風邪は治り、全快状態だ。
「おいっすミンティ。昼間ぶり」
「な……貴様らリアフレだったのか……?」
エルガーとメヒティヒは僕の宿屋の前に居座っていたようで、すぐに見つけられた。
「こんな奴と友達になれるか」
「まあ、確かに年がな」
やはりエルガーはおっさんだったか。若くないのにゲームやるなよ……。
「年……ミンティ貴様学生か」
「さ、行くぞ」
僕はメヒティヒの言葉を遮って、第十四の町南の出口へ向かった。
ボスは、各町例外なく特定のエリアの中央部に位置している。そして、ボスを倒さない限り先には進めない。どう進めないのかと言うと、限界の地点でもやっとした視界になり、まっすぐ歩いているといつの間にか反対を向いて歩いているのだ。
あれは不思議体験すぎて、恐怖を感じたものだ。
「今回は迷路か」
「みたいだな」
しばらく歩くと、横長の壁が見えた。入り口らしき部分の奥にも壁壁壁。壁の迷路だ。
「ふっ。ラストアタックを取るのはこのメヒティヒだ……!」
メヒティヒが壁の中へと走り去って行った。
「なんであいつあんな張り切ってるんだ?」
「いや、お前は知らなくていい……」
エルガーが年長面してイラついたので、僕はAGIを七倍して走る。
あ、ここ大罪迷宮じゃなかった。
これで一時間近くセンスが使えない。まったく、使えないセンスだ。
「これじゃ倒せないかもな……」
僕は腰の二本の剣を見る。
「小僧が珍しく弱気だぞぅ」
ヘッズがひょっこり出てきた。こいつの出現は心臓に悪い。無音でにゅるりと出ないでほしい。
「殷踏んだみたいだからやめてくれ……」
「踏んでないぞぅ……それより小僧よ、ここが迷宮だってこと、忘れてねえか?」
僕は、路で迷うこととなっていた。
風邪なんてあったっけ(すっとぼけ)




